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第102話「家族を堕とすぬくぬく罠」

 僕の部屋に設置されたコタツ。

 その悪魔的な暖かさに捕まった僕とイリ姉は、すっかりコタツから出られない体になってしまっていた。


(ああ……もうダメだ、動きたくない……)


 僕たちはコタツに入ったまま、トランプを取り出し、だらだらと七並べを始めていた。


 コンコン。

 穏やかで怠惰な時間を破るように、ノックの音がした。


「イリス、やっぱりここにいたか。母上が探していたぞ」


 入ってきたのは、何やら書類を抱えたレオ兄だった。


「また二人でだらしない格好をして……」


 レオ兄は、コタツから上半身だけを出してトランプをしている僕たちを見て、呆れたようにため息をついた。


「……それで床に座って何をしているんだ?その奇妙なテーブルは一体?」


「ふふん。メルが作った暖かいテーブルよ!レオ兄も入ってみれば?すごいのよ、これ」


 イリ姉が、コタツ布団をめくって誘う。


「何を言っているんだ、イリス。私は忙しいんだが……」


 レオ兄はそう言いながらも、その奇妙なテーブルに興味を引かれているようだ。


「いいから、こっちに座りなさいよ!」


 イリ姉がレオ兄の服の裾をぐいぐいと引っ張る。


「わっ、よせイリス!行儀が悪いぞ!」


 レオ兄は仕方なくコタツの横に座らされた。


「……まったく。それで、これが何だというんだ?」


 渋々といった様子で、レオ兄が足を入れた瞬間だった。


「…………」


 数秒の沈黙。


「これは……」


 レオ兄の硬かった表情が、ふにゃりと溶けていくのが分かった。


「なんという暖かさだ……。足元からじんわりと、疲れが溶けていくようだ……」


 レオ兄は、日頃の領主の仕事の手伝いで疲れていたのだろう。

 コタツに入ったまま、うとうとと静かに寝息を立て始めた。


「あ、レオ兄、寝ちゃったわ。ねえメル、トランプの続き!」


 イリ姉が手札を切りながら無邪気に声を上げる。


「しっ!イリ姉、静かに」


 僕は、すやすやと眠るレオ兄の顔を見て、小さく言った。


「レオ兄、きっと疲れてるんだよ。少し寝かせてあげよう」


「……ふん。まあ、仕方ないわね」


 イリ姉も、なんだかんだ言って兄のことは尊敬しているのだ。

 僕たちは、レオ兄を起こさないよう、静かにトランプを続けた。


 ◇


 それからどれくらい経っただろうか。

 今度は、ノックと共に母様のセリーナが部屋に入ってきた。


「もう、イリスったら。レオに呼ばせに行かせたのに、二人とも戻ってこないものだから、探しに来てみれば……あらあら、三人で床に座って何を……まあ、このテーブルは?」


 母様は、僕の部屋に似つかわしくない奇妙なテーブルと、そこで堕落しきっている僕たちを見て、きょとんとしている。


「メルが作った暖かいテーブルよ!母様も部屋履きを脱いで入ってみて!すっごく気持ちいいんだから!」


 イリ姉が寝ているレオ兄のことを忘れ、大きな声で母様を手招きしたその時だった。


「ん…………はっ!?」


 レオ兄がコタツに突っ伏していた体勢から、勢いよく顔を上げた。


「しまった!寝ていたのか、私は!?」


 レオ兄はイリ姉を探しに来たはずが、弟の部屋で寝てしまっていたことに気づき、慌ててコタツから這い出た。


「す、すまないメル、イリス!母上も!私は仕事に戻らねば!」


 レオ兄は顔を真っ赤にしながら、書類を抱えて足早に部屋を出ていった。


「あらあら、レオったら、忙しいのね」


 母様はくすくすと笑いながら、今しがたレオ兄がいた場所に向き直った。


「それで、イリス。このテーブルがそんなに気持ちいいの?」


「うん!レオ兄の代わりに入ってみてよ!」


 イリ姉に促され、母様もコタツに足を入れた。


「まあ……!」


 母様も、すぐにその快適さに魅了されたようだった。


「本当に気持ちいいわね、これ!……でもメル、これはどういう仕組みなのかしら?火も使っていないのに、どうしてこんなに温かいの?」


「えっとね、これは加熱石っていう魔道具を、僕が魔法で作った石の箱に入れて、テーブルにくっつけているんだよ」


「まあ!メルが作ったの?」


「うん、やぐら(テーブル)も魔法で木を加工して作ったんだ」


「すごいわ、メル!これは素晴らしい発明よ!」


 母様は僕の発明品だということを知り、ますます興奮した様子で、にっこりと微笑んだ。

 そしてふと、何かを思いついたように目をきらりと輝かせた。


「ねえ、メル。こんなに素晴らしいもの、メルのお部屋だけに置いておくのはもったいないわ!家族みんなで使えるように、もっと大きいものを作って談話室に置きましょう」


「うん。いいと思うよ!」


(談話室にもコタツか。それは快適そうだな……)


 僕が素直に賛成すると、母様は嬉しそうに頷いた。


「よかったわ!早速、お父様に頼んで、ゴードンさんたちに発注しないとね!」


「あっ、母様。コタツを作るには、バルツさんに鉄の箱を作ってもらわないといけないんだけど、バルツさん今、依頼が立て込んでて、完成まで半月は待ってほしいって言ってたよ」


「まあ、半月も?そんなに待てないわ……」


 母様は少し残念そうにしたが、すぐに僕を見て名案を思いついたようだ。


「あら?でもメル、このコタツは、メルが魔法で作ったんでしょう?だったら、談話室の分もメルが魔法で作ってくれないかしら?」


「ええーっ!?」


(めっめんどくさい……)


「いや、母様!それは無理だよ!」


「どうしてかしら?」


「加熱石がもうないんだ!ヨナス商会に一個しかなかったんだよ。聞いてみないと分からないけど、仕入れるまでに時間がかかると思うよ」


「まあ、そうなのね……」


 これで諦めてくれるだろうと思ったが、しかし母様は笑顔で僕のコタツを指差した。


「メルちゃんは、こんなに素晴らしいものを自分の部屋で独り占めするなんて、意地悪はしないわよね?」


(えええええ!)


「どうかしら?新しい加熱石が届くまでの間だけ、談話室にお試しでこれを置くというのは?」


 母様は、にっこりと微笑んだ。

 

「そ、そんなあ!これ、僕がさっき作ったばかりなのに!」


 こうして僕が自作したコタツ第一号は完成からわずか数時間で、母様の鶴の一声により談話室に召し上げられることが決定してしまった。

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