第21話「洞窟をリフォーム」
父様が始めた街道整備は、村をお祭りみたいな活気で満たしていた。
それは、領地が豊かになっていく音なのだろう。
でも、僕にとっては、お昼寝を邪魔する騒音でしかなかった。
屋敷の中庭も、なんだか落ち着かない。
僕は、新しいお昼寝スポットを探して、一人で領地の中を散歩することにした。
『ナビ、どこか静かで、涼しくて、日当たりもそこそこ良い場所はないかな』
《メルの要求する条件を複合的に満たす、最適な地点を検索します……候補を三箇所、マップに表示しました》
ナビが僕の頭の中に表示してくれた地図を頼りに、僕は村はずれの、緩やかな丘へとやってきた。
その中腹に、ぽっかりと口を開けた、小さな洞窟があった。
◇
「ここかな?」
入り口は、大人が一人、屈んでやっと入れるくらいの大きさだ。
僕は、中をそっと覗き込んだ。
中は、思ったよりも広かった。
でも、お昼寝するには、ちょっと問題が多そうだ。
「うわ、じめじめする……」
壁からは、水がじっとりと染み出していて、空気が湿っぽい。
床は、ごつごつした岩がむき出しで、とてもじゃないけど寝転がれそうにない。
『ナビ、ここはダメみたいだ。他を当たろうか』
《待ってください、メル。この洞窟は、あなたの魔法を用いることで、最高の快適空間へと生まれ変わるポテンシャルを秘めています》
『え、そうなの?』
《はい。いわゆる「リフォーム」です。耐震性、通気性、居住快適性を考慮した、最適な設計図をあなたの脳内に表示します》
ナビの言葉と同時に、僕の頭の中に、この薄暗い洞窟が、信じられないような快適空間へと変わっていく映像が流れ込んできた。
うん、これは、ちょっと面白そうだ。
◇
僕は、早速、ナビの設計図通りに、洞窟のリフォームを始めた。
『まずは、このごつごつした床をなんとかしないとね』
《はい。土系統の魔法で、床の岩盤を軟化させ、ベッドの形状に再成形することを推奨します》
僕は、洞窟の奥の、一番寝心地の良さそうな場所に手をかざした。
そして、ごつごつした岩の床を、まるで粘土みたいに、柔らかく、滑らかにするイメージを思い浮かべる。
ぐにゃり。
僕の魔力に反応して、硬い岩が、その形をゆっくりと変えていく。
角が取れて、滑らかになり、僕の小さな体にぴったりとフィットする、緩やかな曲線を描いた、天然の石のベッドが出来上がった。
「おー、すごい!」
次に、じめじめした空気だ。
『ナビ、換気扇みたいなのは作れないの?』
《風魔法による、常時微風換気システムを構築します。入り口と、天井のわずかな亀裂を利用し、常に新鮮な空気が循環するよう、空気の流れを設計してください》
僕は、ナビの言う通りに、洞窟の中に目に見えない、優しい風の流れを作り出した。
湿った空気が外へと押し出され、代わりに、外の爽やかな草の匂いが、ふわりと洞窟の中に満ちていく。
「うん、快適になってきた」
仕上げに、壁から染み出している水だ。
『これは、どうしようか』
《水の魔法で、染み出す地下水を一点に集約し、浄化します。同時に、土魔法で受け皿となる水飲み場を作成しましょう》
僕は、壁の一点に、水が集まるようにイメージする。
すると、あちこちから染み出していた水滴が、一つの場所に集まり始め、綺麗な雫となってぽたぽたと落ち始めた。
その下に、土魔法で小さな水受けを作ると、あっという間に、冷たくて綺麗な湧き水が飲める、天然の水飲み場が完成した。
◇
「すごい……! まるで秘密基地だ!」
僕は、生まれ変わった洞窟の中を見回して、感嘆の声を上げた。
でも、ナビの計画は、まだ終わりじゃなかった。
《仕上げに、居住快適性をさらに向上させるための、内装を施します》
『内装?』
《はい。先日、リディア氏との共同作業で得た、植物魔法の応用です》
僕は、ナビの意図を理解して、にやりと笑った。
まず、さっき作ったばかりの石のベッドに、手をかざす。
すると、その滑らかな表面に、ふかふかの、ビロードみたいな苔が、あっという間に生えそろった。
天然の、最高のクッションだ。
次に、洞窟の天井に手をかざす。
今度は、ほんのりと青白く光る、ヒカリゴケをいくつか配置した。
洞窟の中が、まるで星空みたいに、優しい光で満たされる。
最後に、洞窟の入り口だ。
日差しを和らげるために、ツタ植物を成長させて、天然の緑のカーテンを作った。
◇
「できた……!」
僕の目の前には、もう、ただの薄暗い洞窟はなかった。
そこにあったのは、涼しくて、静かで、ふかふかのベッドと、綺麗な水飲み場、そして優しい光に満たされた、世界で一つだけの、僕の「お昼寝洞窟」だった。
『ナビ、ありがとう! ここ、最高だよ!』
《どういたしまして、メル。あなたの快適なスローライフの実現が、私の最優先事項ですから》
僕は、早速、ふかふかの苔のベッドにごろんと寝転がった。
ひんやりとして、柔らかくて、最高の寝心地だ。
洞窟の中を吹き抜ける、優しい風。
ぽた、ぽたと響く、水の音。
僕は、その最高の環境の中で、あっという間に、深い、深い眠りへと落ちていった。
僕の知らないところで、一匹の小さなキツネが、その快適そうな洞窟の入り口から、羨ましそうに中の様子を覗き込んでいたことなど、もちろん、夢にも思わずに。




