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黒き翼と、つなげる命(みらい)  作者: 和泉ユウキ
Episode3 理想の狭間
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第25話 月明かりに、消ゆ


「リヴェル……」

「――――――――っ!」


 黒い足音が、高らかに目の前で上がった。

 その瞬間。



 がたっと。リヴェルは、勢い良く椅子ごと身を引いた。



 そのまま、ずるりと後退あとずさる。足が震える様に床を引きずって、体が小刻みに震え出した。

 目の前の手が、己に向かって魔法を放つ様に伸びてくる。

 嫌だ。やめろ。

 そんなことをされたら、自分は。



 さっきの彼らみたいに、爆発――。



「……っ! い、っ」



 嫌だ。恐い。



 べちゃっと、まとわり付く血が。無残に散らばる肉片が。自分の手に、頬にこびり付いて離れない。

 もし、あの手が魔法を放ったら。

 自分も。


「……っ、ひ、あ……っ!」



 あんな、風に。



「リヴェルよ! しっかりしたまえ!」

「――――――――」


 突然、背中を叩かれた。ばしん、とかなり強い衝撃に、はっと目を見開いてしまう。

 だが、おかげで目が覚めた。我に返り、はっと肩で息をする。


「は、あ、……っ、――――――――」


 意識を取り戻した瞬間、どっと肩の力が抜ける。崩れ落ちそうになるのを寸ででこらえ、リヴェルはもう一度息を吐き出した。

 そして、何とか不規則にも呼吸が出来る様になってから、呆然と目の前を見上げ。



 ――血の気が引いた。



「……、あ」



 見上げて、リヴェルは表情が音を立てて崩れていくのを感じた。

 視線の行く先。

 目の前の彼女が、こちらに手を伸ばしたまま、固まっていた。


「ステ、ラ」


 呆けながら、名を紡ぐ。

 だが、彼女は答えない。中途半端に伸ばした手は、こちらに届くことは無かった。硬直したまま、距離が離れたまま、ゆっくりと下がっていく。



 ――自分は、今。取り返しの付かないことをした。



 思い至っても、既に遅い。

 彼女は、伸ばした方の手を、きゅっと軽く握った。

 悲しそうに、苦しそうに、――泣きそうに。手だけが、小さく震えていた。



「……ごめんなさい」

「――――――――」



 吐息の様な囁きで、彼女は自分の耳に熱を残す。

 そうして、すぐさまきびすを返した。早足で扉の方へと歩き出す。


「っ、ステラ!」


 呼び止めたが、それで止まるはずもない。彼女は一瞬も止まらないまま、振り返らないまま、乱雑に扉を開けて出て行ってしまった。ばたん、と閉じられた音がやけに大きく、彼女の心から締め出された様な錯覚におちいる。


