表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/94

第18話「トランプを作りたい。だからまず紙を作ろう」

 父様が号令をかけた街道整備計画は、驚くほどの速さで進んでいた。

 村は、毎日がお祭りのような活気に満ちている。男たちの威勢のいい掛け声や、槌で石を叩く音、炊き出しを作る女性たちのおしゃべり。

 それは、領地が豊かになっていく音なのだろう。


 でも、僕にとっては、一つだけ大きな問題があった。


『ナビ。うるさくて、お昼寝ができない』


 僕は、自室のベッドでごろごろしながら、心の中で不満を漏らした。

 窓の外から聞こえてくる賑やかな音は、僕の快適な睡眠を妨げるには十分すぎる威力を持っていた。


 《はい。現在の騒音レベルは、推奨される安眠環境の基準値を40%上回っています》


『何か、お部屋の中で、みんなで静かに遊べるものはないかな。退屈だよ』


 僕の、切実な願い。

 それを聞いたナビは、即座に最適な解決策を提示した。


 《提案します。メルの前世のデータに基づき、室内で複数人が楽しめる、戦略性の高いカードゲームを導入します。その名を「トランプ」と言います》


『トランプか。懐かしいな。いいね、それ』


 ナビが、僕の記憶を補完するように、鮮明なカードのデザインや、家族みんなで遊べる簡単なゲームのルールを頭の中に表示してくれる。


『うん、これならイリ姉でもすぐに覚えられるかな。でも……』


『ナビ、カードを作る材料がないよ。羊皮紙はもったいなくて使えないし、木の板じゃ分厚すぎる』


 《問題ありません。材料そのものを作成します。メルの前世には、「紙」という便利なものがありました。木の繊維や、使い古した布から作ることができますよ》


『そっか、紙から作ればいいのか。ちょっと面倒だけど、トランプで遊べるなら、まあいっか』


 ◇


 僕は、早速、僕の「らくちん計画」に協力してくれる仲間を集めに向かった。

 まずは、大工のゴードンさんだ。

 ちょうど中庭で、父様と大きな地図を広げて、何やら真剣な顔で話し込んでいるのが見えた。街道整備の打ち合わせだろう。


「……なので、この区画の地盤は一度固め直す必要が……」

「うむ、ゴードンの言う通りだ。費用はかさむが、安全には代えられん」


 なんだか、すごく難しい話をしているみたいだ。

 僕が話に割り込めるような雰囲気じゃない。

 僕は、二人の邪魔にならないように、少し離れたところで待つことにした。


 しばらくして、僕の視線に気づいた父様が、ふっと顔を上げた。


「おお、メルじゃないか。どうしたんだい、そんなところで」


「お父様、ゴードンさん、お話中ごめんね」


「いやいや、構いませんぞ、坊ちゃま」


 ゴードンさんが、にこやかに笑ってくれる。

 僕は、二人のそばに駆け寄ると、早速本題に入った。


「ゴードンさん、ちょっと作りたいものがあってね。木の加工を手伝ってほしいんだ」


 僕の言葉に、ゴードンさんはにこやかに頷いた。


「ほう、『あそび』の道具ですかな? お安い御用でさあ。どんな加工をいたしましょう?」


「うん。木をね、ふわふわの綿みたいにしてほしいんだ」


 その言葉に、ゴードンさんは「はて?」と不思議そうに首をかしげた。父様も、きょとんとした顔をしている。


「木を、綿のように、でございますか……。それはまた、面白いことをお考えで」


「うん、新しい『あそび』に使うの」


「ははは、そうかそうか。分かりやした。腕によりをかけて、ふわっふわにしてご覧にいれましょう」


 ゴードンさんは、僕の不思議なお願いを、面白がって引き受けてくれた。

 父様は、また何か始まったな、という顔で、やれやれと首を振っている。


 次に、僕はリディアの作業場へ向かった。


「リディア、この古い布をね、お鍋でぐつぐつ煮て、どろどろに溶かしてほしいんだ」


「……承知いたしました。坊ちゃまの考えることは、いつも面白いですね」


 最後に、厨房へ。


「ヒューゴ、大きな鍋と、使わないかまどを貸してね」

「がはは! また何か面白い料理ですかな? 存分にお使いください!」


 僕の不思議なお願いに、みんなは首をかしげながらも、面白がって手伝ってくれた。

 厨房の隅では、大きな鍋がいくつも火にかけられ、なんだかお祭りみたいに賑やかだ。


 最初は、失敗の連続だった。

 木の繊維がうまくほぐれなかったり、布がうまく溶けなかったり。


「うーむ、これはなかなか……」

「メルヴィン様、少し焦げ臭い匂いが……」


 でも、その試行錯誤の過程が、なんだかとても楽しかった。

 ナビの正確な指示と、職人たちの見事な技術。

 そして、僕の「絶対にトランプで遊びたい」という強い気持ちが合わさって、ついにその時はやってきた。


 どろどろに溶けた材料を、木の枠に張った網の上で、薄く、平らに広げる。


『ナビ、これ、乾くのに時間がかかりそうだね。早くトランプで遊びたいんだけど』


 《はい。自然乾燥では数時間を要します。ですが、メルの魔法を応用すれば、乾燥時間を90%以上短縮可能です。風魔法と同時に、紙に含まれる水分だけを細かく振動させる特殊な魔法を使います。内側から水分を蒸発させ、それを風で効率的に運び去るのです》


