第8話 生き残った武士と騎士
カラミティを追っていた三郎は麓にある川で休んでいた。
いくら急いでいるとは言え、休憩も無しに那古を走らせる訳にも行かない。それでもさすがバイコーンと言ったところで、普通の馬なんて目じゃない速さで山を越えてしまった。
そんな那古は川岸の草をもしゃもしゃと食べている。人を食らうと聞いていたが、別に肉食という訳ではないらしい。
三郎は川の水で顔に着いた汗と砂塵を洗い落とす。ついでに鼻も噛んで砂の混じった鼻水も全て出し切ったところであるものを見つけた。
「あん? ありゃあ……」
川の岩場にマント付きの鎧騎士が引っ掛かっている。
三郎はそのどこか見覚えのある騎士を川から引き上げて見ると、案の定、見知った顔だった。
「やっぱりシャルニーか」
シャルディだ。
あの攻撃で吹っ飛ばされて川に落ちたのだろうが、何にせよまだ息がある。中々に運の良い男だ。
三郎は彼を担いで岸まで運ぶと身体を揺さぶって起こそうとするが、シャルディは「う~んう~ん」と唸るばかり。
「あぁ? やいやいこの野郎。とっとと起きろよ、なぁっ!」
痺れを切らして「なぁっ! なぁっ!」と彼の顔を思いっ切り往復ビンタしてやる。
気の毒だが今この坂東武者を止めるツッコミ担当は居ない。シャルディは頬をホオヅキの様に赤く腫れ上がらせ、そのあまりにも強烈な痛みに堪らず飛び起きた。
「おぉ、やっと目が覚めたか」
「喧しい! 何だ!? 何が起こっ……て……」
飛び起きたのも束の間、あの戦いを思い出してシャルディは震えながら崩れ落ちた。
「あぁぁぁぁーー!! そうだ!! そうだそうだそうだ!! このバカ野郎!! バカヤロー!!」
狂ったように自分の身体を地面に打ちつける。
「……大丈夫か?」
「大丈夫なものか! 僕の所為で皆が……! フレデリク、キース、マルタ、アルフレド、うぅぅ……!」
自分の不甲斐なさが憎くて憎くて堪らない。
カラミティの攻撃で彼の仲間達は皆、光の中に消えた。自分はたまたま三郎の近くに居たから那古の防御魔法で助かったのだ。
自分1人だけが生き残ってしまうなら、いっそ皆と一緒に死ねた方がどんなに楽だった事か。その罪悪感の濁流が彼を襲った。
「悔やんでも仕方ねえぞ。戦に負けたら次は勝てば良い。それが死んだ奴らへの弔いよ」
「……そう言えば、君の仲間はどうなった?」
「笑亜は死んだ。アルケーもたぶんな」
「仲間が死んだのに随分そっけないじゃないか」
「武人なら戦場で死ぬは当然だ。あいつもその覚悟はあっただろうぜ」
「そう言うものか?」
「そうとも」
自身も武人であるシャルディもそれくらいの事は分からなくもない。
だがそうだとしても実際に仲間を失った悲しみや悔しさでどうにかなりそうなのに、そう言った感情を全く見せない三郎に武人としての格の違いを感じた。
(この男。今までどんな人生を送って来たんだ?)
王国では聖女の結界のおかげで30年近く大きな魔王軍侵攻を受けていない。
少なくとも自分を鍛えてくれた先輩騎士達ですらここまで覚悟が決まっていた人は居なかった。
正直、武人としてこれ程までに無駄のない思考は羨ましくもあり憧れの念を抱く。だがそれと同時に――、
(恐ろしい男だ)
あまりにも人間とは思えない思考に恐怖を覚えた。
三郎は息を呑むシャルディにぐいっと詰め寄り恐ろしい笑みを浮かべた。
「そこでだ。俺はこれからあいつらの仇を討ちに行く。お前さんもどうだ?」
「何故そうなる!? いやそれより、アレに勝てると思っているのか!?」
「何だ? お前さんは仲間殺されたのに逃げ帰るってのか!?」
シャルディの消極的な態度に三郎は顔を険しくさせて睨みつける。
だが普通に考えればシャルディの方が正論だ。あんな未知の武装を纏っている敵にたった2人で勝てる訳がない。それが魔王なら尚更だ。
「そうじゃない! 僕はただ、無茶だと言ってるんだ!」
「戦に無茶は付きもの! 無茶の1つも出来ねえで戦に勝てるか! そんなんじゃ死んだ奴等に顔向け出来ねえだろ!」
だが死んだ騎士達の事を言われるとシャルディの心は大きく揺さぶられた。
自分の指揮で皆を死なせ、自分だけが生き残った罪悪感がまた込み上げてくる。こうなったからには自分も死ななければならない。でなければ皆に申し訳が立たないと。
その葛藤にシャルディは言葉を失い、身体を震わせて視線を地面に落とす。
すると三郎はこれ以上掛ける言葉はないと思い立ち上がった。
「お前さんが行かねえってんならそれでいい。だが俺はぁ、死んだ笑亜やアルケーの為にも行かなきゃなんねえのよ」
そう言うと那古を連れてその場を立ち去る。
「待て!」
しかしここでシャルディは覚悟を決めた。
「本来なら魔王襲来を王都に報告すべきなんだろうが、僕個人としては……皆の仇を討ちたい!」
相変わらず何とも歯切れの悪い言葉だ。
だがその決意を聞いた三郎はにかりと笑うと彼の肩を叩いた。
「死ぬ気で行こうぜ」
これよりは決死の道だ。
武士と騎士、日本と異世界、そんなもの関係ない。命も立場も捨てて魔王カラミティの首を取るのみ。
シャルディも覚悟の決まった目で返すと三郎の前に手を差し出した。
「何?」
「握手だ。知らないのか?」
「知らん。どうすりゃ良いんだ?」
「簡単に言えば友好の証だ。手を握れ」
そう言われてなるほどなと手を握る。
きっとお互いの力を示して認め合おうと言うものなのだろうと思いシャルディの手を力強く握り返してやった。
「強い強いイタタタタッ!! バカかッ!?」
あまりの剛力にシャルディは慌ててその手を振り払う。
「何か違った?」
「普通に握れバカめ!」
ともあれここに、たった2人の仇討ちコンビが誕生した。




