第32話「奇跡のお芋と、初めてのフライドポテト」
実験農場に「土イモ」の種芋を植えてから、数週間が過ぎた。
僕が毎晩こっそり魔法で手伝っているおかげか、その成長速度は驚異的だった。青々とした葉が生い茂り、地面の下では何かが力強く育っている気配がする。
「メルヴィン様ご覧ください。もう収穫してもよさそうです」
僕の共犯者であるリディアが、少しだけ興奮した声で僕に報告してくれる。
彼女は今やこの実験農場の、僕よりも熱心な管理人になっていた。
「うん、そうだね。じゃあ掘ってみようか」
僕たちは小さなシャベルを手に、土を掘り返し始めた。
そして土の中から姿を現したそれに、僕たちは思わず息を呑んだ。
「まあ……!」
そこにあったのは、僕たちが知っている、あのゴツゴツして小さい「土イモ」ではなかった。
一つ一つが僕の拳よりも大きく、形も綺麗に整っている。土を払うと滑らかな薄い皮が姿を現した。
「すごい……! なんて、なんて見事なお芋なのでしょう……!」
リディアはその奇跡のような光景に、感動で声を震わせている。
僕も心の中でガッツポーズをした。
『ナビ、これならいけるよね?』
《はい。デンプンの含有量、糖度、共に基準値を大幅にクリアしています。最高のフライドポテトが期待できるでしょう》
◇
その日の夕食は、もちろん僕たちの実験農場で採れた、新しいお芋が主役だった。
厨房に運ばれたそれを見て、料理長のヒューゴは「おおっ! なんて見事な芋ですかい!」と目を丸くしていた。
「ふん、見た目が良くても、どうせいつものもそもそした味なんでしょ」
食卓でイリ姉がフォークで芋をつつきながら、不満そうに呟いた。
イリ姉の言う通り、これまでの土イモは見た目も味もお世辞にも良いとは言えなかったからだ。
「まあイリス。まずは、いただいてみましょう」
母様が優しく微笑む。
ヒューゴは、まず素材の味を確かめるためと、ただシンプルに蒸かしただけのお芋を僕たちの前に並べた。
湯気の立つお芋を父様がおそるおそる一口、口に運ぶ。
次の瞬間、父様の目が驚きに見開かれた。
「なっ……! なんだ、この甘みは……! それに、このほくほくとした食感は……!」
「本当ですわ! まるで、お菓子のように甘いですわね!」
「これが本当にあの土イモなのか……? 信じられない……」
母様もレオ兄様も、その味の変化に衝撃を受けている。
イリ姉も半信半疑といった顔で、お芋を一口食べた。
そして彼女も固まった。
「……おいしい」
◇
家族が、その新しい味に感動している中。
僕はヒューゴに向かって、にやりと笑った。
「ヒューゴ、これからが本番だよ」
「ほう、と申しますと?」
「このお芋をね細長く切って、たっぷりの油で揚げてほしいんだ」
「揚げ物ですかい? なるほど、それは面白そうですな! 承知いたしました!」
ヒューゴは新しい料理への探究心に火がついたのか、目を輝かせて厨房へと戻っていった。
しばらくして厨房から、ぱちぱちと油の跳ねる音と香ばしい匂いが漂ってくる。
そして、ついに僕が待ち望んでいた、その料理が完成した。
大皿に山と盛られた、黄金色に輝く揚げたてのお芋。
そう、「フライドポテト」だ。
「さあ、坊ちゃま! 熱いうちに、どうぞ!」
僕はそれに塩をぱらぱらと振りかけると、特製のトマトケチャップを、たっぷりつけて至福の表情で一本、頬張った。
『……うん、これだよ、これ!』
外はカリカリ、中はほくほく。
お芋の甘さと塩のしょっぱさ、そしてケチャップの酸味が口の中で完璧なハーモニーを奏でる。
僕が夢中でポテトを食べていると、イリ姉がじっと僕の手元を見つめているのに気づいた。
「……な、なによそれ! 私にも一本よこしなさい!」
「どうぞ」
イリ姉はひったくるようにポテトを一本取ると、僕の真似をしてケチャップをつけて口に放り込んだ。
そして彼女も、その新しい味の虜になった。
「な、なによこれ! 甘くて、しょっぱくて……止まらないじゃない!」
結局、その日のフライドポテトは、あっという間に僕とイリ姉のお腹の中に消えていった。
◇
この「奇跡のお芋」と、「フライドポテト」の噂は、あっという間に村中に広まった。
村人たちは、自分たちの土地でも、こんなに美味しい作物が作れるという事実に、大きな希望を抱いたようだった。
父様とレオ兄様は、来年から、この新しい芋の栽培を、領地全体で本格的に始めると息巻いている。
でも、僕はそんな難しい話には興味がない。
今はただ、僕の快適な食生活が、また一つ、大きな進歩を遂げたことに満足しているだけだ。
『ナビ、大成功だったね』
《はい。あなたのQOL、すなわち『生活の質』は、15%向上したと算出されます》
僕はナビの報告に、満足げに頷いた。
うん、やっぱりのんびりするためには、美味しいものがなくっちゃね。
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