第3話 やあやあ我こそは!
アルケーと天使は困惑した様子で顔を見合わせていた。
眼の前には紺色の鎧を着た髭面の中年男が倒れている。
彼女達は勇者召喚で武士を呼び出した筈だった。確かにそれらしい人物は召喚出来た。だがその人物はずぶ濡れで身体中から血を垂れ流している今にも死にそうな状態だ。
「ねぇ? 従者ってこれ? なんかボロボロだし、もう死にかけてるんですけど?」
「まずいです。死にかけてます。アルケー様、早く回復魔法を!」
「何で私? 貴方がやりなさいよ」
「私達ではこれ程の傷は癒せません! 私は魔法で体内の水を吐き出させます!」
「ああもう、いきなり何なのよ! 超回復!」
女神の魔法によって召喚者の傷を癒やしてやる。そればかりかボロボロになっていた鎧まで修復された。
「グエッ! ゲッホ! オエェッ!」
天使の魔法によって体内の水を吐き出す男。
その吐瀉物に掛かりたくなくてアルケーは慌てて逃げた。
目覚めた男は涎や鼻水でぐちゃぐちゃになった呆け顔で辺りを見回す。
白く美しい床。石で出来た柱の上で光る不思議な玉。きっと見た事のない神域に驚いているのだろう。
「ここは……六道の辻か?」
「お目覚めかしら? 選ばれし者よ」
アルケーは女神としての威厳と慈悲に溢れた声を掛けた。
「弁財天……様?」
男はこれまた呆けた顔で言う。
「べんざいてん? 私は女神アルケーよ」
「はあ、アルケー……様ですか」
何とも間抜けな顔を晒す男にアルケーは不安になる。
そもそも強者を召喚したのにボロボロの状態だったのが気になる。あれは明らかに戦いに負けた者の姿だ。
(この男、本当に強いのかしら?)
まさかまたハズレを引いたのではないかと思い、確かめる為に問い掛けた。
「さて、死にゆく貴方をここに呼んだのはある提案をするためだけど、その前に一つ質問するわ。何故あんなボロボロだったのかしら?」
男は一瞬苦い顔をした後、静かに語った。
「お恥ずかしい話。戦に負け申した」
「はあ!?」
その返答に思わず声を上げてしまった。悪い予感が当たった。
「あー、やっぱりね。うん分かった。チェンジで」
彼女の合図と共に眷属の天使達が長杖を持って男を取り囲む。
「おいおいおい、何だいきなり!?」
「私ね。強い従者が欲しいの。負け犬なんてお呼びじゃないのよ」
人間の力なんてアテにしていないとは言え、従者にするなら強者に越した事はない。敗残兵なんて御免だ。
だがそんな態度が気に入らなかったのか、男はその強面を一層険しくさせて口汚く女神に吐いた。
「んだとコラァ!? 誰が負け犬だクソアマ!!」
怒鳴りながら抑えつけて来る天使達に抵抗する。
(ふん。何を喚こうが無駄。天界の住人と人間では次元が違うのよ)
これから死に行く哀れな人間の遠吠えと思い、アルケーは慈悲深くその暴言を許そうとした時だった。
男を囲んでいた天使がポーンと軽々飛ばされたのである。
「は?」
唖然とするアルケーの眼前で天使達がお手玉の様に投げ飛ばされて行く。
男は杖で殴ろうともそれを掴んで天使を投げ飛ばす。脚に取り付こうとすれば泥を払う様に振り飛ばされた。
そして自分を見下ろす女神に指を突き付け宣戦布告する。
「どこの神だか知らねえがよお! 舐められて引き下がっちゃあ坂東武者の名折れよ! 俺が弱いかどうか掛かって来やがれぇっ!」
吠える武者にアルケーはもう我慢ならなかった。
(舐められて引き下がったら名折れ? それはこっちの台詞だわ!)
アルケーは自身の神器であるアーリーライフルを召喚する。美しい白亜色をしたソードオフライフルである。
「人の分際で調子に乗るんじゃないわよザコが。良いわ。ちょうど人間にはむしゃくしゃしてたし、この私が直々に死を与えて上げる」
これを開戦と見た武者は、神域を震わせるほどの大音声を高々と上げた。
「やあやあ六道の者共よこれに聞け!! 我こそは桓武天皇が第六の皇子、葛原親王の御子たる高望王より10代の後胤にして、鎌倉は侍所別当、和田左衛門尉義盛が三男、安房国朝夷の武士、朝比奈三郎義秀なり!!」
朝比奈三郎義秀――。
後に編纂された鎌倉幕府の歴史書「吾妻鏡」において「神の如き壮力」と謳われる坂東武者である。