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第36話「二つ目の秘密基地」

 僕が、いつものように最高のお昼寝を求めて、お気に入りの洞窟へと向かうと、その入り口から、すでに賑やかな声が聞こえてきていた。


 僕が、そっと中を覗くと、そこには信じられない光景が広がっていた。


『ナビ、なんでイリ姉たちが入れてるの!?扉は僕しか開けられないはずなのに!』


《解析完了。扉自体は正常に機能しています。しかし、洞窟外壁に存在する自然の亀裂が、子供一人程度なら通れるほどに拡張していた模様です。扉の封鎖範囲外でした》


『……そんな抜け道があったのか……!』


《以前にも忠告しましたが、完全防備には至っていないと――》


『ああもう、そうだった……!僕が甘く見てたんだ……!』


 思わず頭を抱える僕の目の前では、すでにイリ姉たちの騒がしい声が飛び交っていた。


「だから!もっとこう、ふわーって、優しくやるのよ!」

「おおっ!イリス、今ちょっと光ったぞ!」

「もう、ルカったら、そんなに近づいたら危ないでしょ!」


 洞窟の真ん中で、イリ姉が一人で一生懸命、光の魔法の練習をしていた。その周りを、ルカが目を輝かせながら飛び跳ね、リリィが呆れたように腕を組んで見守っている。どうやら、僕の「ふわふわお化け」を、イリ姉が再現しようと頑張っているらしい。


