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第17話「父様へのお願いと、新しい道」

 村から屋敷に帰った次の日。

 僕は、父様がいるであろう執務室の前に立っていた。

 昨日の、泥にはまった荷馬車の光景が、まだ頭に残っている。


『ナビ。父様、お仕事中かな』


 《はい。現在、領地の税収に関する書類を確認中のようです。ですが、あなたの訪問が彼の精神的疲労を軽減させる可能性は十分にあります》


 ナビのお墨付きをもらった僕は、こんこん、と重たい扉をノックした。


「どうぞ」


 中から、少しだけ疲れたような父様の声が聞こえた。

 僕は、ゆっくりと扉を開ける。


 ◇


 執務室の中は、たくさんの本と、書類の山でいっぱいだった。

 父様は、大きな机に向かって、難しい顔で羊皮紙の束を眺めている。


「お父様、お仕事?」


 僕が声をかけると、父様はぱっと顔を上げた。

 その疲れた顔が、僕の姿を認めると、ふっと優しくほころぶ。


「おお、メルか。どうしたんだい? まあ、少しだけな。メルも手伝ってくれるか?」


「僕にはまだ、難しいよ」


「ははは、そうか? メルなら、すぐに覚えてしまいそうだがな」


 父様は楽しそうに笑うと、僕を手招きした。


「それで、どうしたんだい? わざわざ執務室に来るなんて」


 僕は、父様の机のそばまで歩いていった。


「お父様、この前ね、村で馬車が大変そうだったよ」


 僕がそう切り出すと、父様は「ああ」と、すぐに何のことか分かったようだった。


「道が泥だらけで、車輪がうまく動かなくて。馬も大変そうだった」


「そうだな、メル。あれは、この領地の昔からの問題なんだ。雨が降るたびに、道がぬかるんでしまう」


 父様は、ため息を一つついて、窓の外を眺めた。


「最近はメルのおかげで、ハーブや新しいお菓子が売れて、前よりはずいぶん潤ってはいるんだがな」


 父様は一度、僕を見て優しく笑った。


「だが、領地の道を全部綺麗に直すとなると、話は別だ。とてもたくさんのお金がかかるんだよ。今の僕たちの領地には、まだ少しだけ難しい話なんだ」


 領主としての、本当の悩み。

 父様は、僕を子供扱いせず、真剣な顔でそう話してくれた。


 ◇


『そっか、やっぱりお金がかかるんだね。でも、このままだと僕の快適なスローライフがちょっとだけ不便になっちゃうな。ナビ、何かいい方法はないかな?もっと安く、簡単にできる方法とか』


 《はい。一般的に、この世界の街道整備には専門の職人が切り出した、高価な石材を使用するため、莫大な費用が必要です。しかし、メルの言う通り、代替案は存在します》


 ナビの言葉を聞いて、僕は父様に言った。


「でもね、お父様。川のそばに、石がいっぱい余ってるよ」


「川の石?」


「うん。あれを使えばいいんじゃないかな」


 僕の提案に、父様は少しだけ困ったように笑った。


「ははは。メル、あれはただの石ころだぞ? あの丸い石をただ並べただけでは、馬車が通るたびにガタガタして、すぐにダメになってしまうんだ」


「それならね」


 僕は、ナビに教わった知識を、一生懸命思い出しながら言った。


「ただ石を並べるだけじゃなくて、間に小さい石とか砂を詰めて、上から何度も叩いて固めるんだよ。そうすると、もっと強くなるはずだよ」


 僕の、あまりにも具体的で、技術的な言葉。

 父様の顔から、笑みが消えた。


 ◇


「……待てよ」


 父様は、何かを思いついたように、僕の顔をじっと見つめた。


「間に、砂利を詰めて、締め固める……? そうか、基礎を固めるのか! なぜその発想がなかった……!」


 父様は、ぽんと手を打った。

 彼の頭の中では、高価な切り出し石材を綺麗に並べることしか、選択肢としてなかったのだろう。

 だが、メルの言葉は、全く違う次元の、しかし遥かに合理的で、頑丈な道を作るための方法論だった。


「メル……お前は、一体どこでそんな知識を……」


 父様は、何かを言いかけて、言葉を呑み込んだ。

 僕の顔を見ているけれど、その視線は、もっと遠くの、領地の未来を見ているようだった。


 当の僕はというと、もうその話には興味がない。

 窓の外を、ひらひらと黄色い蝶が飛んでいるのを、目で追っていた。


 《モンシロチョウ科の昆虫ですね。春の訪れを告げる、一般的な種です》


 僕がナビとそんな会話をしている間に、父様の領主としてのスイッチは、完全に入ってしまったようだった。


 ◇


「ソフィア! ソフィアはいるか!」


 父様が、執務室の扉を開けて、大きな声で叫んだ。

 すぐに、メイドのソフィアが慌てて駆けつけてくる。


「はい、旦那様! ただいま!」


「すぐに大工のゴードンと、村の長老たちを集めろ! 緊急の会議を開く! 街道整備計画について、だ!」


 父様は、さっきまでの疲れが嘘のように、生き生きとした顔で、ソフィアに矢継ぎ早に指示を出す。

 そして、興奮した様子で、執務室を飛び出していってしまった。


 一人、部屋に残された僕は、大人たちが何やら騒しくしているのを、静かに眺めていた。


『ナビ、これで大丈夫かな』


 《はい。初期コストを大幅に削減し、かつ従来工法よりも高い耐久性を持つ、極めて合理的なインフラ整備計画です。これにより物流が安定し、メルのスローライフ環境は、食料調達の面において、さらに向上するでしょう》


『そっか。よかった』


 僕は、満足げに一つ頷くと、静かになった執務室で、日当たりのいい絨毯の上にごろんと寝転がった。

 うん。やっぱり、難しいことは、父様に任せるのが一番だ。

 僕は、そのまま気持ちのいいお昼寝を始めるのだった。

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