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第35話「お姉ちゃん撃退! ふわふわお化け大作戦」

 完璧な午後だった。

 僕が丹精込めて(魔法で)リフォームしたお昼寝洞窟は、今日も最高の快適さを提供してくれている。

 ふかふかの苔のベッドに寝転がり、洞窟の中を吹き抜ける涼しい風を感じる。


『ああ、平和だなあ……』


 これこそが、僕の求める完璧なスローライフだ。

 僕が、そろそろ本格的に眠りにつこうかと思っていた、その時だった。


「メルー! 今日こそ、この『ひみつのきょうだいっこきち』で、探検ごっこをするわよー!」


 その静寂を、デリカシーなく破壊する声。

 洞窟の外から、元気いっぱいなイリ姉の声が聞こえてきた。


『うわ、来た』


 僕は、心底うんざりして、深いため息をついた。

 まずい。このままだと、この完璧なお昼寝スポットが、ただの騒がしい遊び場にされてしまう。

 僕の平和な時間が、永遠に失われてしまう……。


 僕がため息をついている間にも、イリ姉はどんどん近づいてくる。


『ナビ、緊急事態だ。イリ姉を追い払う、何か面白い方法はないかな? ちょっとだけ、びっくりさせて、もうここには近づきたくないって思わせるようなやつ』


 僕の、少しだけ意地悪な相談。

 それに、ナビはいつも通り、冷静沈着に答えてくれた。


《了解しました。対象人物イリス様の性格データを分析。物理的な拘束は推奨されません。音響的な幻惑、あるいは視覚的な錯覚を利用した、心理的誘導が最も効果的です》


『うんうん』


《彼女の恐怖心を煽りつつ、直接的な危害を加えない、安全ないたずらを提案します》


 ナビの言葉に、僕はにやりと笑った。


『いいね、それ。そうだ、ちょっとだけ、怖くて可愛いお化けでも作って、びっくりさせてやろう』



『ナビ、設計図をお願い』

《了解しました。光の屈折率を操作し、立体的な幻影を構築。同時に、指向性のある音響定位魔法で、特定の音源を発生させます。術式を脳内に投影します》


 僕は、ナビが僕の頭の中に設計してくれた、複雑な術式を組み立てていく。

 光の魔法と、音の魔法。二つの異なる系統の魔法を、精密に、そして同時にコントロールする。


『よし、できた』


 僕は、洞窟の奥の暗がりに向かって、そっと魔法を発動させた。

 すると、ぽわん、と柔らかな光が灯り、そこから白くて、ふわふわしていて、半透明な不思議な生き物が姿を現した。


 それは、スライムのような形で、時々、表面がほんのりと虹色に輝いている。

 そして、ぴょん、と跳ねるたびに、「ぷにぷに」と、間の抜けた可愛い音が鳴った。


『うん、我ながら、なかなかの出来だ』


 僕が、自分の作った「ふわふわお化け」に満足していると、ついに、イリ姉が洞窟の入り口に姿を現した。


「メルー! 今日は逃がさないわよ! って、あれ?」


 イリ姉は、洞窟の奥でぴょんぴょんと跳ねている、僕の作ったお化けに気づく。


 よし、怖がって逃げていくぞ。

 僕は、心の中でそう確信していた。

 しかし、イリ姉の反応は、僕の予想の斜め上をいくものだった。



「きゃっ! な、なによ、あれ……!」


 イリ姉は、一瞬だけ驚いた顔をした後、次の瞬間、その目をキラッキラに輝かせた。


「……え? なにあれ、ふわふわしてる……光ってる……」


 彼女は、怖がるどころか、その「ふわふわお化け」に、完全に心を奪われてしまったようだった。


「か、可愛いじゃない!」


『えっ』

《予測データとの乖離率、85%。対象の嗜好分析に、想定外のパラメータが存在した可能性があります》


 ナビが冷静に分析しているが、それどころじゃない。


「待ってなさい! 今、この私がお捕まえあそばしてあげるわ!」


 イリ姉は、そう叫ぶと、目を輝かせながら、お化けに向かって駆け出した。

 お化けは、僕の「捕まるな」という命令通りに、ぴょん、と高く跳ねて、イリ姉の頭を飛び越える。


「きゃっ! 待ちなさい!」


 こうして、僕の静かなお昼寝洞窟は、一瞬にして、賑やかな追いかけっこの舞台になってしまった。



『ナビ、もっと速く! でも捕まらないように!』

《了解。回避パターンを最適化します》


「ぷにぷに!」

「待てー!」


 ふわふわお化けは、僕の命令通りに、洞窟を飛び出し、森の中を逃げ回る。

 イリ姉も、それを必死に追いかけていった。


『ふう、ようやく静かになった……』


 僕が、安堵のため息をついたのも、束の間だった。


「うおー! なんだあれ! 光るスライムか!?」

「待てー! 俺も捕まえるぞー!」


 森の方から、今度はルカの元気な声が聞こえてきた。

 どうやら、二人の追いかけっこを、村で遊んでいたルカたちが見つけてしまったらしい。


「もう、ルカったら! 危ないわよ!」

「リリィも早く来いよ! きっと珍しい魔物だぞ!」


 噂はあっという間に広まったようだった。

 森の入り口の方を見ると、村の子供たちが、わらわらと集まってきているのが見える。


「光る妖精さんだ!」

「捕まえたら願いが叶うかも!」


 彼らは、いつの間にか、森に現れた不思議な生き物を捕まえるため、一大探検隊を結成してしまっていた。



 村の子供たちが、森の奥へと消えていくのを、僕は洞窟の入り口から、ぼーっと眺めていた。

 森の中からは、今も「きゃー!」とか「そっちだ!」とか、楽しそうな声が聞こえてくる。


『ナビ、なんだか、すごく騒がしくなっちゃったね』


《はい。あなたのいたずらは、結果的に、村の子供たちに新しいエンターテイメントを提供したようです》


『そっか』


 まあ、いっか。

 僕が直接遊んであげるより、よっぽど楽しそうだ。


《しかし、当初の目的である『イリス様の排除』は達成されました。これで、ようやく安眠できますね》


 ナビの言葉に、僕はこくりと頷いた。

 うん、そうだ。僕の目的は、達成されたのだ。


 僕は、完璧な静けさを取り戻した洞窟の中に戻ると、ふかふかの苔のベッドに、再びごろんと寝転がった。

 今度こそ、誰にも邪魔されない、最高のお昼寝の時間だ。

 森の賑やかな声を、遠い子守唄のように聞きながら。

【明日も2話更新します。11:00と18:00更新】

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