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第133話「最後に足りないもの」

 雪合戦で遊び疲れた体も休まり、外がすっかり暗くなった頃。

 僕たち家族は夕食をとるために食堂へと集まっていた。


 いつもの広い食卓の真ん中には加熱石を組み込んだ特製の台が置かれ、その上で大きな両手鍋が湯気を立てていた。


「本日の夕食は鍋でございますぞ!」


「それってこないだメルが考えたって言ってた料理?」


 厨房から顔を出したヒューゴが満面の笑みで告げると、イリ姉は立ち上る湯気を手でぱたぱたとあおいで匂いを嗅ぐ。


「はい。この加熱台で温めながら、具を足して召し上がっていただく料理ですぞ」


「へえ、おもしろそう!」


「まあ……食卓の真ん中でお鍋を煮ながらいただくなんて、ずいぶん思いきったお食事ですわね。正式な席では難しいでしょうけれど家族だけで囲むなら、こういう楽しみ方も素敵ですわ」


「うむ。昔した野営を思い出すな。外で火を囲んで皆で食べる飯は格別だったが、こうして温かい部屋で家族と囲むのも、またいいものだ」


 珍しい食卓の光景に母様が笑う横で父様は取り分け用の器を眺めながら、どこか懐かしそうに顎を撫でた。


「では、まずはこちらの野菜から入れていきますぞ」


 蓋が開くと、ふわりと湯気が立ちのぼり出汁のいい香りが食堂いっぱいに広がった。

 ヒューゴが綺麗に切りそろえた野菜や肉を手際よく鍋の中へ入れていく。

 ぐつぐつと煮える音とともに、さらに出汁のいい匂いが広がっていく。


 程よく具材が煮え上がると、ヒューゴが手際よくそれぞれの器に取り分けてくれた。

 熱々の野菜を口に運べば肉の旨味と甘みが溶け合ったスープが冷えた体にじんわりと染み渡っていく。

 

「うん、美味しい!」


「あつっ、でもすっごく美味しいわね!」


「イリ姉、すごく熱いから気をつけてよ」


「平気平気! ヒューゴ、お肉とお野菜おかわり! これ、いくらでも食べられそう!」

 

「はっはっは、もちろんでございますぞ! さあ、どうぞ」


 あっという間に器を空にしたイリ姉の様子に父様が呆れたように笑う。


「イリス、少しは落ち着いて食べなさい。鍋は逃げはせん。だが……たしかにこれは後を引くな。色々な具材の味が混ざり合って、なんとも深い味わいになっている」


「ええ、本当に。冷えた体には一番のごちそうですわ」


「レオ兄は何が一番美味しいと思う?」


「俺は、この出汁をたっぷり吸った野菜が一番美味いと思うな」


「わかる! 出汁を吸った野菜って、お肉の旨味がしみてておいしいよね」


 家族の笑い声が広がる中、一つの鍋を囲んで湯気の向こうに顔を見合わせる。

 こういう冬の夜は、それだけでなんだか幸せだ。

 次の具材が煮えるのを待ちながら鍋の最後のお楽しみを思い浮かべる。

 具の旨味がたっぷり溶けこんだスープに、もちもちの白い麺を入れて最後はそれをすすって出汁まできれいに味わい尽くす。完璧な流れだ。


 白い麺。

 もちもちの、うどん。

 ……うどん?


「あっ……」


「どうしたの?」


 不思議そうにこちらを見たイリ姉へ、鍋を見つめたまま力なく答えた。


「〆のうどん……作るの忘れてた」


 せっかく美味しい鍋なのに最後の楽しみだった〆が抜けてしまった。

 鍋そのものには大満足だし、みんなも笑顔でお代わりしている。

 それでも具の旨味がたっぷり溶けたスープに最後は麺を入れて食べたかったなと頭の中で相棒に軽く愚痴をこぼした。


『ナビ、なんで言ってくれなかったのさ』


《以前、お昼寝前に一度伝えています。起床後は失念の可能性が高いと判断したためです》


『……それなら起きたあとにも教えてくれればいいじゃん』


《再通知の設定は行われていません》


『うう……次からは、僕が忘れてそうだったら、しつこいくらい教えて』


《了解しました。リマインダー設定を変更します》


『うん。頼りにしてるよ』


 そこへ、ちょうど追加の具材を運んできたヒューゴへ声をかけた。


「ヒューゴ、明日ちょっと手伝ってほしいんだけど」


「お手伝いですかい。明日は何をなさるおつもりで?」


「新しい料理だよ。鍋の最後に入れたかったんだけど作るのをすっかり忘れてたんだ」


「ほう、鍋の最後に入れる料理ですかい。どのような料理で?」


『ナビ、なんて説明すればいい?』


《小麦粉を水で練り細長く切って茹でる料理と説明してください。また明日のために厨房の小麦粉を全種類用意してもらうよう伝えることを推奨します》


「小麦粉を水でこねて細長く切ってから茹でるんだ。それをお鍋のスープに入れて食べるんだよ」


「なるほど、それはまた珍しい食べ方ですな」


「うん。だから明日、厨房にある小麦粉を全部出しておいてほしいんだ。いろいろ試しながら作りたいから」


「承知しました。明日までに厨房にある小麦粉を揃えておきますぞ。坊ちゃまの新しい料理とあっちゃあ、このヒューゴも腕が鳴りますからな」


「ありがとう。明日よろしくね」


『ナビ、これで明日の準備はばっちりだね』


《肯定します。リマインダー設定も完了しました》


 今日食べられなかった分、明日は絶対に美味しい麺を作ってやる。

 気を取り直して目の前のスープの残りをきれいに飲み干した。

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