第9話 褒美と死亡フラグ
見事デーモンウェッジを破壊した3人は、勝利の余韻に浸りながらのんびりと平原を行く。
三郎は稽古だと言って笑亜を馬に乗せて道すがら馬術を教えていた。
「よし。少し走らせてみろ」
「え? ちょっといやぁ~!」
歩調を速めた馬に着いて来れず、後ろのアルケーが悲鳴を上げる。
笑亜はたった数十分の教えで馬の発進、停止をマスターし今は速歩を教わっているところだ。三郎も驚く覚えの速さだ。
10秒程走った後、笑亜は手綱を引いて馬を停止させた。
「上出来だ。お前さん本当に初めてか?」
「えへへ、ありがとうございます。昔から運動は得意なんです」
本職の武士に褒められて嬉しそうにする笑亜。それに比べて、
「ふ、振り落とされるかと思ったわ……」
全く才能のないどんくさい女神。
これから魔王を倒しに旅をしなければならないのに、こんな体たらくでは話にならない。
「だらしねえなあ。もっと馬の動きに合わせるんだよ」
「無理よ! 走る度にお尻がガンガン突き上げられるの!」
「そりゃそうだ。後ろの方が揺れが激しいからな」
「じゃあ何で後ろに乗せた!?」
「前に乗せてちゃ戦えんだろうが。荷物は後ろでしがみついてろ」
「誰が荷物ですって!」
「お二人とも仲良く!」
笑亜が慌てて仲裁に入る。
だが既に頭に来ているアルケーは今にも三郎に飛び掛かりそうな勢いだ。
(飛び掛からせちゃダメ。きっと落ちてお怪我をされる)
既に笑亜の中でもアルケーはどんくさい女神というイメージが確立していた。
「し、しかしこんなにも早く魔王軍を撃破出来るなんて思ってませんでした! さすが女神アルケー様! あの魔法も凄かったです!」
何とか収めようと違う話題に切り替える。何とか彼女の機嫌を取ろうと、上司に媚びへつらう社畜の様にヨイショした。
その甲斐あってかアルケーはまんざらでもない顔になる。
「そりゃあまあ私女神ですもの! モンスターが何匹来ようと余裕よ余裕! カラミティも直ぐに倒してやるわ!」
「さすがです~!」
単純な女神だ。
「そう言えば、今回の戦の恩賞はどんな物なんだ?」
「え? 恩賞? 何それ?」
目を丸くしてアルケーは返す。
「まさか……。ねえのか?」
「うん」
「かぁ〜、しけた女神様だなぁ」
三郎は心底深い溜め息を漏らした。
「土地は!? 米は!? 武具でも馬でも、何なら銭でもいいんだぞ!」
「あるわけないでしょ!」
「んじゃあもう何か女神の御利益的なのでいいからくれよ!」
「力失ってんのよこっちは! 与えられる力は無いわよ!」
「はぁ~、しけた女神様だなぁ!(2回目)」
「師匠。あんまり駄々こねるとみっともないですよ」
とうとう笑亜にまで呆れられる。
だが当の三郎は何も気にした様子はない。
「褒美を強請って何が悪い? 俺の親父殿はそうやって偉くなったんだ」
「師匠のお父さんですか?」
「おうよ。和田左衛門尉義盛。知ってるか?」
「すみません知りません」
三郎はマジかという風な顔をして絶句する。
和田左衛門尉義盛。鎌倉幕府に仕える武士達を纏め上げる侍所別当を務めた人物。謂わば軍事と治安を司る長官だ。
それを知らない笑亜に三郎はある話を始めた。
「頼朝様は平家打倒の兵を挙げられた時、初戦で大負けされたんだ。命からがら逃げ延びた頼朝様は意気消沈され、挙兵に加わった者達も誰も口を開かねえ。そんな時、親父殿が前に出てこう言ったんだ」
『どうぞ平家を討ち、天下をお取り下さい! 敵する者共は全てこの和田義盛が蹴散らして御覧に入れます! そして大願成就の暁には某を貴方様の侍大将にして下さい!』
「頼朝様も他の者も唖然としただろうな。何せ負けた直後に勝った時の褒美を強請ったんだ。だがそれで皆の士気は大いに上がり、そして親父殿は晴れて侍所別当になったんだ」
父の手柄話を誇らしげに語る三郎。
対して笑亜は理解したのか分からない生返事を返す。だってただの自慢話だもん。
「まあカラミティを倒して力が戻ったら祝福を目一杯与えて上げるわ。そうだ笑亜は何か欲しい物はある?」
「え、私ですか!? ええっと、無病息災、家内安全、商売繁盛、恋愛成就、学業成就、子孫繁栄それから……」
「笑亜~! 貴方は本当にいい娘ね! こんな神様へのお手本の様なお願い、そこの俗物に見習わせたいわ!」