「待ってくれ、ステラ!」

「リヴェル、待つのだよ!」


 追いかけようとしたリヴェルを、エルスターが力強く左肩を掴んで止めてくる。

 遮ろうとする彼が邪魔で、リヴェルはたまらず手を振り払った。


「離せ! ステラに追い付けなくなるだろ!」

「お前さん、彼女が恐いんじゃないのかね! さっきまで人が死んで発狂していただろうに! 魔法が! ……っ、魔法使いが! 恐くなったんじゃないのかね!」

「っ」


 痛いところを突かれて、リヴェルは一瞬押し黙ってしまった。

 そうだ。恐い。



 魔法が、恐い。



 恐いに決まっている。

 あんな風に、目の前で。

 人が、真っ赤に、無残に、破裂した。

 まとわり付く生温い感触が、指から全然離れてくれない。布きれの混じった、むごたらしい肉片がばら撒かれる光景が、瞼の裏に焼き付いて恐ろしい。

 そうだ。当たり前だ。



「……、目の前で、人が爆発したんだっ。恐いに、決まってるだろっ!」



 人が死んで、平静でいられる奴がいるなら見てみたい。

 いや、むしろ見たくない。そんな人物とは一秒だって一緒にいたくないし、言葉も交わしたくない。

 しかも、刺されたとか、殴られたとか、一般人が取る方法の殺され方ではない。


 魔法だった。


 体外からではなく、体内から直接、魔法で爆破させられた。

 そんな残酷な魔法に、怯えない人間がいるか。怯えるなという方が無茶な注文だ。

 恐い。ひどく。

 何度も襲われた。狂った様に、命を脅かされた。

 出来ればもう二度とお目にかかりたくない。魔法なんて。恐くて堪らない。

 そうだ。恐い。嫌だ。見たくない。――見たく、ない。

 ――だけど。



〝リヴェル……〟



 だけど。



〝……ごめんなさい〟



 ――俺は、彼女に。あんな顔を、させたかったわけではない。



「魔法も、恐い。魔法を使うステラも。いくら、使う人によって違うって頭で分かってたって、恐いさ。……君の言う通り、今は彼女に触れることだって、恐い」

「……っ、だったら」

「けどなっ」


〝リヴェル〟


 彼女に呼ばれるたびに、時に優しく、時に激しく、熱に浮かされる。

 腹が立つし、意味が通じないし、馬鹿にされるし、恐いし、苦しいし、嫌なことだらけでもあった。

 だけど。

 それでも。



〝リヴェルが泣きそうな顔をしていると、胸の辺りが、変になる〟



 自分は。

 真っ直ぐすぎるほど純粋に、優しい気持ちを向けられる彼女に。

 凛と己の音を鳴り響かせ、常に颯爽と道を歩く彼女の姿に、どうしようもなく心を奪われた。

 そんな彼女の、隣にいたいと願った。

 最初は、ただ彼女を知りたいと思っただけだ。

 それが、いつから。



〝リヴェル、気持ち良い?〟



 こんなに、もっと彼女が欲しいと願う様になってしまったのだろう。



 離れていくことが、こんなにさみしいと思う様になってしまったのだろう。

 苦しい。痛い。死ぬことよりも、ずっと、辛い。

 嫌だ。――嫌だ。

 行かないで。

 お願い。頼むから。

 謝るから。傷付けたこと。

 だから、頼む。



「……俺はっ。俺はっ! 彼女に置いていかれる方が! ずっと、ずっとっ、……恐い……っ!」

「――――――――」



 頼むよ。



 ――置いて、行かないで。



 あふれる願いは、自分勝手に過ぎて幻滅しそうだ。

 それでもほとばしる思いは、己の身勝手さに拍車をかける。



「……リヴェルっ!」



 背中から追いかける声には振り返らず、リヴェルは扉を叩き開けて追いかける。

 途端、むわっと長年降り積もったほこりが宙を舞った。せながらも、彼女の行く先を追いかける。

 姿が見えない。彼女が見えない。

 それでも、必死に、ただただ彼女を追い求めた。


「ステラ! ステラ、どこだ!」


 走って、走って、どれだけ走っただろうか。

 いつの間にか外に出れば、月が煌々《こうこう》と空高く舞い上がっていた。世界を密やかに照らしながらも、隠したいものの影を色濃くしていくその光に、苛立ちが積りに積もっていく。


「待ってくれ、ステラ。なあ、ステラ! どこだ! なあっ!」


 探しても、叫んでも、返事は無い。ただ、眠る様に横たわる静寂だけがリヴェルを迎えて無視をした。

 どこにもいない。誰もいない。虫の声どころか、風の音さえ聞こえないなんて、彼女が隠したとしか思えない。


「なあ、ステラ……っ。待ってくれ。なあっ」


 声が聞きたい。話がしたい。

 言葉がなくとも、そばにいたい。寄り添っていたい。

 傍にいて欲しい。温もりが欲しい。頭を撫でて欲しい。

 それが、叶わぬのなら。



 一目、だけでも。



〝……、おかあ、さん〟



「――――――――」



 遠くに響く己の声と共に、かつての更地が眼前に広がる。

 だだっ広い空き地だけが、無情に静かに沈殿しており、求める姿など何一つ探し当てられなかった。

 そうだ。あの時と同じ。



 全て、掻き消えた。



 あれだけくっきりと幸せは咲き乱れていたのに、何故、今は荒地になってしまったのか。


「……リヴェ、ルっ! 足が、速すぎる、のだ、よっ」


 追いかけてきた息切れに、けれど答えを打ち返せない。

 ぽっかりと、無人の空間だけが目の前にくり抜かれている。そこには、探し人の残り香すら嗅ぎ当てられなかった。


 ――ああ、またか。


 夜よりも濃い真っ暗な景色を見つめながら、思う。

 金魚が死に。

 父が死に。

 母が消え。



 そして、今度は。



「……君も、消えるのか」



 ぼろっと、涙が零れる様に声が落ちる。

 追いかけた先には、何も無い。リヴェルの願いなどはなから届かないのだと、真っ黒な空白がせせら笑った。


〝あんたの父は、死んだよ〟


 父の時と、同じ様に。


「俺が、悪い子だからか」


〝命を粗末にする子、愛する価値もないわ〟


 母が置き去りにし、姿を消した様に。

 消えていくのか。跡形もなく、何も、残してはいかないまま。


「だから、みんな消えるのか。俺だけを、残して」


 みんな、みんな、置いていく。

 好きな人は、みんな自分を捨てていく。

 金魚も、父も、母も。

 そして。



 今度は、彼女も。



「……エルスター、も」



 マリアも、クラリスも。今、友と呼べる人達も。

 いつか。

 いつかは。



「君も、……君たちも。いつか、俺を、置いていくのか」

「――――――――」



 自分を置いて、消えるのか。

 心を許した人達は、結局。


〝よろしく、ステラ〟

〝うん。――よろしく〟


 かつて交わした友情の証が、虚しく響く。

 そんな風に、心を交わしても。

 最後は、結局、みんな捨てていくのだ。

 自分を蔑んで、未練もなく、みんな、自分を捨てていく。



「……、だったらっ!」



 最初から、言葉など交わさなければ良かった。



 傍にいなければ、顔を合わせなければ、触れ合わなければ、心を許すことなどありはしなかったのに。

 それなのに。



〝何となく、こうしたかった〟



 ――それなのに。



 何て酷い奴らだろう。

 こんなに心を奪ってから、みんな、置いていくのか。捨てていくのか。

 また、自分は一人になるのか。

 小さな幸せを壊され、周りは敵だらけで、誰もが背を向ける中へと残していく。

 そんな世界に。自分は、また。


「……っ、なあ」


 あの、光さえ一片も見えない暗闇に、逆戻りするのか。

 そんなのは。


「頼むよ、なあ」



 ――嫌だ。



 膝を付いて、うずくまる。地面のじゃりっとした痛みが、まるでリヴェルを嘲笑う様な答えの代わりな気がして、息が出来なくなりそうだ。

 届かないと分かっていながら、暗い底で、さもしく願う。

 お願いだから。頼むから。



 ――どうか、俺を。



「……、もう」



 一人に、しないでくれ。



 悲痛な祈りは、しかし月明かりに無慈悲に照らされたまま。

 静かに、虚しく、霧散した。



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