第16話 魔王が来る
魔王カラミティ――。
元は天界に居たアルケーと同じ神だ。
だが彼女が持つカラミティの印象はそれほど強敵と言うものではない。天界から追放した時も彼女は玉座に座ったまま、カラミティを追い落とした。当時のアルケーの力はそれだけ強大だったのだ。
だが今は違う。
アルケー自身が弱体化している事もあるが、この世界から奪ったマナによってカラミティは力を増している。
だから突如として感じた奴の強大な気配に、アルケーは熱波に当てられたが如く身体をふらつかせた。
(嫌らしい真似してくれるじゃない。わざわざ自分の存在を私に知らせて来るなんて)
きっと今頃、遥かに遠くで、腹の立つ顔でドヤっていることだろう。
かつて追放した雑魚に一瞬でも驚かされた事に、アルケーは身体を震わせる。もっともそれが怒りではなく、恐怖から来るものだと言うことに彼女は気付いていない。
「アルケー様! 大丈夫ですか!?」
心配する笑亜の声に、アルケーは平気なふりをして立ち上がる。
「問題無いわ。それより今言った通り、魔王カラミティがこっちに向かってる。すぐに倒しに行くわよ」
「おい、魔王が来るとはどう言う事だ?」
話を聞いていたシャルディが事情を問う。
「そのままの意味よ。北の方角から魔王の気配を感じたの」
「バカな。魔王は滅多に戦場に現れず、その姿すらはっきりした情報が無いんだぞ? そんな奴の気配がどうして分かるんだ?」
相変わらずシャルディは疑いの目をアルケーに向ける。
だからと言って正直に、「私は女神よ」なんて言えるわけがない。
「あいつとはちょっと因縁があるの」
適当な言い訳で誤魔化す。
当然それで納得する訳がなく、シャルディは一層視線を鋭くした。
「にわかに信じられないな」
「別に信じてもらえなくても良いわ。でも私達はこれから魔王を倒しに行く。その邪魔はしないでよ?」
今までの前科から釘を刺す。もしここで邪魔するようなら、迷う事なくアーリーライフルをぶっ放すつもりだ。
シャルディは少し黙って考えた後、口を開いた。
「信じられない話だが、あり得ない話ではないか」
意外な言葉が彼の口から出る。てっきり今まで通り、自分達を疑ってくるだろうと思っていた。
シャルディは着いて来いと、アルケー達をとある一室に案内する。そこにはこの地域一帯の地図が広げられていた。
部下に渡されたガウンを纏い、ようやく若干の威厳を取り戻せたシャルディはその地図を示す。
「ここから北と言う事は旧モンティアルシュタットがあるな。確かにあそこは魔王軍の前哨基地になっている。君の言う事が真実なら魔王はここからやって来るだろう」
地図上に目立つ印でモンティアルシュタッドが印されている。元々地図に無くて後から描き足されてるモンテドルフとは違い、かなり大きな街なのだろう。
「モンテドルフから50kmか……。確かにこの辺りから奴の気配がしたわ」
それを聞いたシャルディは地図上のモンテドルフにある駒をモンティアルシュタット近くまで進めた。
「威力偵察を行う。明日、我々はモンティアルシュタット周辺の魔王軍を攻撃し出方を探る。明朝出発だ。各自準備にかかれ!」
「はい!」
威勢の良い返事と共に騎士達が勇ましく退出して行く。まるでこの時を待っていたかのようだ。
「もしかして、私達に協力してくれるの?」
まさか騎士達が動いてくれるとは思ってなかった。アルケーは目を丸くして聞いた。
「勘違いしないでくれ。僕達は君の情報が本当か確かめに行くだけだ」
だがそう言うシャルディの目もまた勇ましく輝いているようだった。
「ははぁ、さてはお前さん達。せっかくデーモンウェッジとユラハンを倒しに来たのに、俺達に手柄を取られて退屈してたんだな?」
「さあどうだろうな」
三郎の問いに肯定とも取れる笑みを浮かべて受け流す。
こういうのは同じ武人である三郎の方が察しやすいのだろう。
何はともあれ騎士が協力してくれるのはありがたい。魔王カラミティの相手はともかく、周りのモンスターを相手してくれるだけでずっと楽になるからだ。
集会場を出たアルケーは、ようやくやって来た決戦の時に大きく意気込んだ。
「さあ、私達も明日に備えるわよ!」
「あい分かった! 褌乾かして来る!」
気合の入った声で、相変わらず股が気持ち悪いのか三郎は速歩きでさっさと行ってしまった。
「もうちょっと緊張感って物がないのかしら、あのおバカは?」
武人として彼の強さは見てきた。歳を重ねてるだけあって、笑亜には無い歴戦の風格みたいな物があるにはあるのだが、たまにああいったバカみたいな所が目立つ。
今日みたいなすぐ暴力に訴える沸点の低さも欠点だ。アルケーが止めていなかったら確実にシャルディを殺していただろう。
そう言えば最初にあった時も、怒って彼女の首を取ろうとしていた。
笑亜に対抗していきなり相撲を始めたりもした。
(ってか今思ったら、今までのドタバタって全部アイツの所為じゃない!?)
あの逆らう奴ぶっ潰すみたいな性格どうにかならないものだろうか。
そんな事を考えていると笑亜が真剣な面持ちで寄って来た。
「アルケー様。魔王カラミティとの決戦、私は女神の勇者として全力で戦います」
「ありがとう笑亜。貴方が居てくれて良かったわ」
勇者達が女神の力を持ち逃げしたと聞いた時、その裏切りにアルケーは心底失望した。そんな時に、たった1人でも戦い続けていた笑亜との出会いがどれだけ嬉しかった事だろう。
こう言っては死亡フラグとなるが、この戦いが終わったら彼女には幸せにこの世界で暮らしてもらいたいとアルケーは思っていた。
笑亜は自身の覚悟を示した後、一呼吸置き緊張した面持ちで続けた。
「それであの、もし必要でしたら私のスキルを――」
「それは頼らないようにしましょう。貴方もそれを使いたくないから私だけに教えてくれたんでしょ?」
女神の言葉に笑亜は安堵した表情を見せる。そして嬉しそうに、勇ましく気合を入れてもう一度宣言した。
「はい! 勇者、志藤笑亜! 必ずやカラミティを倒して見せます!」