第33話「村の試食会」
僕の実験農場で「奇跡のお芋が採れた」という噂は、たった一日で風のように村中に広まっていた。
「聞いたかい?あのメルヴィン坊ちゃまの畑で、お菓子みたいに甘い土イモが採れたんだってよ!」
「まさか!あの、もそもそした味気ない芋がか?にわかには信じられんな。何かの間違いじゃないのかい?」
僕がルカとリリィと一緒に村へ向かう道すがら、あちこちでそんな半信半疑の会話が交わされている。
まあ無理もない。僕だって、この目で見るまでは信じられなかったくらいだから。
「なあメル!本当なのかよ!あの芋が、本当に美味しくなったのか?」
「うん、本当だよ。すごく、ほくほくで甘かった」
「うっそだー!絶対に信じねえ!俺がこの舌で確かめてやる!」
ルカは僕の言葉を全く信じていない様子で、鼻息を荒くしている。
リリィは、そんなルカを呆れたように見ながら、僕にこっそり尋ねてきた。
「ねえ、メル様。本当に、あの土イモが?」
「うん。土が元気になったから、お芋も元気になったんだよ」
「まあ……。メル様は、本当にすごいのね」
リリィの、尊敬の眼差しが少しだけくすぐったい。
そんな話をしているうちに、僕たちは村の広場にたどり着いた。
広場には、すでにたくさんの村人たちが集まって、何が始まるのかとそわそわしていた。
そんな村の雰囲気を感じ取った父様が、にやりと笑って言った。
「よし、村のみんなにも、この新しい味を振る舞ってやろうじゃないか!」
父様の一声で村の広場で急遽、新しいお芋の試食会が開かれることになったのだ。
◇
広場には大きな長机が並べられ、その上には湯気の立つ大皿がいくつも置かれている。
料理長のヒューゴが、村人たちの前で得意げに胸を張った。
「さあさあ、皆さん!本日は、メルヴィン坊ちゃまが育てなさった、奇跡のお芋を心ゆくまで味わってくだされ!」
ヒューゴが蓋を開けると中から現れたのは、ただシンプルに蒸かしただけのお芋だった。
でも、その見た目は村人たちが知っている土イモとは全く違う。皮は薄く中身は美しい黄金色に輝いていた。
「おお……!なんて綺麗な色なんだ……!」
「これが、本当にあの土イモなのかい?まるで違う芋みたいだ…」
村人たちが、まだ遠巻きに様子を窺っていると一番に駆け出していったのはやっぱりルカだった。
「うおー!いい匂いがする!俺が一番に食ってやる!」
「もう、ルカったら、行儀が悪いわよ!」
リリィの制止も聞かず、ルカは熱々のお芋を一つ掴むと、ふーふーと息を吹きかけ大きな口でがぶりと噛みついた。
そして次の瞬間、彼は目を丸くして固まった。
「……あ、甘い!なんだこれ!芋なのに、蜂蜜みたいに甘いぞ!それに、全然もそもそしねえ!」
ルカのその言葉に、周りの子供たちが我先にとお芋に殺到した。
それを見た大人たちも、おそるおそる新しいお芋を口に運び始める。
そして広場のあちこちから、驚きと感動の声が上がり始めた。
「まあ!ほくほくしてる!いつもの芋みたいに、喉に詰まる感じが全然ないわ!」
「本当だ!塩を少し振っただけで、こんなにご馳走になるなんて!これなら、うちの子供も喜んで食べるぞ!」
「領主様!このお芋、俺たちの畑でも作れるのかい!?」
村は、あっという間に奇跡の味の話題で持ちきりになった。
村人たちの熱狂ぶりを、少し離れたところで見ていたイリ姉が”ふん”と鼻を鳴らした。
「もう、みんな大げさなんだから。美味しいのは当たり前じゃない」
彼女は、まるで自分が作ったかのように少しだけ得意げにそう言うと、自分も人混みをかき分けてお芋を一つ手に取った。
「まあ、悪くないんじゃない。村のみんなにも、この美味しさが分かってよかったわね、メル」
そう言いながら、二つ目に手を伸ばしているのを、僕は見逃さなかった。
◇
村人たちがお芋の味に感動している中。
ヒューゴがにやりと笑って、厨房からもう一つ大きな銀の大皿を運んできた。
「皆さん!本当のお楽しみは、これからですぞ!」
彼が被せてあった布をさっと取ると、そこに現れたのは山のように盛られた、黄金色に輝く細長い棒状の料理だった。
揚げたての香ばしい匂いが、広場いっぱいに広がる。
「なんだい、こりゃあ?」
「芋を揚げたのか?面白い形をしてるな」
村人たちが、その見たこともない料理に興味津々になっていると、僕はすっとその前に進み出た。
そしてお皿の横に用意しておいた特製のトマトケチャップを、その黄金色の山にたっぷりと、とろりとかける。
「うわー!」と、子供たちから歓声が上がった。
僕はその中から一本を手に取ると、美味しそうにサクリと音を立てて食べてみせた。
「メル!ずるいわ!私にもよこしなさい!」
「俺も!俺も食う!」
イリ姉とルカが、すごい勢いで僕に詰め寄ってくる。
それが合図になったかのように、村人たちもその新しい「おやつ」に手を伸ばし始めた。
「な、なんだこの味は!外はカリカリで、中はほくほく!塩のしょっぱさと、この赤いソースの甘酸っぱさが、止まらねえ!」
「本当だ!こりゃあ、パンよりも美味いかもしれん!ビールにも合いそうだ!」
「うちの子も、これなら野菜嫌いが治るかもしれないわ!」
この「フライドポテト」が、村の食堂の新しい名物になることが、この瞬間に決定したようだった。
食堂のおばちゃんが、すでにヒューゴの腕を掴んで「料理長!お願いです!この料理、うちの店でも出させてください!」と、必死に交渉を始めていた。
◇
すっかり満足した僕は、屋敷に戻ると机の上に新しい紙を一枚広げた。
村のみんなが喜んでくれて嬉しかった。
この喜びを、もう一人、教えてあげたい人がいる。
『ナビ、手紙を書こう』
《はい。友好関係の維持と、情報共有の観点から、推奨される行動です》
僕が羽ペンを手に取ると、イリ姉がひょっこり部屋を覗き込んだ。
「あら、メル。誰にお手紙?」
「うん、クラリスさんに」
「ふーん。あんたも隅に置けないわね。で、なんて書くのよ?」
イリ姉は僕の隣に座ると、手紙の内容にあれこれと口を出し始めた。
「もっと、こう貴族らしい挨拶から始めなさいよ!」
「絵だけじゃなくて、ちゃんと文字もたくさん書きなさい!」
僕は、紙の真ん中に、一番濃く描ける木炭を一本手に取ると、山盛りのフライドポテトの絵を描いた。
その横には、たっぷりのケチャップが添えられている様子も、ちゃんと描き加える。
そして、その絵の横に、少しだけ考えてから、こう書き添えた。
「僕の畑で、新しくてすごいお芋が出来ました。油で揚げて食べると、最高に美味しいです。クラリスさんにも、今度教えてあげます。メルより」
少しだけ、自慢げな気持ちを込めて。
遠くにいる新しい友達の、驚く顔を想像すると、僕は自然と笑顔になっていた。