そう言ってその俗物に目をやる。
「子孫繁栄と来たか。おいここにいい男が居るがどうだ?」
「セクハラオヤジが」
髭面中年のおっさんが可憐な少女にこの発言。時と場所が違ったら天誅ものである。
「しかしそうだな。カラミチを討ってこの戦が終わったら、俺は何をしようか? 畑でも耕して気ままに暮らすかな?」
「三郎。それ死亡フラグって言うのよ」
「死亡フラグ? 何だそりゃ?」
「その発言や行動を取ったら死ぬ言動の事ですよ。今師匠が言った『この戦いが終わったら~』なんてのはまさにそれです」
そういうお約束事など分かる筈がなさそうな鎌倉時代の武士に説明してやる。
だが三郎は鼻で笑って見せた。
「何だ死ぬくらい。坂東武者が死を恐れてたまるかよ!」
強がりか、はたまた死亡フラグを信じていないのか三郎は全く動じていない。
そんな時、彼の視界に面白い物が入った。
双角を有した黒馬である。
「あれはユラハンが乗ってた馬か。ちょうど良い。捕まえて俺の馬にしてやる!」
「無理よ。バイコーンは人を食べる凶暴なモンスターよ。人間が手懐けられる筈ないわ」
「ははは! 人食い馬上等! 坂東武者にはそれくらいがちょうどいい!」
「いや馬じゃないから。モンスターだから」
三郎は良いものを見付けた子供の様にバイコーンに駆けて行く。
その無鉄砲な行動にアルケーは唖然とした。
「ねえ、坂東武者ってバカなの?」
「そもそもばんどうって何ですか?」
「知らなかったの!?」
坂東とは東海道の足柄峠、中山道の碓氷峠より東の土地、すなわち今の関東地方の事である。
2人の忠告など聞かず三郎はずんずんとバイコーンに近寄って行った。
「キイィィ!」
その時、バイコーンは馬より高く嘶き、双角の間に稲妻が走った。刹那、空気を裂く音と共に雷撃が放たれ、三郎は短い悲鳴を上げて倒れた。
「「死んだー!!」」
哀れ三郎。
死亡フラグを立てて死んでしまうとは情けない。
「何しやがんだコノヤロー!!」
と思いきや三郎は咆哮を上げて突撃。拳を見舞った後、角を持ってねじ伏せてバイコーンにヘッドロックを掛けた。
「死ぬかと思ったじゃねえかバカ馬!! 次やったら捌いて食っちまうからな!!」
腕に血管が浮かび上がる程の力で首を締め上げる。その無茶苦茶な腕力にモンスターである筈のバイコーンは暴れるが全く抜け出せない。
「さっき死なんて怖くねえって言ってなかった?」
「死に方ってのがあんだよ! 馬に殺されたなんて武士の死に方じゃねえ!」
「いやバイコーンはモンスターなんですけど……。それも結構上級の……」
「どっちでも良いんだよ。ただどうせ死ぬなら戦場で華々しく死ななきゃな!」
三郎はバイコーンを一層締め上げ上下関係を分からせる。凶暴な双角獣はヒーンヒーンと弱々しく泣いた。
「師匠は死ぬ事が恐くないんですか?」
笑亜が目を厳しくして視線を向ける。
「人間いつかは死ぬんだ。ならその最期は華々しいものでありたいだろ? 俺の親父や兄弟達も皆、戦で立派に死んだ。だから俺も武士らしい最期を迎えたいんだよ。でないと先に死んだ奴等に顔向け出来ねえ」
あの嵐の中で船から落ちた時、こんな最期であって堪るかと必死に藻掻いた。
だからこの世界でまた戦働きが出来るとなった以上、その無念を吹っ飛ばすくらい大暴れしてやるつもりだ。
名こそ惜しけれ。
それが彼の中にある信念なのだ。
「死に立派も何もあるものですか」
だが笑亜は小さく呟き、仲間達の形見に手を当てた。
これを見せた時、この武士は何を思ったのだろう? 立派に戦った勇士達だと思ったのだろうか?
(この人は死んだ事がないからそんな事を言えるんだ)
三郎の死に対する考えが恐ろしくて笑亜は大きく息を呑む。もしかしたらこの人は、思っていた以上に恐ろしい人なのかもしれない。
「ところでそろそろ放さないと、そのバイコーン死ぬわよ」
「あっぶね! 死なせちまったら意味がねえ。おいお前、もう俺に逆らうんじゃねえぞ?」
角を持って頭を乱暴に揺らしてやる。
バイコーンは口から泡を吹き出しふらふらになりながら、もう勘弁してくれとでも言うように弱々しく嘶いた。
「えぇ、バイコーンを素手で従えた……? 相変わらず馬鹿みたいな力ね」
「本当に、怖い人です」
その様子を女神と勇者はドン引きしながら眺めていた。