 僕はナビの言う通り、木の枠にそっと手をかざした。

 僕の手のひらから、優しい風が生まれると同時に、濡れた紙の表面から、目に見えないほどの速さで水分が蒸発していくのが分かった。


「メルヴィン様……それは、一体何を?」


 隣で見ていたリディアが、驚いたように声を上げた。


「うん、魔法で乾かしてるんだ。こっちの方が早いから」


「まあ……!すごい……。魔法とは、物を乾かすためにも使えるのですね。初めて知りました」


 リディアが感心している間に、紙はすっかり乾いてしまった。


「できた……!」


 僕たちの目の前には、少し不格好だけど、ちゃんと文字や絵が描ける、真っ白な「紙」が完成していた。


 ◇


 その日の夜。

 僕は、完成したばかりの紙で作った手作りトランプを手に、家族が集まる談話室へと向かった。


「父様、母様、兄様、イリ姉。面白い遊びを思いついたんだ」


 僕が、テーブルの上に紙のカードを並べると、イリ姉が不思議そうな顔でそれを覗き込んだ。


「何これ? このペラペラなのがカード? 安っぽいわね」


「まあ、メルが作ったの? 上手な絵ですわね」


 母様が、優しく褒めてくれる。


「ふむ。これは、なかなか興味深いな。メル、どうやって遊ぶんだ?」


 父様が、興味深そうにカードを手に取った。

 僕は、一番簡単な「ババ抜き」のルールを、みんなに説明し始めた。


 ◇


 最初は、「なによ、簡単じゃない」と馬鹿にしていたイリ姉。

 でも、ゲームが進むにつれて、彼女の表情はどんどん真剣になっていった。


「待って! レオ兄様、今、私のカード見たでしょ!」

「見ていないさ。僕はただ、君の表情を読んでいるだけだ」

「むきーっ! 絶対に嘘よ!」


 冷静に相手の心理を読むレオ兄様と、思ったことがすぐに顔に出てしまうイリ姉。

 二人の勝負は、面白いようにレオ兄様に軍配が上がっていた。


 やがて、イリ姉と僕の一騎打ちになった。

 イリ姉の手には、二枚のカード。僕の手には、一枚のカード。


「さあ、引きなさい、メル! どっちを引いても、私の勝ちよ!」


 イリ姉は、自信満々の顔で、二枚のカードを僕の前に突き出す。


『ナビ、確率は?』


 《イリス様の心拍数、瞳孔の開き、微細な表情筋の動きを分析した結果、ジョーカーは右側のカードである確率、92%です》


『了解』


 僕は、迷わず、左側のカードを引いた。


「そろった」


 僕が、手元のカードをテーブルに置くと、イリ姉は「ええーっ! なんでー!?」と、本気で悔しそうな声を上げた。

 その姿を見て、談話室は大きな笑い声に包まれた。


 ◇


 すっかりトランプの魅力に取り憑かれた僕たちは、その夜、遅くまでいろんなゲームで遊んだ。

 やがて、父様が、カードそのものではなく、その「材料」である紙を、じっと見つめて、ぽつりと呟いた。


「メル、この『紙』は……すごいな」


「え?」


「羊皮紙よりも遥かに軽く、そして何より、安価に大量に作れる……。メル、お前は、とんでもないものを作ってくれたかもしれんぞ」


 父様は、領主の顔になっていた。

 レオ兄様も、その言葉の意味に気づき、はっとした顔で紙を見つめている。


「父上……! これがあれば、高価な羊皮紙を節約できます! 領地の帳簿や、村への通達も、もっとたくさん作れます!」


「うむ。我が領地だけの秘密にしておくには、あまりにも惜しい発明だ……!」


 父様とレオ兄様が、何やら難しい話で盛り上がり始めた。

 僕は、そんな二人を横目に、あくびを一つ。


『ナビ、父様、また張り切ってるね』


 《はい。製紙技術の確立は、文明レベルを一段階引き上げる、極めて重要なターニングポイントです。メルのスローライフ計画における、安定した収入源となるでしょう》


『そっか。それは、よかった』


 僕は、イリ姉との次の勝負に備えて、カードをシャッフルし始めた。

 うん。退屈しのぎに始めた遊びが、僕の未来のお昼寝時間を確保してくれるなら、それに越したことはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
余談ですが、「トランプ」日本以外では通じません。切り札という一用語でしかなく、日本で広まる際に「切り札だ」という意図でそう叫んでいた人が居たのを誤解されて広まったという説があります。諸外国では単にCa…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