第9話 侵入方法
数時間後、2人はモンティアルシュタット近郊に到着した。
だが敵の拠点となっている場所にいきなり突っ込む訳にはいかない。まずは様子を見ようと森に潜伏し街を観察する事にした。
「何だあの石の壁は? 唐の国の長城か?」
街の外観を見た三郎は口をあんぐり開けて絶句する。
ぐるりと街を丸ごと囲む城壁は、音に聞いた万里の長城を彷彿させた。実際の規模は比べるまでもないが、それでも三郎が驚くのに十分な規模を誇っている。あんな立派な石壁は鎌倉にも京の都にも無い。
「何をそんなに驚く? あんなの少し大きな都市なら普通だろ?」
「はぁ? あれが普通? なん……かぁ~」
何気無く言われた言葉に驚きと感嘆が混じった溜息を吐く。
あれが普通なら自分の居た国なんて足元にも及ばない。
あんな巨大な建造物を石で築くなんてどれほどの権力と費用が必要だろう。権勢を誇った上皇様や鎌倉殿だってあんなのは作らなかった。
「で、あれどっから入るんだ?」
「それを今考えてるんだ」
ここまで来たは言いが、この先がどん詰まりだった。
そびえる城壁は高くそこら辺の梯子では届かない。それに魔王軍の拠点と言うことは見張りの兵が当然いるだろう。よく見れば城壁の上を人らしき影がちらほら見える。
見張りに見付からずあの壁を越えるなんて、どう考えても不可能だ。
「壁が無い場所は無いのか?」
三郎の問い掛けにシャルディは街の簡単な絵を地面に描いた。
モンティアルシュタットは彼が知る京の都とは違い丸い形をした街だ。城門は南北と西に3つ。東側には川が流れており、それが城壁代わりとなっていた。
シャルディはその川の方を指して言った。
「川に面した街の船着き場には城壁は無い」
「よし、じゃあ泳いで渡ろうぜ」
泳ぎが得意な三郎は軽く言ってのける。実際、彼は鎧を着ていても難なく泳げるくらいには泳ぎの達人だった。
「待て待て、簡単に言うな。城壁が無いとは言え、当然見張りは居るだろう。泳いでいる間に見付かったら終わりだぞ」
「なら闇夜に紛れて渡るのはどうだ?」
「街を支配するのは夜目の利くオーガ族だ。しかも今日は満月。奴等にとっては昼とそう変わらないだろう」
「オーガ? それはどんなモンスターだ?」
「は?」
シャルディは信じられないと言った顔で驚愕した。
「オーガだぞ? 知らないのか?」
「知らん。聞いたことねえ」
鎌倉時代の日本から来た三郎がオーガなんて存在を知る筈がない。
だからそれが何なのか、普通に聞いただけなのだが、この世界の住人であるシャルディからすると馬鹿馬鹿しいくらい物知らずな質問だった。
物知らずここに極まれりというような呆れ顔が三郎へ向けられた。
「オーガはモンスターじゃない。亜人だ。髪が赤く頭に――」
「悪いもう一つ。亜人って何だ?」
説明を遮ってのさらなる質問にいよいよシャルディは絶句する。
何と言うかこの男は話せば話すほど質問してくる面倒くさい子供のようだ。いや、こんな事は子供でも知っている。
そんな常識をこんなおっさんに説明しなければならないと思うと馬鹿馬鹿しくなった。
「亜人は人間と意思疎通が出来る人間以外の生き物の事だ。分かるか? 分かるな? じゃあオーガの説明に戻るぞ。オーガは赤い髪と頭に角を持った亜人だ。気性が荒く、敵と見做した者は容赦無く殺す残忍な亜人だ。理解出来たか?」
「ああ、何となく鬼みたいな奴等だとは分かったよ」
本当に分かっているのかシャルディは怪しむが、今はこんな事をしている場合ではないと切り替えて街に目を向けた。
相変わらず城壁の上には、ここからでも目立つ赤い頭の見張りがぽつぽつと見える。
「さて、どうやって忍び込むか……」
その横で三郎も真剣な顔で街への侵入方法を考える。
城壁が無いのであればやはり、川から侵入したい所だが見張りに見付かる。だが逆を言えばそれさえクリアすれば問題は無くなるのだ。
そうだと思い三郎は辺りを見回すと腐って倒れた木を見つけた。
「ははん。良い事思い付いた!」
まるで全ての心配事が失くなった様な笑みを浮かべて、三郎は自信満々に言った。




