第128話:閑話「無意味なスイッチ」
暖かな日差しが差し込む午後のこと。
キッチンハウスに籠もり、真剣な表情で作業台と向き合っていた。
これは以前、土魔法で作った簡素なかまどだ。
使い方は簡単。くぼみに薪を入れて魔法で火をつける。それだけだ。
『ねえナビ。このかまど、もっとカッコよくできないかな』
《カッコよくの定義を要求します。機能面の向上であれば、燃焼効率を高める通風孔の設置を推奨します》
『違うんだよ。機能じゃなくて、こう……』
思わず大げさなジェスチャーを交えながら、必死にイメージを伝えようとする。
『今は念じるだけで火がつくけど、そうじゃなくてさ。こう、スイッチをパチン! と入れてからじゃないと魔力が流れないみたいな仕組みにしたいんだ』
《……質問です。意図的に魔力の流動を阻害する物理障壁を設置し、その解除という余計な工程を追加したい、ということですか?》
『言い方はともかく、そう! そういうスイッチを付けたいんだ。できる?』
《可能です。金属を用いて魔導回路を物理的に切断・接続する機構を作れば実現できます。ですが、着火までの所要時間が増加し、部品の故障リスクも発生します。非合理的です》
『いいんだよ、それが楽しいんだから! で、そのスイッチはどうやって作るの? 材料なんてないけど』
《土壌に含まれる鉄分を抽出・精製すれば作成可能です。私が術式を補助しますので、土に魔力を流してください》
『了解!』
指示通りに地面へ手を這わせると、そのまま土魔法を発動させる。
地中に眠るわずかな金属成分を探っていった。
《成分検知。抽出を開始します。イメージしてください。土から砂鉄のような粒子が集まり、それが結合して銀色の塊になる様子を》
言われた通り頭の中で強くイメージを固める。
すると、土の中からキラキラと光る黒い粉が吸い寄せられるように集まり、やがて小さな鉄のインゴットへと変化した。
『できた!』
《純度は低いですが導電性を持つスイッチの素材としては十分です。次はこれを加工しトグルスイッチとレバー、および回路を形成します》
『いいね! 最後のスイッチは、もっと複雑にミサイルを発射する時のボタンにしよう!』
《ミサイル発射ボタンですね。無駄な手順が一つ増えるので、カバーをつけるのは非推奨です》
『それがいいんだよ! いいからミサイル発射ボタンにして』
《……了解しました》
『よし、デザインは僕に任せて! もっとゴチャゴチャした感じに作ろう!』
手に入れた鉄の塊を、魔法でさらに変形させていく。
カチカチと小気味よい音が鳴るトグルスイッチ。ガシャンと重たい手応えのあるレバー。そして誤作動防止用のカバーがついたメインボタン。
それらを土魔法で作ったパネルにはめ込み裏側で複雑な回路を繋ぎ合わせる。
くぼみにあった薪を取り除き、底に着火用の回路を繋ぐ。
これでかまど改め「魔導コンロ」の完成だ。
仕上げにかまどの手前にそのパネルをガッチリと固定する。
『……ふふふ。完璧だ』
目の前に広がるメカメカしい光景を見て、その出来栄えに思わず心が踊った。
《理解不能です》
そこへ、ナビの冷めた声が頭の中に響いた。
《メル。これは単なる料理用のコンロです。なぜこのような過剰なインターフェースが必要なのですか?》
『分かってないなぁ、ナビは』
パチン、パチンと意味もなくスイッチを弾き、その感触を確かめながら答える。
『いいかい? 魔法は便利すぎるんだよ。思っただけで火が点くなんて味気なさすぎる』
《味気などという主観的パラメータは不要です。求められるのは即時性と確実性です》
『違う! 男ってのはね、手順を踏みたい生き物なんだよ!』
思わず拳に力が入り、自然と前のめりになって言葉を続けた。
『例えばロボットアニメの発進シーン。「メインシステム起動」「オールグリーン」「発進!」っていう、あのタメ! あれがあるから、ただ飛び出すだけの動作がカッコよくなるんだ!』
《……つまり、メルの主張はこうです。「お湯を沸かす」という単純作業に、無駄な手順と時間を付加することで、自己満足度を高めたい》
『言い方が身も蓋もないけど、その通りだ!』
譲れないこだわりだと、胸を張って言い切る。
このパネルを作るために、わざわざカチカチと良い音が鳴る仕掛けまで、魔法で緻密に作り込んだのだ。
『よし、早速テストだ。コーヒーのお湯を沸かそう』
コンロにヤカンをセットして、ひとつ深呼吸する。
気分はパイロットだ。キリッとした表情を作ってパネルに向き直った。
「――システム、オールグリーン」
パチン。一番左のスイッチをを入れる。
カチッ!
小気味よい音と共に、パネル全体を起動させる大元の魔力回路が繋がった。
「魔力回路、接続」
パチン、パチンと続けて二つのスイッチを弾く。
メーターの針がピクリと動いた。
《……針を動かすためだけに風魔法を使うのは、魔力の無駄遣いです》
「出力調整、安定」
ガシャン!
