第35話「お姉ちゃん撃退! ふわふわお化け大作戦」
完璧な午後だった。
僕が丹精込めて(魔法で)リフォームしたお昼寝洞窟は、今日も最高の快適さを提供してくれている。
ふかふかの苔のベッドに寝転がり、洞窟の中を吹き抜ける涼しい風を感じる。
『ああ、平和だなあ……』
これこそが、僕の求める完璧なスローライフだ。
僕が、そろそろ本格的に眠りにつこうかと思っていた、その時だった。
「メルー! 今日こそ、この『ひみつのきょうだいっこきち』で、探検ごっこをするわよー!」
その静寂を、デリカシーなく破壊する声。
洞窟の外から、元気いっぱいなイリ姉の声が聞こえてきた。
『うわ、来た』
僕は、心底うんざりして、深いため息をついた。
まずい。このままだと、この完璧なお昼寝スポットが、ただの騒がしい遊び場にされてしまう。
僕の平和な時間が、永遠に失われてしまう……。
僕がため息をついている間にも、イリ姉はどんどん近づいてくる。
『ナビ、緊急事態だ。イリ姉を追い払う、何か面白い方法はないかな? ちょっとだけ、びっくりさせて、もうここには近づきたくないって思わせるようなやつ』
僕の、少しだけ意地悪な相談。
それに、ナビはいつも通り、冷静沈着に答えてくれた。
《了解しました。対象人物イリス様の性格データを分析。物理的な拘束は推奨されません。音響的な幻惑、あるいは視覚的な錯覚を利用した、心理的誘導が最も効果的です》
『うんうん』
《彼女の恐怖心を煽りつつ、直接的な危害を加えない、安全ないたずらを提案します》
ナビの言葉に、僕はにやりと笑った。
『いいね、それ。そうだ、ちょっとだけ、怖くて可愛いお化けでも作って、びっくりさせてやろう』
◇
『ナビ、設計図をお願い』
《了解しました。光の屈折率を操作し、立体的な幻影を構築。同時に、指向性のある音響定位魔法で、特定の音源を発生させます。術式を脳内に投影します》
僕は、ナビが僕の頭の中に設計してくれた、複雑な術式を組み立てていく。
光の魔法と、音の魔法。二つの異なる系統の魔法を、精密に、そして同時にコントロールする。
『よし、できた』
僕は、洞窟の奥の暗がりに向かって、そっと魔法を発動させた。
すると、ぽわん、と柔らかな光が灯り、そこから白くて、ふわふわしていて、半透明な不思議な生き物が姿を現した。
それは、スライムのような形で、時々、表面がほんのりと虹色に輝いている。
そして、ぴょん、と跳ねるたびに、「ぷにぷに」と、間の抜けた可愛い音が鳴った。
『うん、我ながら、なかなかの出来だ』
僕が、自分の作った「ふわふわお化け」に満足していると、ついに、イリ姉が洞窟の入り口に姿を現した。
「メルー! 今日は逃がさないわよ! って、あれ?」
イリ姉は、洞窟の奥でぴょんぴょんと跳ねている、僕の作ったお化けに気づく。
よし、怖がって逃げていくぞ。
僕は、心の中でそう確信していた。
しかし、イリ姉の反応は、僕の予想の斜め上をいくものだった。
◇
「きゃっ! な、なによ、あれ……!」
イリ姉は、一瞬だけ驚いた顔をした後、次の瞬間、その目をキラッキラに輝かせた。
「……え? なにあれ、ふわふわしてる……光ってる……」
彼女は、怖がるどころか、その「ふわふわお化け」に、完全に心を奪われてしまったようだった。
「か、可愛いじゃない!」
『えっ』
《予測データとの乖離率、85%。対象の嗜好分析に、想定外のパラメータが存在した可能性があります》
ナビが冷静に分析しているが、それどころじゃない。
「待ってなさい! 今、この私がお捕まえあそばしてあげるわ!」
イリ姉は、そう叫ぶと、目を輝かせながら、お化けに向かって駆け出した。
お化けは、僕の「捕まるな」という命令通りに、ぴょん、と高く跳ねて、イリ姉の頭を飛び越える。
「きゃっ! 待ちなさい!」
こうして、僕の静かなお昼寝洞窟は、一瞬にして、賑やかな追いかけっこの舞台になってしまった。
◇
『ナビ、もっと速く! でも捕まらないように!』
《了解。回避パターンを最適化します》
「ぷにぷに!」
「待てー!」
ふわふわお化けは、僕の命令通りに、洞窟を飛び出し、森の中を逃げ回る。
イリ姉も、それを必死に追いかけていった。
『ふう、ようやく静かになった……』
僕が、安堵のため息をついたのも、束の間だった。
「うおー! なんだあれ! 光るスライムか!?」
「待てー! 俺も捕まえるぞー!」
森の方から、今度はルカの元気な声が聞こえてきた。
どうやら、二人の追いかけっこを、村で遊んでいたルカたちが見つけてしまったらしい。
「もう、ルカったら! 危ないわよ!」
「リリィも早く来いよ! きっと珍しい魔物だぞ!」
噂はあっという間に広まったようだった。
森の入り口の方を見ると、村の子供たちが、わらわらと集まってきているのが見える。
「光る妖精さんだ!」
「捕まえたら願いが叶うかも!」
彼らは、いつの間にか、森に現れた不思議な生き物を捕まえるため、一大探検隊を結成してしまっていた。
◇
村の子供たちが、森の奥へと消えていくのを、僕は洞窟の入り口から、ぼーっと眺めていた。
森の中からは、今も「きゃー!」とか「そっちだ!」とか、楽しそうな声が聞こえてくる。
『ナビ、なんだか、すごく騒がしくなっちゃったね』
《はい。あなたのいたずらは、結果的に、村の子供たちに新しいエンターテイメントを提供したようです》
『そっか』
まあ、いっか。
僕が直接遊んであげるより、よっぽど楽しそうだ。
《しかし、当初の目的である『イリス様の排除』は達成されました。これで、ようやく安眠できますね》
ナビの言葉に、僕はこくりと頷いた。
うん、そうだ。僕の目的は、達成されたのだ。
僕は、完璧な静けさを取り戻した洞窟の中に戻ると、ふかふかの苔のベッドに、再びごろんと寝転がった。
今度こそ、誰にも邪魔されない、最高のお昼寝の時間だ。
森の賑やかな声を、遠い子守唄のように聞きながら。
【明日も2話更新します。11:00と18:00更新】
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