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第28話「クラリスからの初めての手紙」

 穏やかな昼下がりだった。

 そんな静かな時間を破るように、談話室の扉が勢いよく開いた。


「メルヴィン様!お手紙が届いております!」


 メイドのソフィアが、少しだけ興奮した様子で、一通の手紙を手に駆け込んできた。

 その声に、近くで読書をしていた母様と、刺繍をしていたイリ姉がぱっと顔を上げる。


「まあ、メルに手紙ですって?」


「誰からよ?メルに手紙をくれる人なんて、いたかしら?」


 母様とイリ姉が、興味津々といった顔で僕のそばに集まってくる。

 僕宛の手紙なんて、初めてのことだ。


「差出人は……まあ!バルカス家からですわ!」


 ソフィアが告げた名前に、母様とイリ姉はさらに驚いた顔になった。

 バルカス家。それは、この前うちの領地に視察に来ていた、クラリスさんの家だ。


「クラリス様からかしら?メル、あなた、あの子と何かお話ししたの?」


「ふん、どうせまた、変な魔法でも見せびらかしたんじゃないの?」


 母様とイリ姉が、わいわいと騒いでいると、ちょうどそこへ、父様とレオ兄様が部屋に入ってきた。


「なんだ、騒がしいな」


「父様!メルに、バルカス家から手紙が来たんです!」


「なんと、クラリス嬢からか。それは面白い。どれ、私に貸してみなさい」


 父様は、興味深そうに言うと、ソフィアから手紙を受け取り、その美しい封蝋を丁寧に剥がした。



 父様が、羊皮紙に書かれた手紙をゆっくりと読み上げていく。

 その内容は、非常に丁寧で、貴族らしい格式張った言葉で書かれていた。


「えーと……『麗春の候、フェリスウェル家の皆様におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。先日は心のこもったおもてなし、誠にありがとうございました』……ふむ、丁寧な挨拶だな」


 父様が、感心したように頷く。


「続きは……『貴家のメルヴィン様より賜りました、かの不思議な『万華鏡』、大変興味深く、夜も眠れぬほどに心を奪われております』、か。ははは、よほど気に入ったと見えるな」


 レオ兄様が、くすくすと笑う。イリ姉は「なによ、あんなもの」と、少しだけ拗ねた顔だ。


「そして……ここからが本題か。『つきましては、先日拝見いたしました、貴領にて作られているという『絵本』なるものについて、ぜひ一度、詳しくお話を伺いたく存じます。もし差し支えなければ、わたくしにも一冊、お譲りいただくことは叶いませんでしょうか』……だそうだ」


 手紙を読み終えた父様が、楽しそうな顔で僕を見た。


「だそうだ、メル。どうする?」


(ふーん、やっぱり気になったんだな)


 僕は、少しだけ得意な気分になった。

 あのツンとしたお嬢様も、僕の作った絵本には興味津々らしい。


「すごいじゃないか、メル。隣の領地のお嬢様と、文通とはな」


「やるわね、メル。あんなプライドの高そうな子を、手玉に取るなんて」


 レオ兄様とイリ姉が、それぞれ感心したように、あるいはからかうように言ってくる。


(うーん、でも、返事を書くのか。少し面倒だな)


