第23話「お姉ちゃんのご機嫌とり大作戦」
次の日の朝、僕の頭の中は、一つの大きな問題でいっぱいだった。
昨日、僕の平和な「お昼寝洞窟」は、その存在を姉であるイリスに知られてしまった。そして僕は、その入り口を魔法で完全に塞いでしまったのだ。
『ナビ、昨日のリスク確率75%、まだ有効?』
《はい、メル。イリス様からの物理的または精神的な攻撃を受ける可能性は、依然として75%を維持しています。彼女が秘密基地の消失とあなたを結びつけている以上、この数値が自然に低下することはありません》
ナビの、あまりにも冷静な分析。
つまり、僕の平和な日常は、いつ爆発するか分からない爆弾を抱えているようなものだ。
イリ姉が僕の部屋に突撃してくるのも時間の問題だろう。
『うーん……何か、イリ姉の気をそらすような、いい方法はないかな』
僕がそう呟くと、ナビは即座に応えた。
《提案します。人間の攻撃性を緩和させるには、対象の興味を別の、より魅力的な事象へと誘導するのが効果的です。例えば、視覚的な美しさを提供するなど》
『視覚的な美しさ?』
《はい。あなたの前世の知識に基づき、最適なツールを提案します。その名を「万華鏡」と言います》
ナビの言葉と同時に、僕の頭の中に、シンプルな筒と、その中でキラキラと輝く美しい幾何学模様の映像が流れ込んできた。
うん、これなら、イリ姉も夢中になるかもしれない。
◇
僕は、早速、僕の「平和維持計画」に協力してくれる仲間を集めに向かった。
まずは、大工のゴードンさんだ。彼は、街道整備の仕事の合間に、僕のために快く時間を作ってくれた。
「ゴードンさん、木の筒がほしいんだ。これくらいの、覗き込めるくらいの大きさのやつ」
「ほう、筒でございますか。承知いたしました。して、今度はどんな『あそび』ですかな?」
「うん。キラキラした、お星様を見るための道具だよ」
僕の言葉に、ゴードンさんは「それは面白そうだ!」と、目を輝かせて、すぐに綺麗な木の筒を三本作ってくれた。
次に、僕はリディアの作業場へ向かった。
僕のお供をしてくれていたソフィアが、先に事情を説明してくれる。
「リディア、メルヴィン様が、何かキラキラしたものを探しているそうなの」
「綺麗なもの、ですか?」
リディアは少しだけ考えると、小さな木箱をいくつか持ってきてくれた。
中には、彼女が薬草を摘みに行った時に、森で見つけてきたという、色とりどりのガラスの欠片や、光を反射して輝く、小さな鉱石が入っていた。
「まあ! なんて綺麗なのでしょう!」
ソフィアが、感嘆の声を上げる。
「うん、これ、少しだけもらってもいい?」
「はい、どうぞ。メルヴィン様のお役に立てるなら」
リディアは、静かに微笑んでくれた。
◇
材料はそろった。
僕は、自室に戻ると、ナビの設計図通りに、万華鏡の組み立てを始めた。
筒の中に、磨かれた金属の板を三角形になるように組み合わせる。
『ナビ、この角度、ちょっと難しいな』
《問題ありません。メルの魔力で、ほんの少しだけ斥力を発生させ、最適な位置で固定します》
僕は、ナビの言う通りに、ほんの少しだけ魔法を使った。
三枚の板が、すっと吸い寄せられるように、完璧な三角形を形作る。
そして、筒の先にガラスの欠片や鉱石を詰め込んで、蓋をする。
「できた!」
僕は、完成したばかりの万華鏡を、わくわくしながら覗き込んだ。
そこには、信じられないくらい美しい、光の世界が広がっていた。
◇
「メルー! やっぱりあんたの仕業だったのね! 正直に白状しなさい!」
思った通り、イリ姉が一人で僕の部屋に乗り込んできた。
その顔は、ぷんぷんに怒っている。
「何のことでございましょうか、イリ姉様」
僕が、しれっとそう言うと、イリ姉はさらに顔を真っ赤にした。
「とぼけないでよ! あの秘密基地を隠したでしょ! 昨日まであった入り口が、ただの岩になってたじゃない! あんたの魔法で何かしたんでしょ!」
僕は、仕方ないな、という顔で、隠し持っていた万華鏡を差し出した。
「イリ姉、これあげる」
「な、なによこれ! こんなもので、ごまかされると思ったら大間違いなんだからね!」
イリ姉は、文句を言いながらも、その不思議な筒を受け取った。
「こっちの小さい穴から、中を覗いてみて。くるくる回しながら」
僕がそう言うと、イリ姉は「ふん、どうせろくなものじゃないわよ」と呟き、疑いの目を向けたまま、おそるおそる万華鏡を覗き込んだ。
◇
その瞬間、イリ姉の動きが、ぴたりと止まった。
「……え?」
彼女の口から、間の抜けた声が漏れる。
そして、次の瞬間。
「き、綺麗……!」
イリ姉は、夢中になって、万華鏡をくるくると回し始めた。
その中で変化する、無限の光の模様に、すっかり心を奪われてしまったようだった。
さっきまでの怒りは、どこかへ消え去っている。
僕は、その様子を満足げに眺める。
『ナビ、作戦成功だね』
《はい。対象の攻撃性は95%低下。興味関心の誘導は、完全に成功しました》
その時、談話室の扉がゆっくりと開いた。
「おや、二人で集まって、楽しそうだな」
入ってきたのは、一日の仕事を終えた父様だった。その顔は少しだけ疲れていたけれど、僕たちの姿を見ると、ふっと優しく微笑んだ。
「父様!」
「イリスが、随分と静かだな。一体何にそんなに夢中なんだ? ……メル、それはなんだい?」
父様は、イリ姉が夢中になっている、その不思議な筒に、領主としての鋭い目を向けた。
どうやら、僕の「ご機嫌とり大作戦」は、また一つ、この領地に新しいお土産品を生み出してしまったようだった。
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