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第6話 坂東武者は止まらない

 燃え上がる街並み、墨のような雨と血なまぐさい風の中、朝比奈三郎は襲い来る武者共と戦っていた。

 昼前から始まった戦ももう夕暮れ時。戦況は圧倒的にこちらが不利。

 それでも三郎は果敢に暴れ周り、馬を失い、矢も尽きてなお、壊した家の柱を金砕棒代わりにぶん回し敵を蹴散らす。


「我こそは!! 朝比奈三郎義秀なり!! 北条方にこの首取れる奴はいねえのか!!」


 すると軍勢の中から一騎の武者が弓を引き絞って躍り出た。


「ここにおるぞぉ!! 我こそは鎮西(ちんぜい)の住人、小物資政(こもの の すけまさ)なり!!」


 そう言い放ち武者は矢を射る。

 三郎は手に持つ柱で矢を受けるとすぐさま振り被り、突っ込んで来た小物を馬ごと叩き潰した。


「これで6人目!」


 三郎は既に昨日の戦いで、5人の御家人を討ち取り、北条方の三大将の内2人を撃退してその武勇を轟かせている。

 しかし敵も一騎当千の(つわもの)達だ。我こそがこの鬼神を討ち取って手柄とせんと命を惜しまず攻め掛かって来た。


「ははぁッ! 上等だ! ここって来い!!」


 三郎もまた有り余る気力を爆発させてこれを迎え撃つ。

 だがその時、敵群の中から1つの首級が掲げられた。それを見て三郎の目がまん丸と開かれる。


「四郎……?」


 薙刀の先に掲げられたのは弟である四郎義直の首。

 三郎はすぐに怒気を孕ませ敵を蹴散らす。


(可愛い弟の首を渡して堪るか! すぐに取り戻してやる!)


 だが雑兵(ぞうひょう)であっても相手は勇猛果敢な(つわもの)共だ。敵の将を討ち取った事で勢い付いたのかこれまで以上に果敢に攻め立て、その濁流に三郎は次第に押され始める。

 しかしそこに黒糸縅(くろいとおどし)の鎧を纏った老将が一騎、雲海の如き敵に突っ込んで来た。


「親父殿!」


 乱れた白髭を蓄え仁王像の様な面相をした彼の父、和田義盛(わだ の よしもり)は並み居る敵を次々と射殺して行く。寄って来た雑兵には弓を叩きつけて頭を打ち砕き、さらに太刀を抜いて首を刎ねた。

