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第4話「魔法ってなに?」

 穏やかな朝だった。

 窓から差し込む光が、床に柔らかな四角形を描いている。


 僕は窓辺の椅子に座って、ぼんやりと外を眺めていた。

 庭ではメイドたちが忙しそうに洗濯物を干していて、遠くからは村の鍛冶屋が槌を打つ音がかすかに聞こえてくる。


 家族はそれぞれ、朝の準備に追われている。

 そんな日常の風景の中で、僕の頭の中は一つの言葉でいっぱいだった。


『魔法……』


 あの日、積み木を積んでいた時に不思議な光を感じた不思議な出来事。

 あれが、この世界にある「魔法」という力なのだと、父様と母様は言っていた。

 でも、魔法っていったい何なんだろう。


 ◇


『ナビ、いる?』


 心の中で、そっと呼びかける。


 《はい、いつでも。どうしましたか、メル?》


 すぐに、落ち着いた声が返ってきた。

 その声は、僕にとって一番の安心材料だ。


『魔法について、もっと知りたいんだ』


 《良いタイミングです。ちょうど、基礎的なレクチャーを始めようと思っていました》


 ナビの声は、少しだけ弾んでいるように聞こえた。


 《簡単に言えば、魔法とは『自然界に存在するエネルギーを、術者の意志の力で引き出し、特定の形に変換する技術』のことです》


『自然の、エネルギー……』


 《ええ。空気中に、水の中に、大地の中に。この世界のあらゆる場所に、マナと呼ばれるエネルギーが満ちています。それを感知し、操ることが魔法の第一歩となります》


 ナビの説明は、前世で学んだ物理学とは全く違う法則だった。

 でも、不思議とすんなりと頭に入ってくる。

 まるで、最初から知っていたかのように。


『僕にも、できるかな』


 《あなたのマナ親和性は極めて高いレベルにあります。理論上、問題なく可能です。まずは、そのマナを感じる練習から始めましょう》


 ナビに導かれるまま、僕は再び目を閉じた。

 意識を、自分の体の外側へと広げていく。


 《風の流れ、光の暖かさ、大地の感触。そのすべてに、マナは溶け込んでいます。キラキラした、小さな光の粒をイメージしてみてください》


 キラキラした、光の粒。

 僕は、ナビの言葉を頼りに、空気中に漂う無数の輝きを想像した。

 すると、どうだろう。

 瞼の裏に、本当にチカチカと点滅する、小さな光が見え始めたのだ。


 それは、まるで陽光を浴びて輝く、埃のようでもあったし、夏の夜に舞う、蛍のようでもあった。


『……見える、気がする』


 《素晴らしい。それがマナです。では次に、その光の粒を、あなたの指先に集めるイメージをしてみてください。ゆっくりで構いません》


 僕は、一番近くでまたたいている光の粒に、そっと意識を伸ばした。

『おいで』と心の中で呼びかけると、その光はふわりと僕の方へ近づいてくる。

 一つ、また一つと、光が僕の周りに集まり始め、指先がほんのりと温かくなるのを感じた。


 ◇


『すごい……なんだか、指先がむずむずする』


 《マナが集まってきている証拠です。では、簡単な魔法を試してみましょうか。例えば、小さな火を起こしてみるのはどうでしょう》


『火?』


 《はい。暖炉の中にある、一番小さな薪に向けて、指先のエネルギーを『燃えろ』と念じながら解放してみてください。ほんの少しでいいですよ》


 僕は言われた通り、部屋の隅にある暖炉に視線を向けた。

 まだ火の入っていないそこには、乾燥した薪が数本くべられている。


 僕は、一番手前にある、指先ほどの細い木切れに狙いを定めた。

 指先に集まった、温かくてむずがゆいエネルギー。

 それを、あの木切れに向かって、そーっと押し出す。


『燃えろ……』


 心の中で、強く念じた、その瞬間。


 パチッ!


 僕の指先から、小さな火花が飛んだ。

 オレンジ色の光が、細い軌跡を描いて木切れに命中する。


 ぽっ。


 木切れの先端に、まるでロウソクの灯りのような、小さな炎がともった。

 ゆらゆらと揺れる、温かい光。

 僕が、僕の力で生み出した、初めての魔法だった。


『わ……!』


 思わず、小さな驚きの声が漏れた。

 興奮で、胸がドキドキする。


 ◇


 その、小さな音を聞きつけたのだろう。

「メルヴィン? 今、何か音がしなかったかしら?」

 母セリーナが、心配そうな顔で部屋を覗き込んだ。


 彼女は、暖炉の中に灯る小さな炎を見つけると、一瞬息を呑み、それから僕のそばに駆け寄った。


「まあ、メル! あなたがやったの? 怪我はない? 熱くなかった?」


 母は僕の体をぺたぺたと触って、無事を確認すると、少しだけ腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 そこへ、ただならぬ気配を感じたのか、父アレクシオもやってきた。


