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第42話「メルの理想の温泉」

 温泉が発見された次の日の朝。

 僕たちの領地は、昨日からずっとお祭り騒ぎが続いていた。


「聞いたかい!?北の丘から、病が治る奇跡のお湯が湧いたんだってよ!」

「ああ!俺も昨日、少しだけ触らせてもらったが、体の芯から温まる、すげえお湯だったぜ!」


 村へ向かう道すがら、すれ違う村人たちがみんな、興奮した様子で温泉の話をしている。

 父様は早速、村の男たちを何人か集めて、温泉の周りの土地を整備させ始めたらしい。


『ナビ、なんだかすごいことになってるね』

《はい。温泉の発見は領民の士気を著しく向上させました。現在、領地全体の幸福度は、過去最高値を記録しています》


(みんな、楽しそうだなあ。でも、僕のお昼寝には、少しだけ騒がしいかな)


 僕はそんなことを考えながら、今日の最高の読書スポットを探して、屋敷の方へと歩いていった。



 僕が屋敷に戻ると、父様の執務室から、大きな声が聞こえてきた。

 こっそり中を覗くと、父様とレオ兄様、そして大工のゴードンさんが、大きな机の上で一枚の羊皮紙を広げて、何やら熱心に話し込んでいる。


「うむ。まずは、湯を溜めるための、しっかりとした湯船が必要だな。衛生管理のためにも、男女別の、壁で仕切られた屋内浴場を建設すべきだろう」

「はい、父上。それに、湯冷めせぬよう、休憩所も併設するのがよろしいかと」

「旦那様、それならあっしにお任せくだせえ!このゴードン、腕によりをかけて、領地で一番立派な湯治場を建ててみせますぜ!」


 ゴードンさんが広げた設計図には、四角くて、頑丈そうで、でもなんだか面白みのない、ただの大きなお風呂の絵が描かれていた。

 僕が求めているのは、そんなんじゃない。


 僕は、たまらず執務室に足を踏み入れた。



「父様」

「おお、メルか。どうした?」


 僕の姿に気づいた父様が、優しい顔で僕を見る。

 僕は、机の上の設計図を、小さな指でつん、とつついた。


「待って父様。これ違うよ」

「ん?何が違うんだ、メル?」


 僕は、机の上の設計図を、小さな指でつん、とつついた。


「壁で囲っちゃったら、お空が見えなくなっちゃうよ。

 温泉で大事なのは開放感だよ、開放感!」


 僕の言葉に、大人たちはきょとんとした顔で顔を見合わせた。


「どういうことだ、メル?壁がなければ、冬は寒くて入れないだろう」

「坊ちゃま、それに、周りから丸見えになっちまいますぜ?」


 ゴードンさんが、困ったように言う。

 僕は、ナビが僕の頭の中に映し出してくれた、前世の記憶を、一生懸命、自分の言葉で説明した。


「ううん。周りはね、壁じゃなくて、ごつごつした大きな岩で囲うの。それでね、天井もいらない。お空が見えるようにするんだよ」


「……お空が、見えるお風呂?」


 レオ兄様が、不思議そうに呟く。


「うん。あったかいお湯に入りながら、冷たい空気を吸うのが、すごく気持ちいいんだ。夜になったら、お星様も見れるし。」


 僕の、あまりにも突飛な提案。

 父様も、レオ兄様も、ゴードンさんも、ぽかんとした顔で固まっている。

 彼らの頭の中では、まだ「お風呂=建物の中にあるもの」という常識が、壊れずに残っているのだろう。



「……面白い」


 最初に沈黙を破ったのは、父様だった。

 彼の目には、領主としての、好奇心の光が宿っていた。


「メル、お前の言う『お空が見えるお風呂』、試してみる価値はありそうだな」

「父上!?」


「そうだ、ヒューゴを呼べ!メルは、まだ何か面白いことを考えているに違いない!」


 父様の鶴の一声で、厨房から料理長のヒューゴが呼び出された。

 僕は、集まった大人たちを前に、僕の理想の温泉プランの、最後のピースを語り始めた。


「あとね、お風呂から出たら、冷たい牛乳が飲みたい」

「牛乳、ですかい?」


「うん。瓶に入った、きんきんに冷えた牛乳。それをね、腰に手を当てて、ぐびーって飲むの」


 僕の言葉に、その場にいた全員が、完全に思考を停止させた。

 一番に我に返ったのは、さすがはプロの料理人、ヒューゴだった。


「……なるほど!湯上りの火照った体に、冷たくて栄養のある乳飲料……!なんという、なんという完璧な組み合わせですぞ!坊ちゃま、冬の間に氷室に蓄えておいた、とっておきの氷で、キンキンに冷やした牛乳を必ずや!」


 ヒューゴは、一人だけ感動で打ち震えていた。

 その熱意に押されるように、父様も、ついに決断を下した。


「……よし、分かった!ゴードン、設計は変更だ!メルの言う通り、岩で囲んだ、空の見える湯船を作る!ヒューゴ、お前は最高の牛乳を用意しろ!このフェリスウェル領に、世界で初めての『温泉文化』を、我々の手で作り上げるのだ!」



 こうして、僕の「最高の癒やしがほしい」という、ささやかなわがままから、この世界では誰も見たことがない、「露天風呂」と「温泉文化」の開発プロジェクトが、正式にスタートした。


『ナビ、うまくいったね』

《はい。あなたのプレゼンテーションは、意思決定者たちの心を完全に掌握しました。理想的な結果です》


 大人たちが、何やら楽しそうに新しい計画で盛り上がっているのを、僕は少し離れたところから、静かに眺めていた。

 うん、これで最高の癒やし空間が手に入る。


 僕は、満足げに一つ頷くと、静かになった執務室の、日当たりのいい絨毯の上にごろんと寝転がり、お昼寝の体勢に入るのだった。

 温泉の完成が、今から待ち遠しい。

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