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第117話「驚きの魔法土木」

 ゴードンさんへの発注から数日後。

 広場では、公園の建設工事が静かに始まっていた。


 そのことを僕が知る前に──。


「メル!工事が始まったのよ!見に行くわよ!」


 朝食を終えて部屋に戻ろうとした瞬間、廊下の曲がり角から飛び出してきたイリ姉にいきなり襟首をつかまれた。


「ちょ、ちょっと待って。……工事って公園の工事のこと?」


「そうよ!決まってるでしょ、ゴードンに頼んだ公園よ!」


「えー……。見に行ってどうするの。ゴードンさんたちに任せておけばいいじゃない……」


「何言ってるの!設計図を描いたのはメルでしょ!設計図通りにできてるか確認しないと駄目よ!ほら、行くわよ!」


「いや、ゴードンさんたちはプロだから大丈夫だよ」


「何があるかわからないわ!ちゃんと確認しないと駄目よ!」


「えー……」


 抵抗も虚しく、ズルズルと引きずられて広場へと連行された。



 広場の一角にはすでに木材が積み上げられ、ゴードンさんと数人の弟子たちが忙しそうに動き回っていた。


「おう、坊ちゃまにお嬢様!見に来てくださったんですかい!」


 ゴードンさんがくわを振る手を止めて、汗を拭いながらニカっと笑う。


「順調に進んでる?」


 イリ姉が興味津々で尋ねる。


「へい。今は土の丘を作るための整地をしてるところでさぁ」


 見ると、弟子たちがスコップと鍬で地面を掘り起こし、土を一箇所に積み上げようとしていた。

 しかし、広場の地面は固く踏みしめられており、なかなか思うように進んでいないようだ。


「……これ、どれくらいで終わるの?」


「そうですなぁ……。土を掘り返して、運んで、山にして、崩れねぇように踏み固める。……この丘の形にするだけで、三日はかかりますな」


「えー!土の山を作るだけで三日も!?」


 イリ姉が声を張り上げる。


「それじゃあ、ブランコやシーソーができるのはもっと先ってことじゃない!」


「へい。まずは土台をしっかりさせねぇと、遊具も置けやせんので」


「むぅ……。そんなにかかるんだ……」


 イリ姉が肩を落としてしょんぼりとうつむいた。

 さっきまでの元気はどこへやら、つまらなそうに唇を尖らせていた。


(……うわあ、大変そうだな)


 炎天下の中、職人たちは汗だくになって固い土を掘り返していた。

 この広さを手作業でやるなんて、想像しただけで気が遠くなる重労働だ。


『ねえナビ。この規模の整地と丘作り、魔法ならどれくらいで終わる?』


《地形データを照合。……地盤沈下を防ぐ圧縮処理を含めて、約五分で完了可能です》


『五分か……。三日かかるところを五分なら、サクッと終わらせちゃうか』


 僕は一歩前に出た。


「ゴードンさん、その土台作り少し手伝うよ」


「お?坊ちゃまがですかい?魔法で?」


「うん。……ちょっと大きく土を動かすから、みんな少し離れててくれる?危ないから」


「へ?あ、ああ……。おーい!みんな、一旦手を止めて下がれ!坊ちゃまが魔法を使われるそうだ!」


 ゴードンさんの号令で職人たちが不思議そうに顔を見合わせながらも、作業の手を止めて広場の端へと退避していく。


(よし、これで大丈夫だね)


 誰もいない広場の中心に立ち、完成図をイメージした。

 なだらかな斜面を持つ、子供が駆け上がるのにちょうどいい高さの丘。

 そして、その隣には砂場用の四角い穴。


『ナビ、サポートお願い』


《了解しました。土壌硬度を最適化し、崩落防止の圧縮処理を実行します》


 地面に手をかざし、魔力を流し込む。


「……よいしょ」


 ズズズズズ……ッ!


 地面が低い唸りを上げ、土が盛り上がり始めた。

 硬い地面が波打ち、中央に集まっていく。


「な、なんだコリャ!?」


 職人たちが目を見張る中、土の塊はみるみるうちに形を変え、綺麗にならされた小高い丘になった。

 同時に、その横の地面が四角く沈み込み、綺麗な砂場の穴が出来上がる。


「……ふぅ。こんなもんでいい?」


 パンパンと手の土を払って振り返った。


《推奨。ブランコ支柱用の埋設穴も、同時に掘削することを提案します。手作業による深掘りは高負荷であり、工期短縮に大きく寄与します》


(あ、そうだった。ブランコも大変なんだった)


 太い丸太を深く埋めて固定するには、深い穴を掘らなきゃいけない。

 これも手作業だと重労働だ。


「ゴードンさん、ブランコの場所ってどこだっけ?」


「へ?ああ、そっちの端ですが……」


 指さされた場所を確認し、僕は再び手をかざした。


「ここだね。……えい」


 ボコッ、ボコッ。

 地面に太い丸太がすっぽり入りそうな深い穴が、等間隔で四つ開いた。


「よし、これで完了っと!」


「…………」


 満足して振り返ると、そこには口をあんぐりと開けたゴードンさんたちが固まっていた。


「こ、こりゃあすげえ……!わしらの三日分が、一瞬かよ……!」


「魔法使い様ってのは、とんでもねぇな……」


 職人たちが呆れたように呟く。

 一方で、イリ姉は「わあっ!」と歓声を上げて丘に駆け寄った。


「すごいすごい!もう登れるじゃない!さすがメル!」


 イリ姉が新しい土の感触を確かめるように、丘の上で飛び跳ねている。


「これなら、基礎工事は終わりですな」


 ゴードンさんは信じられないといった顔で、丘の表面をそっと撫でた。


「地面もしっかり固まってやがる……。これなら、明日からすぐに遊具の組み立てにかかれますぜ!」


「本当!?やったぁ!」


 イリ姉が大喜びし、職人さんたちも「よし、やるぞ!」と気合を入れ直している。

 工期は大幅に短縮され、公園の完成は目前に迫った。


(……うん、いい仕事したな)


 三日かかると言われていた作業が一瞬で終わった。

 やっぱり、魔法って便利だなあ。

 みんながこんなに驚いて喜んでくれるなら、手伝ってよかった。


 僕が描いた設計図がこうして目の前で形になっていく。

 それを見ていると自然とワクワクしてきた。


「じゃ、あとはよろしくね」


 僕はゴードンさんたちに手を振って、軽い足取りで屋敷へ帰還した。

 この広場が子供たちの笑顔でいっぱいになる日が楽しみだ。

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