第116話「暴走した公園計画」
「できた!完璧だ!」
僕は書き上がったばかりの設計図を満足げに眺めた。
『ナビ、どうかな?これなら文句ないよね?』
《はい。遊具の配置、安全性、そして管理監督者の休息場所の確保。すべての条件を満たした最適解です》
『よし!』
お墨付きをもらうと、設計図を握りしめ部屋を飛び出した。
この素晴らしい公園の設計図を、一刻も早く共有しなければならない。
「イリ姉!ちょっと見てよ!」
イリ姉の部屋のドアをノックもせずに開ける。
「なによ急に。……って、できたの!?」
本を放り出して食いついてきた。
得意げに設計図を広げて見せる。
「じゃーん。これが公園の全貌だよ」
「なにこれ!すごいじゃない!ブランコ以外にもいっぱいある!」
イリ姉は目を丸くして図面を指差した。
「ねえ、この丸太に板が乗ってるのは何?」
「それはシーソーだよ。板の両端に座って、ギッタンバッタンって交互に揺れるんだ」
「へぇー!じゃあ、こっちの丸太が並んでるのは?」
「丸太渡り。落ちないようにバランスを取りながら歩くやつだよ。あとこっちは砂場で、こっちは小さな丘」
「へぇー!面白そう!これなら一日中遊んでいられるわね!」
「でしょ?ルカたちも絶対喜ぶよ」
(そして、みんなが遊んでいる間、僕はこっちの屋根付きベンチで優雅に見守る(寝る)ことができる……!)
僕の不純な動機などまるで知らないまま、イリ姉はすっかり乗り気になっていた。
「すごいわメル!さすが私の弟!善は急げよ、今すぐゴードンの所へ行くわよ!」
「うん、行こう!」
僕たちはそのままの勢いで屋敷を飛び出し、村にあるゴードンさんの作業場へと駆け込んだ。
◇
「ゴードンさん!お願いがあるんだ!」
「おや、坊ちゃまにお嬢様じゃねえですか。一体どうしなすったんですかい?そんなに慌てて」
削りかけの木材を置いて、手を拭いながら出てくる。
作業台の上に、バン!と設計図を広げた。
「これを作ってほしいんだ!」
「……ほう?」
ゴードンさんが図面を覗き込み、片眉を上げる。
「なんだこりゃ?丸太を組んで……そこから板をぶら下げるのか?」
「そう!ブランコっていうの!その板に座って揺らすと空を飛んでるみたいで楽しいんだから!」
身振り手振りで説明する。
「ぶらんこ、だと?……んで、こっちの丸太に板を乗せただけのは何だ?」
「それはシーソー。二人で乗って交互に上がったり下がったりするんだ。こっちの丸太はバランスを取りながら渡るやつ」
次々と説明すると、ゴードンさんの目が職人の目に変わっていった。
「へぇ……!子供が遊ぶためだけに、こんな大掛かりな仕掛けを作るってのか」
図面を指でなぞりながら、ニヤリと笑う。
「こいつは面白え!広場の大改造じゃねえか!」
「できるでしょ!?ゴードンさんなら!」
「おうよ、任せな!坊ちゃまの設計図は、いつ見てもワクワクさせてくれるぜ!」
職人魂に火がついたのか腕まくりをした。
「面白え、やってやらあ!だがこれだけの規模だ、木材が大量に要るぞ。すぐに材木屋に手配をかけるぜ!」
「うん、お願い!なるべく早くね!」
「がってんだ!」
さっそく、弟子たちに大声で指示を飛ばし始めた。
その活気ある様子に、僕たちは顔を見合わせてハイタッチをする。
こうして公園計画はゴードンさんたちの手で一気に進み始めた。
◇
それから、三日が過ぎた。
僕は部屋のベッドで、優雅に二度寝を楽しんでいた。
ゴードンさんに設計図を渡して丸投げしてからは、面倒なことは何もない。
おかげでここ数日は、誰にも邪魔されず、ひたすらゴロゴロするだけの最高の日々を送れている。
(ふあ……。このまま夕方まで寝ちゃおうかな……)
コンコン。
「メルヴィン様。旦那様がお呼びです」
ドア越しに、カトリーナの硬い声がした。
「……え?父様が?」
「はい。至急執務室に来るように、とのことです」
なんだろう。剣の稽古はサボってないはずだし、特に怒られるような心当たりはないんだけど……。
(……ま、行けば分かるか)
能天気に部屋を出て執務室へと向かった。
◇
執務室に入ると、父様はデスクに向かっていた。 その手には一枚の紙が握られている。
そしてデスクの上には、見覚えのある公園の設計図が広げられていた。
(……あれ?なんで図面がここに?)
状況を飲み込めずにいると、父様が静かに切り出した。
「……メル。ゴードンから、これが届いたぞ」
「え?」
父様が手に持っていた紙をデスクに置く。
それはゴードンさんの店から送られてきた見積書だった。
「見てみろ。丸太に板材、杭……。随分と注文が多いな」
父様の目がすうっと細められる。
「……私はブランコの許可は出したが、これほど大掛かりな遊び場を作る許可を出した覚えはないぞ」
そこまで聞いて、胸がドキッとした。
(……あ)
忘れてた。
設計図ができたら、まず父様に見せる約束だった……。
「ご、ごめんなさい……。いいアイデアだと思って、つい勢いで……」
「メル。新しいことをするのは良いことだ。だが、手順を飛ばしてはいけない。私が許可しなかったら、ゴードンに無駄骨を折らせることになるんだぞ」
「はい……。本当に、ごめんなさい」
父様はふうっと深いため息をつくと、見積書と一緒に届いていた僕の設計図を広げた。
しばらくの間、無言でそれを眺める。
(うう……。やっぱり、計画は白紙かな……)
僕が小さくなっていると、父様がぽつりと呟いた。
「……だが、内容は悪くない」
「え?」
「いや、素晴らしい。これだけの遊び場があれば、村の子供たちの体作りにも役立つだろうし、住民の憩いの場にもなる」
父様が顔を上げ、ニカっと笑った。
「計画は承認する。資材費も領主家で持とう」
「ほ、本当!?」
よかった……!
勝手に進めたからもっと怒られるかと思ったけど、計画自体を認めてもらえてよかった……。
胸をなで下ろしていると、父様が静かに続けた。
「ただし」
「……はい?」
「今回のような事後報告はこれきりだぞ。次からは必ず動く前に私に報告しなさい。いいね?」
父様の目つきがいつもの優しい顔から一気に領主の顔に変わった。
それは領主としての威厳ある眼差しだった。
「は、はい……。約束します」
「うむ。よろしい。……ゴードンには私から正式な発注書を出しておく。お前はもう下がりなさい」
「ありがとう、父様!」
◇
執務室を出た僕は、大きく息を吐いて天井を見上げた。
助かった……。
勝手に進めたから怒られたけど、計画自体は潰れずに済んだ。
公園ができれば、イリ姉はそこで遊び呆けるはずだ。
そうすれば、屋敷で誰にも邪魔されず、心置きなくのんびりできる。
(そのための計画だもんね。……よし、部屋に戻って、さっき中断したゴロゴロタイムの続きをしよう)
僕は軽い足取りで自室へと戻るのだった。