 父は、母と暖炉の炎を交互に見ると、驚きつつも落ち着いた足取りで暖炉に近づく。

 そして、慣れた手つきで燃えている木切れを掴み出すと、近くにあった水差しの中にそれを浸して、じゅっと音を立てて火を消した。


「セリーナ、落ち着いて。メルは無事だ」


 父は母の肩に手を置き、それから僕の前に屈みこんで、視線を合わせてきた。


「メル、今のはお前がやったのか?」


 僕がこくりと頷くと、父の厳格な顔が、驚きと喜びにぱっと華やいだ。


「そうか……! すごいじゃないか、メル。本当にすごいぞ」


 父は、僕の頭を大きな手で優しく撫でた。その声は、隠しきれないほどの興奮で少しだけ上ずっている。


「でも、不思議だな。父様はまだ何も教えていないのに……。どうやったんだい?」


 その目には、戸惑いよりも純粋な好奇心と、僕への愛情が満ちていた。


「あなたに似て、すごい才能があるのね……。でも、火は危ないから、これからは一人でやったらだめよ?」


 母も、ようやく落ち着きを取り戻したのか、僕を優しく諭す。

 その声にも、心配の中に誇らしさが混じっていた。


 バタバタと慌ただしい足音と共に、メイド長のカトリーナが消火用の濡れた布を手に飛び込んできた。


「旦那様、奥様! 火の手が上がったと伺いましたが!」


 しかし、彼女が見たのは、すでに鎮火された暖炉と、どこか嬉しそうな父と母、そしてきょとんとしている僕だけだった。

 カトリーナは、状況を瞬時に察すると、こほんと一つ咳払いをして、何事もなかったかのようにすっと姿勢を正した。


「……大事に至らず、何よりでございます」


 そのプロフェッショナルな姿に、僕は少しだけ感心した。


 ◇


 家族やメイドたちが去った後、部屋にはまた静けさが戻ってきた。

 僕は、まだ少しだけじんじんと熱を持っているような気がする自分の指先を、じっと見つめていた。


『ナビ……僕、魔法が使えた』


 《ええ、見事な成功でした。初回としては、完璧なマナコントロールです》


 ナビの称賛の言葉が、素直に嬉しかった。

 さっきまでの、胸のドキドキがまだ収まらない。


『もっとやりたい。もっと魔法のこと、勉強したいな』


 初めて感じた、純粋な知的好奇心と、何かを成し遂げた達成感。

 前世で仕事に追われていた時には、決して感じることのできなかった感情だった。


 《その意欲、素晴らしいです。ですが、焦りは禁物ですよ。魔法の基礎は、一日一歩、着実に学んでいくことが重要です。あなたのスローライフをより豊かにするために、最適なカリキュラムを提案します》


『うん、わかった!』


 ナビとのやり取りで、僕の心はすっかり満たされていた。

 スローライフと、魔法の勉強。

 なんだか、すごく楽しい毎日が始まりそうな予感がした。


 ◇


 その日の夕暮れ。

 僕は、屋敷の庭をゆっくりと散歩していた。

 空は美しい茜色に染まり、村の方からは、家路につく人々の楽しそうな話し声が聞こえてくる。


 今日の出来事を、ぼんやりと反芻する。

 初めて自分の意志で操った、小さな魔法。

 驚きながらも、温かく見守ってくれた家族。


 魔法の力は、すごい。

 でも、それ以上に、家族の愛情が僕の心を温かく満たしてくれている。


『のんびり、ゆっくり。でも、ちょっとだけ、わくわくする』


 そんな、新しい気持ちが芽生えていることに、僕は気づいていた。

 遠くから、僕を呼ぶイリ姉様の声と、それをたしなめるレオ兄様の声が聞こえる。


 僕は、その声がする方へ、ゆっくりと歩き出した。

 明日もきっと、今日みたいに、温かくて、少しだけ不思議な一日になるんだろう。

 そう思いながら、僕はまた、のんびりと目を細めた。

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― 新着の感想 ―
> あの日、僕が蝶を追いかけてふわりと浮いた不思議な出来事。 そんなことがあったんですね。 知りませんでした。
「あなたのスローライフをより豊かにするために、最適なカリキュラムを提案します」 だったら、最初の魔法は火なんて危険な魔法じゃなくて、水か灯りくらいを選択すべきだと思うな。
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