 僕は、内心でそう呟くと、はあ、と一つ、小さなため息をついた。


「あら、メル?どうしたの、ため息なんてついて」


 母様が、すぐに僕の異変に気づいて、心配そうに尋ねてくる。


「うーん……」


 僕は、少しだけ言いづらそうに、口を開いた。


「返事を、書かないといけないのが、少しだけ、面倒だなって……」


 その言葉に、一番に反応したのは、イリ姉だった。


「はあ!?あんた、何言ってるのよ!せっかくクラリスさんが、丁寧にお手紙をくださったのに、失礼でしょ!」


「まあ、メル。お返事を待っていらっしゃるわ。ちゃんとお礼を言わないと」


 イリ姉と母様にそう言われて、僕は「うう」と唸る。

 分かってる。分かってるけど、面倒なものは、面倒なのだ。


「……分かったよ。書くよ、書けばいいんでしょ」


 僕が、しぶしぶそう言うと、父様とレオ兄様が、楽しそうに笑っていた。



 僕は、自室に戻ると、机の上に新しい紙を一枚広げた。


『ナビ、貴族の手紙の返事って、どう書けばいいんだっけ?』


《検索します……貴族間の公式な書簡における、一般的な返信文面を提案します》


 ナビの言葉と共に、僕の頭の中に、ものすごく長くて、堅苦しい文章が流れ込んできた。


《拝啓、春光うららかなるこの良き日に、クラリス・フォン・バルカス様におかれましては、ますますご健勝のことと、心よりお慶び申し上げます。さて、先般賜りましたご書面、誠にありがたく拝読いたしました。つきましては……》


『うーん、長い!もっと簡単なのがいいな』


 僕は、ナビが提案してくれた定型文を、きっぱりと無視することにした。

 あんな堅苦しい手紙、僕も書きたくないし、きっとクラリスさんも読みたくないはずだ。


 僕は、羽ペンを手に取ると、真っ白な紙の真ん中に、この前仲良くなったキツネの絵を、インクで大きく、のびのびと描いた。

 そして、その絵の隅っこに、覚えたての文字で、一言だけメッセージを添える。


「またいつでも、あそびにきてね。おいしいおかしも、もってきてくれるとうれしいな。メルより」



 僕は、完成した手紙を、父様のところに持っていった。


「父様、できたよ」


「おお、早いじゃないか。どれどれ……」


 父様は、僕から手紙を受け取ると、その内容を見て、一瞬、きょとんとした顔になった。

 そして、次の瞬間、声を上げて大笑いした。


「はっはっは!これは面白い!実に、メルらしい返事だ!よかろう、これを送ってやれ!きっと、クラリス嬢も、この方が喜ぶだろう!」


 父様の大きな笑い声に、イリ姉が「なによ、何がおかしいのよ」と、ひょっこり顔を出す。

 そして、僕の手紙を見るなり、顔を真っ赤にした。


「な、なによこれ!こんな子供みたいな手紙、失礼じゃない!しかも、お菓子を催促してるし!」


「いいえ、そんなことありませんわ。メルらしい、とても心のこもった、素敵なお手紙ですわよ」


 母様が、優しく微笑んで、イリ姉をなだめてくれる。

 こうして、僕の初めての返事は、フェリスウェル家の紋章が押された立派な封筒に入れられて、隣のバルカス領へと送られていったのだった。



 それから、数日後のこと。

 今度は、バルカス家から、大きな木箱が屋敷に届けられた。


「まあ、これは……!」


 箱を開けた母様が、驚きの声を上げる。

 中には、王都でしか手に入らないような、色とりどりで、キラキラした、珍しいお菓子がたくさん詰まっていた。


 そして、そのお菓子と一緒に入っていた、一枚のカード。

 そこには、少しだけ震えた、綺麗な文字で、こう書かれていた。


「……ええ、また近いうちに、必ず伺いますわ!クラリスより」



 僕は、届いたお菓子を、家族みんなで分けることにした。

 もちろん、村にいるルカとリリィの分も、ちゃんと取っておいてあげる。


「うわー!何このキラキラした飴は!すごいじゃない!」


 イリ姉が、子供のようにはしゃいで、箱の中を覗き込む。


「ほう、これは見事な砂糖菓子だな。王都の職人の手によるものだろうか」


 レオ兄様は、その美しい細工を、感心したように眺めていた。

 僕は、その様子を眺めながら、一番おいしそうなクッキーを一枚、口に放り込んだ。

 うん、やっぱり、お菓子は美味しいな。


『ナビ、手紙って、いいものだね』


《はい。非同期型コミュニケーションは、相手の時間を尊重しつつ、深い関係性を構築する上で非常に有効です。また、今回は副次的に、高品質な糖質と脂質の獲得にも成功しました》


 僕は、ナビのいつも通りの分析に、くすりと笑った。

 新しい友達ができたことを、少しだけ、嬉しく思いながら。

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砂糖があるなら製糖して、落雁と金平糖でメロメロにさせる?
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