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第129話「鍋が食べたい」

「さ、さむぅぅぅ……」


 窓の外を見た瞬間、僕は思わず身震いをして二の腕をさする。

 空がどんよりと灰色になったと思ったら、ちらちらと雪が降ってきたところだ。

 庭の土はまだ黒いけれど、この寒さは間違いなく本格的な冬の到来を告げている。


《外気温の低下を確認。降雪が始まりました》


 雪かぁ。見る分にはきれいだけど、この寒さは耐えられない。


「うう、むり。撤退だ、撤退!」


 窓際から逃げ出し、部屋の中央に鎮座する最強の防衛ラインへと緊急ダイブする。

 そう、この世界で発明した冬の最終兵器――コタツだ。


「ふあぁぁ。生き返るぅ……」


 ズボッと首まで埋まると、冷え切った手足がじんわりと解凍されていく。

 足元には加熱石の熱気。

 背中には、ふかふかのクッション。

 完璧だ。この四角い結界の中にいる限り冬将軍なんて怖くない。


(あー……幸せ。もう一生ここから出たくない)


 熱いお茶をずずとすすって、ふぅと白い息を吐いた。

 あまりにも動かなすぎて自分が家具の一部になったような気さえしてくる。


『ねえナビ。僕が今このコタツに入ってから何時間たった?』


《計測開始から52分が経過しています》


『1時間近くか……。その間、僕なんか動いてた?』


《この時間にメルがした動きは、運動は寝返りを右方向に3回、左方向に2回。および、あくびが計4回です》


『うん、省エネだね……』


 一瞬だけ反省しかけたけれど、すぐにコタツの温かさが思考を溶かしていく。


『……でもさ人間って不思議だよね』


 窓ガラスの向こう、しんしんと降り積もる雪を見つめながら言う。


『こうやって体がぬくぬく温まってくるとさ逆に冷たい外の景色を見たくなるっていうか……。暖かい部屋から見る雪って、なんでこんなにきれいなんだろうね』


《心理学的見地からの分析を推奨しますか?》


『ううん、いい。ただの感想だから』


 僕は顎をコタツ布団に乗せたまま、ぼんやりと呟く。

 外は氷の世界。中はぬくぬくの楽園。

 このギャップを楽しんでいるうちに、お腹の虫が小さく鳴いた。


『でさ外を見てると……今度はお腹の中から温まるものが食べたくなるんだよなぁ』


 一度食べ物のことを考え出すと、もう止まらない。

 お腹の中から温まるもの。

 スープ? シチュー? ううん、もっとこうガツンと熱いやつだ。


『こういう寒い日はさ、やっぱり鍋しかないでしょ』


 脳裏に前世の記憶がふんわりと浮かんでくる。

 土鍋の中でグツグツと踊る白菜。

 出汁の染みた豆腐。

 薄切りの豚肉をさっとくぐらせて少し赤みが残るくらいで引き上げる。

 それを柑橘の効いたポン酢につけてハフハフと言いながら口に放り込む――。


『よし、決めた。いまから鍋を食べよう! 野菜と、お肉と、あとキノコとかを入れて……』


 意気揚々と立ち上がろうとしたところをナビの冷静な声が引き止める。


《メルが現在想起している和風鍋の再現は不可能です》


『えっ? なんで? 材料くらいあるでしょ?』


《鍋料理の味の根幹となる調味料、「味噌」「醤油」、および「ポン酢」に該当する物品は現在のフェリスウェル領には存在しません》


『…………あ』


 動きがピタリと止まる。

 そうだ。そうだった。

 醤油もなければポン酢もないんだった。


(うそでしょ……。今の僕の口は完全に鍋の口になってたのに……!)


『そっか……ないかぁ……もう一生食べられないのかな……』


《否定します。一生ではありません。豆と麦と塩を確保し麹を起こして発酵手順を確立すれば醤油の試作は可能です。ただし安定した品質にするには年単位の試行が必要です》


『ね、年単位……? それって何年……?』


《最短でも三年程度を見込みます。原料の確保と発酵・熟成には時間が必要です》


『そんなの待てないよ! 僕は今食べたいの! この寒さと空腹は三年後まで待ってくれないんだよ!』


《現状では不可能です。和風鍋は諦めてください》


『ううっ……冷たい! 無慈悲だよ!』


 正論で殴られ急速にやる気がしぼんでいく。


『……解散。もう寝る』


《提案があります。別の鍋に切り替えましょう》


 僕がふて寝しようとすると、ナビが続けた。


《和風鍋は不可能ですが現在ある食材で可能なトマト鍋あるいはホワイトシチューをベースにしたミルク鍋であれば作成可能です》


『ミルク……鍋? それ、どうやって作るの? いつものシチューと違うの?』


《異なります。小麦粉によるとろみをつけず牛乳と肉と野菜の出汁で、さらさらしたスープを作ります》


『なるほどシチューよりあっさりしてるんだ』


《はい。ですが具材を煮込んだ後、仕上げにチーズを大量に投入します》


『……チーズ!?』


《はい。熱々のミルクと溶けたチーズが野菜に絡みつきます》


『それだ!』


 ガバッとコタツ布団を跳ねのけた。


『チーズが入ったミルク鍋! 絶対おいしい!』


 食欲が一気に復活する。

 和風がダメなら洋風でいけばいい。大事なのは熱々をつついて食べることだ。


『ナビそれだ! さっそく厨房に行こう!』


 あれだけ出たくなかったぬくぬくの結界も、おいしい鍋のためなら惜しくはない。

 スリッパを突っかけるとパタパタと部屋を飛び出した。

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