 侍所別当さぶらいどころべっとうの肩書きはハッタリではない。荒くれ者の坂東武者を束ねてその別当(ちょうてん)に立つのが和田義盛という坂東武者だ。

 その戦いに目を奪われる三郎の横をまた騎馬武者が駆けて行く。


「二郎兄! 五郎! 六郎!」


 父を追うように二郎義氏(よしうじ)、五郎義重(よししげ)、六郎義信(よしのぶ)らが敵に突っ込んだ。


「待ってくれ親父殿!! 俺も加勢するぞ!!」


 三郎は自分も続かねばと周りに群がる雑兵共を蹴散らすが、どういう訳か敵は減らず、父と兄弟達はどんどん敵に呑まれて行く。


「テメェら、邪魔だぁ!!」


 力いっぱい金砕棒をぶん回すと、それまでたくさん居た敵が煙のように消えてしまった。

 代わりに現れたのは馬に乗った若武者。年齢は笑亜とそれほど変わらない。


「七郎。親父殿らは?」


 息を切らして弟の七郎秀盛(ひでもり)に問う。

 すると七郎は光を失った目から涙を流しながら答えた。


「お討ち死にあそばされました……。兄上、もはやこれまでに御座います」

「あぁ? まだ俺とお前がいるだろ」

「生き恥を晒したくはありません。武士として潔く死にます」


 そう言って太刀の切先を咥える。


「ッ!? バカ待て!!」


 兄に制止も聞かず、七郎は馬から飛び降りて太刀に我が身を貫かせて自害した。

 三郎は果てた弟に目を落とし身体を震わせる。


「これまでだぁ? いやまだだ……まだ終わっちゃいねぇ。俺は終わらん! 終わらんぞ!!」


 まだ戦える。まだやれる。

 ならばここで終わる事など出来ない。


 三郎は弟の弓と鏑矢を取ると天に向かって構える。


「こんな夢で俺が怖気づくと思ったか? 笑止!」


 引き絞った弦を離し鏑矢を天に放つ。すると雨雲が割れて眩い光が三郎を包んだ。


「いざ征くぞ! 次は勝つ!」


 次に目を開けた時、三郎の目の前には今まさに自分を食おうとする那古の牙があった。


「このバカ馬!!」


 噛み殺される寸前で角を掴み、横っ面に拳をお見舞いしてやる。

 その一発があまりにも効いたのか、那古はヨロヨロになって倒れた。


「馬に噛み殺されたとあっちゃ坂東武者の恥よ!」


 三郎は疲れた身体を起こして辺りを確認する。

 どうやら崖の途中に張り出した出っ張りらしい。


「鎌倉での戦の夢を見るたぁ最悪だ」


 混乱する寝起き頭を整理して今まで何があったかを思い出す。

 まず自分はカラミティと思われる敵の一撃で吹き飛ばされたはずだ。

 奴が放った魔法に騎士隊の防御魔法(ノーブル・イージス)は呆気なく吹き飛んだ。だがその瞬間、那古もまた防御魔法を展開して爆風と共に崖から落っこち、崖の途中のちょっとした平地に着地したのだ。

 おそらく那古は三郎を助けようと思ったわけではない。自分の生存本能に従って魔法を展開したら、たまたま乗っていた三郎も助かってしまっただけだ。


「上で誰かやり合ってるのか?」


 崖の上から重々しい衝撃音が響いて来る。

 運良く助かった騎士達が戦っているのか、或いはアルケーと笑亜か。

 いやきっとあの2人だ。アルケーの気配を感じ取れるカラミティが近くにいる女神を無視する筈がない。

 こうしちゃいられない。戦だ。

 すぐに崖を登ろうとするが那古は気絶してしまっている。仕方ないから前脚を肩に乗せて、担いで登ることにした。


「ヘヘ。越えちまったなぁ畠山殿を」


 三郎はこんな状況でも得意げに笑う。

 |畠山重忠《はたけやま の しげただ》――、『坂東武者の鑑』と評され、かの一ノ谷の合戦にて馬を背負って崖を下りたといわれる坂東武者だ。


 三郎は那古を背負って崖をよじ登って行く。

 こんな崖、元の世界では常日頃から狩りで通っていた道だ。なんて事はない。

 それより戦に遅参する事の方が重大だ。早く駆け付けねばと急いで登るが、途中、一際大きな音がしたかと思うと、急に上の方が静かになった。


「まさか終わっちまったか? クソッ」


 それからようやく崖を登り切った三郎はすっかり変わった風景に目を見開いた。

 緑が綺麗だった高原が山火事の後の様に荒れ果てている。まさか自分は戻り道を間違えたのかと思ったくらいだ。

 しかしあのバケモノが抉った足跡、騎士達の残骸を見ると、やはりここがさっきまで居た場所である事は明らかだった。

 その黒焦げの荒れ地の中に浮かぶ様な白い輝きを見つける。


「こいつはアルケーの……」


 それは女神が愛用するアーリーライフルだ。

 しかし彼女の姿は無い。

 周囲には激しい戦闘の跡が刻まれ、自分達を苦しめたガトリング砲が破壊されて放置されていた。


「お前さんがやったのか笑亜?」


 三郎は砕かれた地面に横たわる彼女に向かって話し掛ける。

 だが返事は返って来ない。

 地面ごと砕かれてしまった笑亜は大地に赤い花を咲かせて物言わぬ屍となっている。


「お見事」


 三郎は笑亜の瞼をそっと閉じその武功を讃えた。

 彼女の髪を短刀で切り取って紐で括り、手を合わせて冥福を祈る。

 そして立ち上がろうとした時、ふと思い出した様に彼女の胸元に手を入れた。

 以前彼女が見せた仲間達のドックタグ。それを取り出し、笑亜の分も含めて握り締める。


「バカ野郎が。結局、こん中に入っちまいやがった」


 あんなに堂々と自分に宣誓しといてなんてザマだ。

 戦であるのだから死ぬ時はどんなに戦況が優勢であっても死ぬ。武人としてそんな事は分かっている。だから別に彼女がこうなったのもすんなり割り切れた。しかし――、


「……仇は取ってやるからな」


 低く唸るように三郎は彼女の遺体に誓う。

 この時になってようやく三郎はあの夢の意味を察した。あれはまた1人になった自分を奮い立たせる為の啓示だったのだろう。


「はっ、いらぬ世話だ!」


 啓示など無くとも坂東武者は生きている限り、止まることはない。

 例え旗頭のアルケーや仲間の笑亜が居らずとも、彼女達が成そうとした打倒カラミティは坂東武者の意地にかけて自分が引き継ぐ。

 三郎は腰に下げた底無袋に遺品を仕舞い、不退転の決意と共に立ち上がった。

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ああ、時間かかるのか。
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