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第15話 憧れと嫉妬

 仮釈放の言質を取ったアルケーは、彼等に着替える間も与えずハルトが居る集会場に急いだ。

 村の中を裸の男達が駆けて行く。

 その光景は中々珍妙なもので、その場に遭遇した村人からは笑い声や悲鳴が聞こえた。


「クソ! 今日はなんて日だ! こんな屈辱ばかりの一日は生まれて初めてだ!」

「恥ずかしいならさっさと走る!」

「なあ股が濡れて気持ち悪んだけど?」

「じゃあ脱げ!」

「勘弁して下さい! 今だって見てられないのに!」


 周りからの視線を振り払いながら一団は集会場に駆け込む。なお、駆け込んだ時アルケーは段差に躓いて転けた。

 階段を慌ただしく降り、地下室の扉を開けると中にいたハルトはギョッとした顔をこちらに向けた。


「え? なになになに!? 何故で裸!? これ何!?」


 いきなり入って来た裸の漢達に意味が分からず困惑する。何が何やら分からずその声は悲鳴に似ていた。


「ハルト。ジュリのお産が始まったの」

「早く行ってあげて下さい」


 アルケーと笑亜が事態を伝える。


「ジュリが!? でも、俺なんかが行って良いのでしょうか?」


 ハルトは躊躇い顔を下げる。

 だがそれを振り払う様に三郎が彼の尻を叩いた。


「行け! 竹芝になって来い!」

「ッ! はい!」


 喝を入れられてハルトは愛する妻の元に駆け出した。


「待て!」


 しかしこれをシャルディが塞ぐ。

 彼は忌々しそうに睨み詰め寄るとハルトの胸ぐらを強く掴んで、強く壁に押し付けた。


「何故だ! 何故、お前みたいな人間がジュリエッタ様の側にいるんだ!」


 これまで見たことないくらいシャルディは声を荒げ、乱暴にハルトを揺さぶる。その怒声には憎しみさえも混じっていると感じられた。


「あの方にふさわしい人間はお前じゃない! 落ちこぼれで魔法も使えず三流貧乏騎士のお前なんかが、公爵の御令嬢の夫など、身の程知らずにも程があるんだよ!」

「貴方もしかしてジュリの事が……?」

「違う! 僕はただ、身分の違いも分からない馬鹿が腹立たしくて仕方ないだけだ!」

「そんなのただの嫉妬じゃないですか!」

「うるさい! お前達下賤な者達が妄想する恋物語などあってたまるか!」


 憧れと嫉妬は紙一重。


 おとぎ話の様な出来事に「素敵!」と憧れる人間が居れば、「何故、あいつなんだ!? 何故自分ではない!?」と妬む人間も居る。

 否定はしてもシャルディは間違いなく後者であった。


「シャルディ……!」


 ハルトは嫉妬に燃える彼の腕を掴むと、力一杯引き剥がし頭突きを食らわせる。そして一瞬だけ怯んだシャルディの顔面に渾身の一撃となる拳を叩き込んだ。


「何でジュリの側に居るのかだって? 愛してるからに決まってるだろうが!」


 余計なややこしい理由なんて彼には無い。

 それでも嫉妬に駆られたシャルディを黙らせるのには十分なトドメとなった。


「後は任せて。貴方は速く」

「はい、3人共ありがとうございます」


 アルケー達に後を託しハルトは地上への階段を駆け上がって愛するジュリの元へ向かった。


「さて、まだ何かやるつもり?」


 アルケーは殴り飛ばされたシャルディに目をやる。


「いや、もういい。見苦しい所を見せてしまったな」


 シャルディは感情をぶち撒けてしまった事を誤魔化す様にムスッとした顔をする。


「だが今だけだ。ジュリエッタ様の体力が回復次第、2人は王都に連れ帰るからな」

「ええどうぞ。私もそこまでは干渉しないわ。貴方達は貴方達のルールに従いなさい」

「ふん。まったく、よく分からない魔法士だ。そんな事は言われなくても分かっている」


 シャルディは忌々しそうにアルケー達を睨む。

 今思えば今日は彼にとって散々な一日だったろう。その全てにこの3人が絡んでいる。


 ともあれこれでジュリは元気を取り戻す筈だ。まあ、それだけで無事に出産出来る保証は無いが気落ちして臨むよりはずっと良い。

 後はジュリと出産を手伝う村娘達の頑張りに託すしかない。


 そんな時、アルケーの背に強い衝撃が走った。


「アルケー! お前さん案外優しい所あるじゃねえか!」

(いった)! 何するのよ!?」


 バシンっと叩かれた痛みでアルケーは飛び跳ねる。そんな様子に犯人は朗らかな笑顔を向けた。


「いやぁ、あーだこーだ言って結局お前さんも2人の事が心配だったんだなぁえぇ?」

「私はただジュリや赤ん坊の生命に関わる緊急事態だったから仕方なく動いただけよ。別に大した事なんかじゃ……」

「いやいや、それが出来ねえ奴が多いんだよ人間でも。見直したぜアルケー! ようやった!!」

「そうですよアルケー様! めちゃくちゃ格好良かったです!」


 2人してアルケーの行動を褒め称える。

 別にこんな称賛が得たくて動いたんじゃない。ただ今はこうしなければならないと思ったから動いただけのアルケーにとって、この2人の反応は予想外過ぎた。

 突拍子もない称賛にいつもの様な返しも出来ず、照れる様に目を泳がせた。


「ま、まあ……うん。貴方達がそう思うなら、そゆ事にしといて……」

「ほ〜う。お前さんでも照れる事があるんだな」


 その反応を面白がった三郎が茶化す。

 どきりとしたアルケーは誤魔化す様に言った。


「はあ!? 別に照れてな――!」


 その時、突然のプレッシャーがアルケーを襲った。

 まるで背後から刃を突き付けられた様な、鋭いプレッシャーに当てられたアルケーは、よろけながら身を崩し、目は見開き、呼吸は激しく、額からは汗がツゥっと垂れていた。

 

「おいどうした!?」

「アルケー様!? どうされたんですか!?」


 三郎と笑亜は突然倒れた女神の身体を支える。

 アルケーは震える唇を動かし2人に伝えた。


「来るわ……」


 絞り出す様な声に2人は耳を澄ます。


「カラミティが、来る!」


 モンテドルフに魔王の手が迫ろうとしていた。

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