第4話 坂東武者の楽しい戦法指南
アルケーが下手なダンスを踊る様に、歩行に苦戦している間、三郎は弟子の笑亜に稽古をつける事にした。
「今からお前さんに坂東武者の戦い方を教えてやる」
「よろしくお願いします!」
快活な返事を発し笑亜は気合いを入れる。
何せ本物の武士からの指導だ。きっと凄い剣術を教えて貰えるに違いないと真剣な眼差しを向けた。
「じゃあ最初に、首の取り方についてだ」
「結構です」
「まず討ち倒した相手の首にぐるりと切れ込みを入れる」
「結構ですって!」
「そんでもって首を抱えて力いっぱいにボキッと――!」
「ストーップ!!」
あまりに生々しい教えに声を上げた。
「あのもっとこう、そこに至るまでの戦い方を教えてくれませんか!?」
「弟子のくせに図々しい奴だな!」
「いや、だって首を取るには相手に勝たなきゃいけないじゃないですか! なら戦闘技術の方を教えて下さい! お願いします!」
もっともらしい理由を付けて頼み込むがそりゃそうだ。戦闘技術を知らずその後の事を学ぶなんて馬鹿げてる。と言うかそもそも首なんて取りたくない。
三郎はちょっと不機嫌な顔になりつつも、最終的にはぶっきらぼうに「分かったよ」と弟子の希望に応えた。
「じゃあ聞くが、お前さん弓は達者か?」
そう問われ笑亜は首を横に振る。
「弓なんて引いた事すらありません。そもそも私の装備的に弓なんて持てませんから」
彼女の装備は両手に剣と盾を持つ接近戦スタイルだ。両手が塞がっているのに弓を持つ余裕なんて無い。
それを聞いた三郎は溜息混じりに言った。
「おいおい、弓が使えないんじゃ武人として話しになんねえぞ」
「剣術ではダメなんですか? 自分で言うのも何ですが結構自信あるんですが」
「バーカ。弓と剣どっちが有利かなんて子供でも分かんだろ。斬り掛かる前に射殺されちまうぞ」
ド正論で返される。
しかしこの世界では剣や槍などで戦う前衛職と、弓や魔法で遠距離攻撃を行う後衛職が連携して戦うのが定石だ。
彼女もかつてパーティーを組んでいた時は、そういった仲間達の援護を受けていた。
弓に太刀に騎馬なんていう欲張りセットバトルスタイルな三郎の方が異常なのだ。
「意外ですね。侍の師匠なら刀に拘るのかと思いました」
「はあ? 武士つったら弓だろ? あと俺はもう侍じゃねえぞ」
その言葉に笑亜はきょとんとする。
「え? でも武士ですよね? 侍って武士の事じゃないですか」
「何言ってんだ? 侍つったら高貴な御方に仕える奴等の事だ。主を持たねえ今の俺には名乗れねえよ」
「そうなんですか? でも師匠はアルケー様の従者ですよね? じゃあ侍でいいんじゃないですか?」
「俺は魔王討伐に手ぇ貸してるだけだ。女神だからって簡単に家来になるつもりはねえよ。つーか何の話ししてんだ!」
三郎は逸れた話題を元に戻す。
「弓が使えねえんなら仕方ねえ。これを使え」
そう言って三郎は足元に転がっていた拳大の石を拾い上げた。
「まさか石を投げるんですか?」
「そうだ。弓ほどの距離は飛ばねえけど、剣構えて相手の懐に飛び込むよりはマシだ」
「えぇ……。何か卑怯な感じ……」
理屈は分かるが何と言うか野蛮だなあと忌避感を感じる。
そんな彼女を三郎は諭すように言って聞かせる。
「いいか笑亜。戦ってのはな、勝つためなら何だってやるんだよ。卑怯もクソもあるもんか」
「じゃあ師匠も戦いで石を投げた事あるんですか?」
「武士がそんな卑怯な真似出来るか!」
「ええぇ!? 今、卑怯も何も無いって!」
「バカ野郎。投石なんて追い込まれた奴が苦し紛れにやる事だ。俺はそうなる前に矢で射殺すし、矢が尽きれば太刀抜いて戦う。石なんていらねえんだよ」
「な、なるほど……。なるほど?」
かっこいい事言ってるけど簡単に納得して良いのだろうかと笑亜は頭にハテナを生やす。何か都合の良いように丸め込まれた気がする。
「よしじゃあ、あの木に石を投げて倒してみろ」
三郎は川岸近くにある木を指差す。周りの木に比べたらまだまだ幹が細い若木だが、それでも石を当てて倒すなんて出来るのか。
(いったいどのくらい投げればいいんだろ? でもやらなきゃ!)