右端のレバーを力強く押し込む。
重たい手応えがたまらない。
《……魔力はメルが流しているのですから、安定して当然です》
「セーフティ解除!」
カパッ。
中央にある誤作動防止用のカバーを跳ね上げる。
その奥にある、銀色に光る丸いボタン。これを押せば、ようやくコンロの着火部に魔力が流れる仕組みだ。
「点火!」
ポチッ。
ボッ!
勢いよくコンロに赤い炎が灯った。
「……おおっ!」
感動に打ち震える。
ただ火を点けただけなのに、まるで巨大なエネルギー砲を発射したかのような達成感があった。
『見たかナビ! この高揚感! これこそが浪漫だよ!』
《着火までに要した時間、20秒。通常の思考入力なら0.2秒です。100倍の時間を浪費しています》
『いいんだよ! この無駄な時間が楽しいんだから!』
ご機嫌でコーヒー豆の準備を始める。
ヤカンからは、シュウシュウと湯気が上がっていた。
『あ、いけない。カップを忘れてた』
ふと棚の方へ振り返りカップへ手を伸ばした。
その拍子に戻した腕が、火にかけていたヤカンの取っ手に引っかかってしまう。
「あっ」
ガシャン!
コンロから押し出されたヤカンが、ぐらりと大きく傾いた。
ジュワアアアッ!!
傾いた注ぎ口から噴き出した熱湯が、下のコンロの火口に直撃した。
さらに悪いことに、こぼれたお湯までが苦労して作ったスイッチパネルの方へ流れていく。
「わわっ! やばい! 壊れちゃう!」
あの中にはメーターを動かすための風魔法の回路が詰まっている。水浸しになったら台無しだ!
「火を止めなきゃ!」
慌ててパネルに手を伸ばした。
しかし――。
(えっと、止めるには……まずカバーを閉じて、レバーを戻して、スイッチを全部オフに……!?)
どれか一つを切れば回路は遮断されるはずなのに、自分で決めた停止手順の多さに頭が真っ白になってしまった。
あたふたしている間にも熱湯はパネルに迫る。
「ええい、もういいっ!」
パネルを無視し魔力を直接遮断する。
「止まれっ!」
シュン……。
炎は一瞬で消え去った。
「はあ、はあ……。あ、危なかった……」
間一髪、パネルへの浸水は免れた。
胸を撫で下ろして床にへたり込むと、静まり返った小屋にナビの声だけが冷ややかに響く。
《緊急時の対応速度、0.2秒。素晴らしい反応です》
『……うるさいなあ』
《やはり、無駄なプロセスは緊急時の障害にしかならないことが証明されましたね。レバーを戻す暇もなかったようですし》
『いやいや、確かに魔法で一瞬で止まりはしたよ! でも、それは僕が求めてたものじゃないんだ!』
濡れた作業台を拭きながらムキになって反論する。
『ほら、物語だってあるじゃないか。勇者が危険を承知で遠回りだけど正しい道を選ぶ、みたいなことあるだろ? 効率だけじゃなくて、そういう浪漫があるから面白いんだよ!』
《言っていることは理解できますが、物語の勇者は危険でも必ず成功するという前提に基づいています。物語の読者は、その結末を知っているか、あるいは信じています。従って彼らが進んでいるのは浪漫ではなく、物語を成立させるための必然的な経路です。彼らは浪漫で進んでいるわけではありません》
『いやいや、ナビ……そりゃそうだけど、それを言い始めたらさ……。熱い気持ちが大事なんだよ! スイッチを入れる時の、あの熱い気持ちが!』
《熱い気持ちですか。今回のトラブルの際も、それによる心拍数の上昇やストレス値の変動は確認しました》
『いや、確かに少し……いや、かなり焦ったけど……』
《私はメルの快適なスローライフの実現を最優先事項としています。メルが浪漫を求めることは構いません。ただ、その試行中に今回のようにパニックに陥り、疲労を蓄積したり火傷のリスクを負ったりすることが、目的に対して最も非効率的だと分析しているのです》
淡々とした声色だが、言っていることはまるで過保護なお母さんだ。
『心配してくれるのはありがたいけど……! でも、やっぱり男として譲れないものもあるんだ!』
《その非論理的な感情もメルという個体の重要な要素として認識しています。……しかし、お湯を沸かすだけでこれほどのリスクを冒す個体は、私のデータベース上でも極めて稀です》
『あーーーもう! このわからずや! もういいよ!』
こちらの熱い気持ちなどどこ吹く風で、ナビは淡々と正論を突きつけてくる。
『くっそー! いつかナビに本当の男の浪漫ってやつを分からせてやる!』
《私に浪漫をわからせる。それこそまさに浪漫ですね。メルは本当に面白いです》
ナビの声に、ほんの少しだけ楽しげな響きが混じった気がした。
こちらはぐうの音も出ないまま、ただ深いため息をつくばかりだ。