 そして何より、僕が丹精込めて育てた苔のベッドは、彼らの格好の遊び場と化し、無残にも踏み荒らされていた。


『ナビ……』

《はい。あなたの聖域は、現在、子供たちの娯楽施設として利用されています。稼働率120%です》


 僕は、何も言わずに、そっとその場を離れた。

 もう、あそこは僕の安息の地ではない。

 分かっていたことだけど、やっぱり少しだけ、悲しかった。



 僕は、屋敷に戻る気にもなれず、近くの丘の上にごろんと寝転がった。

 太陽の光は気持ちいいけれど、風が少し強くて、土も硬い。やっぱり、あの洞窟には敵わない。


『ナビ。新しい場所を探そう』

《賛成します。メルの精神的安定のため、質の高い睡眠環境の確保は最優先事項です》


『今度の場所は、絶対に、誰にも見つからない場所がいい。特に、イリ姉には』

《了解しました。物理的にアクセスが困難な場所を検索します。……提案します。飛行魔法による、高所への移動はいかがでしょうか》


『飛行魔法……』


 そうか、その手があった。

 僕は、にやりと笑うと、すっくと立ち上がった。

 風の魔法を、足元に集中させる。ナビが設計してくれた、僕だけの特別な浮遊魔法だ。


 ふわり、と僕の体が宙に浮いた。

 ぐんぐんと高度を上げていく。眼下に、屋敷や村が、まるでおもちゃのように小さくなっていくのが見えた。


『よし、ナビ。最高の物件探し、スタートだ』

《了解しました。ナビゲーションを開始します。南の森へどうぞ》



 僕は、ナビに導かれるまま、空の散歩を楽しんだ。

 しばらく飛んでいると、ナビが声を上げた。


《ストップ。高度を下げてください。下に見える、森の中の開けた場所です》


 僕は、言われた通りにゆっくりと降下していく。

 そこは屋敷からはおよそ十キロ離れた、人の気配のまったくない静かな場所だった。


 森の中にぽっかりと空いた、小さな空き地。すぐそばには、キラキラと太陽の光を反射する、綺麗な小川が流れていた。


『わあ……綺麗な場所だね』

《はい。徒歩での到達は困難であり、人的往来の記録もありません。完璧な隠れ家です》


 空き地に降り立つと、ひんやりとした、澄んだ空気が僕を包んだ。

 鳥の声と、風が木々を揺らす音、そして小川のせせらぎしか聞こえない。


『うん、ここにしよう。今日から、ここが僕の第二秘密基地だ』


 そして、僕は決めた。

 今度は、洞窟じゃない。もっと快適で、僕だけの、完璧な空間を作ろう。


『よし、ナビ。ここに、僕だけのおうちを作ろう』


《了解しました。耐震性、断熱性、通気性を考慮した、最適な小規模住居の設計プランを構築します》


 ナビの頼もしい言葉と共に、僕の頭の中に、小さなログハウスのような、可愛らしい家の設計図が映し出された。



 場所が決まれば、あとは建築の時間だ。

 僕は、ナビの助言を受けながら、早速、魔法を組み立てていく。


『まずは、基礎からだね』

《はい。土魔法で、地面を水平にならし、頑丈な石の基礎を構築します》


 僕が、空き地の地面に手をかざす。

 草や木の根がするすると避け、地面が粘土のように柔らかくなり、あっという間に平らで頑丈な石の土台が出来上がった。


『次は、壁』

《周辺の土と岩を材料に、高密度の土壁を生成します。ログハウス風のデザインを推奨》


 僕は、地面から、まるで本物の丸太のような、滑らかな土の柱を何本も生み出していく。

 それを、設計図通りに、寸分の狂いもなく組み上げていく。隙間は、粘度の高い土でぴったりと埋めて、風が入らないように。


『屋根はどうしようかな』


《近くに倒れている木があります。あれを素材に、木製の屋根を作りましょう。防水加工として、植物の樹脂を抽出し、表面にコーティングします》


 僕は、ナビの言う通り、倒木を魔法で軽々と持ち上げ、器用に加工していく。

 そして、屋根にぴったりとはめ込むと、周りの木々から集めた樹脂で、つやつやにコーティングした。


『最後に、中を整えよう』


 僕は、家の中に入ると、まず土魔法で、壁際に滑らかな石のベッドを作った。

 その上に、植物魔法で、ふかふかのビロードのような苔を生やす。

 そして、一番日当たりの良い壁に、手をかざした。


『ナビ、窓がほしいな』

《承知しました。土中から高純度の水晶を抽出し、薄く引き延ばすことで、透明度の高い窓を生成します》


 壁の土が盛り上がり、中からキラキラとした水晶が現れる。

 それが、まるで飴のように薄く、そして広く引き伸ばされて、完璧なガラス窓になった。



 僕は、完成したばかりの小さな家を、満足げに眺めた。

 森の中にひっそりと佇む、僕だけの秘密の家。


 早速、中に入って、ふかふかの苔のベッドにごろんと寝転がった。


 最高の弾力だ。

 水晶の窓から差し込む木漏れ日が、優しく僕を照らす。

 耳には、小川のせせらぎと、鳥の声。


 ――と、その時。


 茂みの奥から、かすかな鳴き声が聞こえた。

 振り向くと、そこには泥だらけになりながらも必死に走ってきたらしい子狐の姿があった。


「……お前、ここまで来たのか」


 屋敷から十キロ以上。人間の子供でも簡単には来られない距離だ。

 それを、小さな足で追いかけてきたのかと思うと、胸がじんわりと熱くなる。


「……まったく、お前ってやつは」


 泥だらけで息を荒げながらも、僕を見つけた途端に尻尾を振り、安心したように丸くなるその姿。


「……よし、お前は今日から”コンちゃん”だ!」


「キュンッ!」


 狐らしい鳴き声と、くりっとした瞳が嬉しそうにきらめいた。

 なんだかそれだけで、僕の心もふっと軽くなる。


 コンちゃんは足元に落ち着くと、すぐに丸くなり、すやすやと寝息を立て始めた。

 僕は無意識にその頭を撫でながら、苦笑いを漏らした。


『ナビ、今度こそ、完璧だね』

《はい。当施設のセキュリティレベルは、現在、最高ランクです。イリス様による発見確率は、今後一年間、0.01%未満と算出されます》


『よかった』


 僕は、心から安堵のため息をつくと、ゆっくりと目を閉じた。

 もう、誰にも邪魔されない。

 僕だけの静かで平和な最高のお昼寝の始まりだ。

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― 新着の感想 ―
コンちゃん? 飛んで来た? アレ、いつの間に名前が?狐ぢゃありませンでしたっけ? それは置いといて、楽しく読ませていただいてます。 前世の記憶を完全に取り戻したにしては主人公が些かchildishに…
 一気に最後まで読みました。  スローライフ系は好きなので全体的に面白かったんですが、1つ目の秘密基地は魔法の扉で封印しているはずなのに第2の秘密基地という話を作りたいからかのように姉や幼馴染が普通に…
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