笑亜は先ず野球のピッチャーの要領で、見事第一投を木に命中させた。だが、
「そんな投げ方じゃあ敵に寄られるぞ。もっとせっせと投げんだよ」
師匠のダメ出しが入る。
次に彼女がやったのはソフトボールの様なウィンドミル投法だ。これも見事木に命中させる。
「まあ良いんじゃねえか。けどそんな小せえ石じゃあいつまで経っても木は倒せねえぞ」
またまたダメ出しが入る。
今度は手で握れるギリギリの大きさの石を投げる。
物が大きくなるとそれだけ投げ辛い。石は今までの2投から少し逸れて木を掠った。
「これ1日じゃ倒せませんって」
「構わねえよ。武芸を磨くなんざ一朝一夕で成るもんじゃねえ。お前さん九尾の狐退治は知ってるか?」
唐突に話が切り替わった。
「詳しくは知りませんけど、京都で悪さしてた妖怪ですよね?」
「そうだ。京の都で悪さをしていた九尾の狐は陰陽師に追われて坂東まで逃げて来た。その時、九尾の狐を討つべく立ち上がったのが、俺の曾爺様、三浦大介義明よ」
「へー」
急に始まった中年おっさんの先祖自慢に、笑亜は空返事を返す。
これが源義経とか知ってる人物の話なら、食い入るようにして聞くのだが、三浦大介義明なんていう聞いたことも無い人物の話をされたところで頭に入って来ない。そもそも彼女は歴史が苦手だ。
とりあえず機嫌を損ねない様にと適当に相槌だけは打っておく。
「三浦義明と数万の坂東武者は果敢に妖狐に挑んだが、奴の妖術の前に大敗してな。それからどうしたと思う?」
「さ、さあ……」
「毎日毎日ひたすら犬追物で弓の稽古だ。その甲斐あって三浦義明は九尾の狐を見事退治する事が出来たんだ」
三郎は先祖の活躍を胸を張って語る。
何となく、日々の鍛錬が大事という事を伝えたかったのだろう。
とりあえず笑亜は、空返事だけじゃ不味いと思って、話の中で気になったワードについて聞いた。
「いぬおいものって何ですか?」
「野に犬を放って馬上から矢で射るんだよ」
「動物虐待!?」
現代では考えられない野蛮な行為に驚く。
「あ? 何でそんなに驚く? お前さんの時代じゃやらないのか?」
「やるわけないじゃないですか! そんなかわいそうな事!」
笑亜は呆れた感じで声を張る。何せ彼女は犬派だった。特に柴犬が好きだ。
「まあ、殺さねえように引目の矢を使っているがな。それでも当りどころが悪かったり、逃げ疲れたりして死んじまう事がある。そういう犬は追物が終わった後、皆で食うんだ」
「後でスタッフが美味しくいただきました、みたいに言わないで下さいよ!」
時代が違うとは言え、犬殺し、犬食の話は彼女にとっては衝撃的だった。
元々、粗暴な感じの人とは思っていたが、それが一層深まった。
「とにかく、強くなりてえんならひたすら鍛錬だ。ほら手ぇ止めるな。投げた投げた」
そう言って三郎は次の石を手渡す。
何だか釈然としない笑亜は仕方なく受け取るが、その時、視界にこそこそ動くものが見えた。
「あ、ゴブリン!」
草木に隠れるほどの小柄な身体が村に忍び込もうとしている。
「一匹だけか?」
「ああやって村に忍び込んでは畑を荒らしたり、悪戯をするんです」
「猿みたいな奴だな」
「お猿さんの方がまだマシです。あれを放っておくと次は仲間を連れて村を襲いに来るので、今のうちに倒しておかないと」
「よし分かった。おりゃぁぁ!!」
事情を聞くや三郎は何の迷いも無く豪速球、と言うか豪速石を投げ付けた。
「あれえぇ!? 石投げたぁ!?」
投げられた石は見事ゴブリンの頭に命中し、気絶したゴブリンは川に落ちて流されていく。
「今石投げましたよね!? さっき言った事は何だったんですか!?」
「だって今、弓持ってねえもん」
三郎は恥じる事も悪びれる事もなく平気な顔で肯定する。
笑亜は唖然として一言。
「だ、ダブスタだぁ……」
三郎はダブスタ武士の称号を得た。