第10話 水の中からこんにちは
闇夜を照らす月光の下でだらしない溜息が一つ漏れた。
モンティアルシュタットの船着き場に、赤い髪と角を持ったオーガ族の青年が1人腰を下ろして項垂れている。
彼の名前はゲンベ。
この船着き場の警備を任されている者だが、その様子はどうにもやる気を感じさせない。
「はぁ。一体何の為にこんな事をしてるんだ……」
ゲンベは心底遣る瀬ない思いを吐露した。
その理由は昼間に魔王がやった自分達ヘの虐殺だ。あの虐殺で族長のアラッシュと戦力の3分の1が失われ、彼の兄もまた魔王の蛮行により命を落としたのだ。
数多くの部族をまとめ上げた敬愛する族長と大切な兄、仲間の死が重なり、何の為にこうやって街を守っているのか分からなくなっていた。
何なら今のこの状況はあの魔王を守っているのではないかと思ってしまい一層やる気が削がれる。
「クソッ、クソォ……。こんなのやってられるか。何で皆を殺した奴にへいこらしないといけないんだよ?」
しかしだからと言ってカラミティには逆らえない。あんな圧倒的な力を持つ相手に敵う筈がない。
昨日と変わらない川の流れを見ていると、変わってしまった自分達の状況と比較してしまい涙が溢れて来る。
その時、ゴンッと何かが当たる音がした。
何かと思い川を見ると大きな流木が岸壁に引っ掛かっている。
「おい、何かにぶつかったぞ。しっかり前を向いて泳げ」
「うるせえなぁ。とりあえず着いたんだから良いだろ?」
その流木の中で、三郎とシャルディは小声で喧嘩を始める。
三郎が街への侵入に思い付いた方法とは、木の内側をくり抜き、それを被って流木と見せかけて川を渡ろうと言うものだった。
結果、彼の泳ぎもあり無事、川を渡り切る事が出来たのだが、勢い余って船着き場の岸壁に激突してしまったのだ。
「何処かに上がれる所はないか?」
「向こうに階段があるぞ」
そう言って三郎は進路を変更する。
「おいバカ! 流れに逆らうな! バレるだろうが!」
「大丈夫だって。誰も気付かねえよ」
何を根拠にと聞きたくなるが、三郎に根拠はない。
川から上がれそうな所を見つけたから、とりあえず適当な事を言っているだけなのだ。
そんな怪しい動きをする流木をゲンベは見逃さなかった。
「マズい。見張りが来やがった」
「だから言ったんだ。何とかしろ」
「おいおい、ここは2人で一緒に倒そうぜ」
「貴様の不始末だろ。自分の尻拭いくらい自分でしろ」
水中で三郎を蹴りつつ、シャルディはさっさと行けと急かす。
無論、これに何も思わない三郎ではない。
「あぁそう、分かった。行って来らぁ」
そう言って三郎が水に潜った時だった。
ブウゥー!
水中からのくぐもった音の後に2、3個の気泡が浮かんで来て破れた。その瞬間鼻の奥がひっくり返る様な酷臭ガスが充満する
「がっ!?」
やりやがったとシャルディは息も吸わず、と言うか吸えず慌てて水に潜る。
その慌て様は不自然な波紋となってゲンベからも見えた。
「この木、何か変だ!」
そう思い槍で突こうとした時、水の中から飛び出た何かの突きを胸に食らった。
「だりゃあぁぁ!!」
川から飛び出た三郎は手に持つ金砕棒を振り回し、もう一打追撃を加える。そして地面に倒れたゲンベにのしかかると短刀を首元に突き付けた。
「騒ぐな。死にたくなかったらな」
月光に照らされ光る白刃にゲンベは身体を強張らせ抵抗を止める。
その後ろからげっそりした顔のシャルディが川から上がって来て、オエっとえずいた。
「き、貴様には恥と言うものが無いのか!?」
「うっせぇ。屁くらいで文句言うな」
2人はゲンベを物陰に連行し尋問する。
聞くべき事はカラミティの居場所とそこに行くための安全な経路。もし喋らなかったら喋るまでこのオーガの指を折ってやるつもりだ。
「魔王カラミチの居場所はどこだ?」
「ま、魔王なら町の中心にある屋敷に居るよ!」
その即答に2人は顔を見合わせた。
「……意外とあっさり吐いたな」
「てめぇ、デタラメ言ってんじゃねえぞ!」
「本当だよ! 何で正直に言ったのに信じてくれないんだ!?」
「魔王はお前等の大将だろうが! その居場所をこんなあっさり喋るなんて怪し過ぎるんだよ!」
「あいつはオレ達の族長と仲間を何の理由も無く殺したんだ! 魔王だか何だか知らないけど、あんな奴どうなっても知らないよ!」
ゲンベは泣きながら必死に訴える。
その様子に2人はまた顔を見合わせた。どうにも彼が嘘を言っているようには見えないからだ。
「魔王がお前の仲間を殺したとはどう言う事だ? お前達は魔王軍じゃないのか?」
「そんなのこっちが聞きたいよ! 急にこの街にやって来て1人で出撃したかと思えば、すぐ帰って来ていきなりオレ達を攻撃して来たんだ! とにかくアイツ訳わかんないんだよ! 狂ってる! もしアンタ等があれを倒すってなら邪魔しないから命は助けて!」
あまりにも酷い言い方にさすがの三郎とシャルディも唖然として困ってしまう。味方の兵士にここまで言われる魔王とは一体どれだけ酷い奴なのか。
しかし逆に考えればこれは好機かも知れない。
「お前さんみたいに魔王を嫌ってる奴は居るのか?」
正直、街に侵入してからどうやって下っ端共を突破しようか悩んでいた所だ。
だがこの様子ならもしかしたら無駄な戦闘を回避出来るかもしれない。
「ああいっぱい居る! 今この街は魔王を恨んでいる奴等でいっぱいさ! 何ならそいつ等のところへ案内しようか? きっと旦那方の力になってくれると思うぜ!」
ゲンベはここぞとばかり、媚を売って助かろうとする。
そういう魂胆が見え見えだったが、三郎はフレンドリーににんまりと笑った。
「そうか。じゃあ頼む」
「おい勝手に決めるな」
敵の言葉を容易に信じてしまう三郎に、シャルディは鋭い視線を向ける。
ここは敵地であるのだからもっと慎重になるべきなのだと。
「良いじゃねえか。敵の敵は味方ってな」
「……まさか、こいつ等を寝返らせる気か?」
「さあな〜」
三郎は肯定と取れる笑みで返す。
確かにたった2人で挑むより味方が多い方が良いに決まっているが、ずっと敵対していたオーガ族が簡単にこちら側に味方してくれるだろうか?
「ささ、旦那方こちらです~」
完全に助かったと思っているゲンベは腰を低くして案内する。
その後ろから三郎は堂々と、シャルディは周囲を警戒しながら付いて行った。




