第19話 アルケー救出
たった1機の機神が栄えた街の建物を次々と破壊して行く。
カラミティは生きている者がいればとりあえず攻撃した。逃げる者は収束砲の速射で、家に隠れて居るのならアームクローで家を崩し生き埋めにした。
それはまるで子供が積み木を崩すように、蟻の巣を水没させるように、カエルの腹を裂くように、悪意もないただの優越と愉悦から来る破壊行動だ。
「ククク、どうだアルケー。そこは特等席だろ?」
わざと彼女の気を逆撫でる質問をする。
だが当のアルケーは逆上する事なく東の空を眺めている。
(空が白んで来た。あともう少し)
こんな状況でも彼女は冷静だった。いや冷めたと言った方が良いかもしれない。
いくつもの生命の死がアルケーの激情を冷まし「必ずカラミティを倒す」と言う一点のみに集中させたのだ。
彼女には勝算がある。
「あーはいはい。アンタの力は十分に分かったから、そろそろやめなさいよ。こんな弱い者いじめをしててもつまんないでしょ?」
それを悟られないように且つこれ以上の死者を出さない為にも、カラミティにとって面白みのない反応で、この殺戮を白けさせようとした。
「何を言う。これからが面白いところだぞ」
だが興が乗った彼を止める事は出来ない。
カラミティは破壊行為を続けながらヴァナリウスを城門に向かわせる。そこには大勢のオーガ達が集まっていた。
彼等は破壊される街から逃げ出そうとしたのだが、族長のアラッシュが死んだ事で街を厳戒態勢にしていたのが仇となった。外敵の来襲に備えて城門を全て閉じていたのだ。
だから逃げて来たオーガ達は閉ざされた城門に追い詰められてもう逃げる場所がない。
そんな彼等に向けてカラミティはヴァナリウスを固定させ収束砲のチャージに入る。
アルケーは何とかしようと身を捩り脱出を試みるが、自身を拘束するコードは全く解けない。
収束砲が一層輝いた時、放たれた一本の矢がヴァナリウスの機体を揺らした。
「朝比奈三郎義秀!! 魔王が首、頂きに参った!!」
武者の大音声が轟く。
「三郎! 生きてたの!?」
「おうよ! あんなの屁でもねえ! 今度こそカラミチの首取ってやるから待ってろ!」
三郎はバイコーンを駆り、弓を携えて一直線にカラミティへと突っ込む。
「低次の生命ごときがアルケーにモーションを掛けるな!!」
激昂したカラミティは標的を三郎に変える。
対して三郎は馬上より矢を放った。
その矢に分厚く頑丈な装甲を持つ筈のヴァナリウスが弾かれる様に仰け反る。
「ただの矢で!?」
神が纏う外殻であるヴァナリウスは地球で言えば戦車のような物。それを魔力を乗せていない純粋な力だけで押し勝つなど人間の域では無い。
「それがどうした! そんな物ではヴァナリウスの装甲は貫けん! くらえ!」
収束砲の速射が三郎を襲う。
だがカラミティが周りの建物を破壊した事で、辺りは那古の機動力が活かせる地形になっていた。
那古は瓦礫だらけの足場を飛び跳ねる様に、または瓦礫ごと地面を蹴って疾駆する。
普通の馬ではこんな走りは出来ない。豪脚のバイコーンだからこそ出来る走りだ。
収束砲の魔弾は瓦礫を吹き飛ばすだけで三郎達には全く当たらない。
そんな下手くそなカラミティにマウントを取るかの如く、三郎はヴァナリウスの胴や細い脚部や腕部にまで矢を命中させた。
「おのれこうなったら直接叩き潰してくれる!」
アームクローを振り上げヴァナリウスが迫る。
三郎は余裕の笑みを浮かべると馬首を返して家の間道に入って行く。
それを逃がすまいとカラミティは家を破壊しながら彼を猛追した。
細い道を那古を駆る三郎はすいすいと通りカラミティはヴァナリウスの機体をぶつけながら追う。
その先ではゲンベ達オーガがあの砲身金砕棒を家と家の1階窓の間に渡して待ち構えていた。
「来た!」
合図と共に干し草に火を着けて煙幕を張る。これはヴァナリウスの足元に来るようにセットした金砕棒を隠すためだ。
三郎は那古を跳躍させて金砕棒を飛び越える。
それ追って猛追して来たヴァナリウスは煙幕で隠された金砕棒に、見事に脚を引っ掛けその体勢を大きく崩した。
つまりこの瞬間、ヴァナリウスは動きを止め無防備となったのだ。
「女神アルケミスよ。我に勝利と栄光を与え給え」
ある騎士が祈りを捧げる。
決意に満ちた目と力強く握った剣と共に建物の窓から機神に飛び飛び掛かった。
剣に宿すは魔力だけではない。
仲間達の無念、人々を守らねばという使命、そして己の覚悟。
それらを乗せてシャルディは全身全霊の一閃を魔王に繰り出す。
「仲間達の仇だ!! 気高き我が剣!!」
煌めく一刀はヴァナリウスのコードを切り裂きアルケーを解放する。
それと同時に全魔力を乗せた過剰負荷により剣は光りを放ちながら砕け散った。
だがそれで良い。元よりこの一撃に賭けるしかなかったのだから。
「借りは返したぞ」
助け出したアルケーに向かってシャルディは村での事を言う。
全身全霊の一撃を与えたがそれでもヴァナリウスはまだ健在だ。
もう戦える力は尽きたというのに、シャルディは実に悔いのない晴れた顔をしていた。




