第7章 未来の影
霧の中を歩くカナトとリナは、時間の歪みがひしめく空間を進みながらも、決して立ち止まることはなかった。霧はまるで生き物のように絡みつき、足元を掴むかのように冷たい風が吹き抜けた。だが、その先には、目を逸らすことのできない決断が待っていた。
「カナト、ここから先はもう戻れない。」リナが声をかけた。
「分かっている。」カナトは足を止めることなく答えた。「過去を修正するために、何かを犠牲にしなければならない。それが僕の運命だ。」
リナは静かにその言葉を聞きながら、彼の背中を見守っていた。カナトの決意は確かだったが、その先に待つものが何か、彼自身もまだ完全には理解していないだろうことを、リナは知っていた。
二人はついに、時間の歪みの中心にたどり着いた。そこには、異常な光景が広がっていた。目の前に広がるのは、無限に続く扉のようなものだった。どれもが暗闇に包まれていて、開かれることなく、永遠に続くように見えた。
「これが、時間の歪みの中心。」リナがつぶやいた。「過去、現在、未来が交錯する場所。君が選ぶ道が、このすべてを変えることになる。」
カナトはその無限の扉を見つめ、心の中で迷いを感じた。どの扉を選べば、自分の過去を修正できるのだろうか? どれが正しい道なのかが分からなかった。だが、選ばなければ、すべてが崩壊してしまう。
「カナト、選ぶのよ。」リナの声が響く。「過去に戻り、修正する道を選んで。君が手にしていたその力、それがすべての鍵となる。」
カナトは深呼吸をし、少しの間考えた。そして、心の中で静かに決意を固めた。どの扉を選んでも、結果は変わらないのかもしれない。ただし、前に進むためには、自分でその選択を下さなければならない。
その時、突然、目の前の扉がひとつだけ光り輝き、わずかな音を立てて開き始めた。その扉の先には、過去の記憶のような光景が広がっていた。カナトはその扉に足を踏み入れると、瞬間的に強い引力に引き寄せられるように感じた。リナもその後に続き、二人は扉の中へと進んだ。
扉をくぐると、そこには見覚えのある景色が広がっていた。それは、カナトがかつて過ごした家のリビングだった。母の優しい笑顔、父の温かな言葉。あの日の幸せな記憶が、まるで目の前で繰り広げられるかのように鮮明に蘇る。
「ここは…僕の家?」カナトは驚きの表情を浮かべた。「どうしてここに?」
リナは無言でカナトの横に立ち、彼の視線を追った。やがて、家の中に一人の人物が現れた。それは、カナトの母親だった。だが、今の母親とは少し違って見えた。彼女の目には、どこか深い悲しみが漂っている。
「おかしい…どうして母さんがこんな顔をしているんだ?」カナトは声を震わせながら言った。
母親は、カナトに気づくと静かに歩み寄り、彼の目をじっと見つめた。その視線は、どこか遠くを見ているようでもあり、彼を見ているようでもあった。
「カナト、君が選んだ道を間違っていたら、この先の未来はどうなるか分からない。」母親の声が、いつの間にか変わっていた。その声には、悲しみとともに警告のような響きがあった。
「母さん、僕は何を間違えたんだ? 何が正しくて、何が間違っているんだ?」カナトは思わず答えた。
「君が選んだ力、それは誰かの未来を奪う代償を伴う。」母親は静かに言った。「その力を使っても、君の周りの人々が幸せになれるわけではない。君がどれだけ力を持っていても、選択を間違えれば、誰かが必ず犠牲になってしまう。」
その言葉に、カナトの胸が痛んだ。彼が選んだ力が、どれだけ恐ろしい代償を伴っているのか、彼はまだ本当に理解していなかった。過去の選択が、今の彼を苦しめているのだと、ようやく自覚し始めた。
「僕はどうすればいい?」カナトは母親に向かって尋ねた。「過去を変えるためには、どうすればいいんだ?」
母親はしばらく沈黙した後、ゆっくりと手を伸ばした。その手のひらからは、かつてカナトが手にした力と同じ光が放たれていた。
「君が選ぶべきなのは、力を持ち続けることではなく、その力を手放すことだ。」母親は静かに言った。「それが、君の運命を変える唯一の道だ。」
カナトはその言葉に衝撃を受けた。もしもその力を手放すなら、彼は何を守ることができるのか? 過去を修正するために、何かを犠牲にしなければならない。その代償が、彼の力を手放すことだとは…
その時、突如として現れたのは、再びユウだった。ユウの目には、カナトに伝えたかった何かが込められているようだった。
「カナト、その選択をする覚悟はあるか?」ユウの声が響いた。「君が過去を変えるためには、その力を手放すべきだと分かっているだろう? でも、それがどれだけ辛いことであるか、君には分かっているはずだ。」
カナトは深く息を吸い、ゆっくりと答えた。「僕は、もう迷わない。」
その瞬間、カナトの目の前で時間が揺らぎ、力の源が消えた。過去を変えるためには、力を放棄するという選択が、最も重要なものだと彼は理解した。
そして、彼の運命が再び新たな形を迎えようとしていた。