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第29話「メルの新しいわがまま」

 クラリスさんからの手紙と、たくさんのお菓子が届いてから数日。

 僕の日常は、またいつもの穏やかなものに戻っていた。父様やレオ兄様は、街道整備や紙の量産化計画で何やら忙しそうにしているけれど、僕自身は特に変わったこともなく、毎日をお昼寝して過ごしている。


 その日の夕食は、ヒューゴが腕によりをかけた、素朴ながらも温かい家庭料理だった。

 食卓には、こんがりと焼かれたお肉や、ハーブのスープ、そして、この領地で昔から食べられている「土イモ」の煮物が並んでいる。


「ふん、またこのお芋。なんだか、もそもそするのよね」


 イリ姉が、フォークで土イモをつつきながら、不満そうに呟いた。

 彼女の言う通り、この土イモは少し硬くて、あまり味のない、お世辞にも美味しいとは言えないものだった。


「まあ、イリス。文句を言ってはいけませんよ」

「そうよ。これも、ヒューゴが一生懸命作ってくれたのだから」


 レオ兄様と母様が優しくたしなめる。

 父様は、黙々とその土イモを口に運んでいた。


 もちろん、僕も食べた。食べたんだけど……。

 僕の頭の中には、前世の記憶が、鮮やかに蘇っていた。


(ああ、もっとこう、外はカリカリで、中はほくほくの、黄金色に輝く、あの最高の『お芋』が食べたいなあ……)


 塩をぱらぱらと振って、特製のケチャップをたっぷりつけて食べる、あの味。

 考えただけで、口の中にじゅわっと唾液が広がる。


「ん?どうしたのメル、ため息なんてついて。お口に合わなかった?」


 僕の向かいに座っていたイリ姉が、不思議そうな顔で僕の顔を覗き込んできた。

 僕は、目の前の土イモを見つめながら、ぽつりと呟いた。


「ううん、美味しいよ。美味しいんだけど……このお芋、もっと美味しくならないかなって」



「もっと美味しく、かい?」


 レオ兄様が、優しく尋ねてくれる。


「うん。もっと、ほくほくで、甘くなると思うんだけどな」


「まあ、そんなことができたら、素敵ですわね」


 母様が、にこやかに言う。

 父様も、「ふむ、確かに、この土イモの味は、昔から変わらんな」と、腕を組んで考え込んでしまった。


『ナビ、フライドポテトが食べたい』


 僕が、心の中でナビに話しかけると、すぐに返事が返ってきた。


《フライドポテトですね。承知しています。しかし、当領地で現在栽培されている『土イモ』は、デンプンの含有量が低く、糖度も不足しているため、調理には不向きです。品種改良、あるいは土壌そのものの改良が必要となります》


『やっぱり、土が原因か』


 僕は、ナビの分析に、一人で納得していた。

 そして、その心の声が、また少しだけ口から漏れてしまった。


「土が、元気じゃないから、美味しくないのかも」


「土が、元気じゃない?」


 僕の独り言に、今度は父様が反応した。


「メル、それはどういう意味だ?」


「えっとね」


 僕は、ナビの知識を、子供の言葉に翻訳して、一生懸命説明する。


「お芋も、美味しいご飯をたくさん食べると、元気になるんだよ。だから、畑の土にね、厨房で残ったお野菜のくずとか、庭に落ちてる葉っぱとかを、いっぱい混ぜてあげるの。そうすると、土が元気になって、美味しいお芋ができるんだって」



 僕の言葉に、食堂は一瞬だけ、しん、と静まり返った。

 父様も、レオ兄様も、ぽかんとした顔で僕を見ている。


「……野菜くずや、落ち葉を、畑に?」


 レオ兄様が、信じられないという顔で呟く。


「そんなことをしたら、畑が腐ってしまうだけではないのか?」


「メル、それはどこで聞いたんだい?」


 父様が、真剣な顔で僕に寻ねた。


「えっと、夢で、土の妖精さんが教えてくれた」


 僕は、とっさにそう答えた。

 ナビの存在は、まだ秘密だからだ。

 僕の答えに、イリ姉が呆れたようにため息をつく。


「もう、メルったら、また変なこと言って。妖精なんて、いるわけないでしょ」


「いや、待て」


 イリ姉の言葉を遮ったのは、父様だった。


「……面白い。メル、お前の言う通り、一度試してみようじゃないか」


「えっ、父上!?本気ですか!?」


 レオ兄様が、驚きの声を上げる。


「ああ。メルの言うことだ。それに、落ち葉や野菜くずなら、元手はかからん。失敗しても、損はないだろう」


 父様は、にやりと笑うと、僕の頭を優しく撫でた。


「よし、決めた。明日、ゴードンに命じて、領地の隅に、お前専用の小さな『実験用の畑』を作らせよう。そこで、お前の言う通りに、土作りから始めてみるんだ」


「まあ、あなた!」


「メル、いいな?」


「うん!」


 僕は、満面の笑みで頷いた。



 こうして、僕の「最高のフライドポテトが食べたい」という、ささやかなわがままから、この領地の農業を根底から変えるかもしれない、壮大なプロジェクトが、静かに始まろうとしていた。


『よし、ナビ。これで最高のフライドポテトが食べられる日も近いね』

《はい。ジャガイモの品種改良及び栽培法の確立は、当領地の食糧安全保障を大幅に向上させ、将来的な飢饉リスクを低減させる、極めて重要な……》


『うん、まあ、そういう難しいことは、父様たちに任せればいっか』


 僕は、ナビの壮大な解説を、途中で遮った。

 僕が夢見るのは、ただ一つ。

 山盛りのフライドポテトと、最高のケチャップだけなのだから。

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― 新着の感想 ―
ポテトフライやチップス類は油の管理が大変です。 後は定番な大学芋かな。
11話でケチャップを作るのにトマトを使ってましたよね。
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