第3章 結び目の中で
カナトはリナと共に、霧の中を歩き続けた。どれほどの時間が経ったのか、わからなかった。空間が歪んでいるせいか、進んでも進んでも同じ景色が広がっているような錯覚に囚われる。時折、リナが振り返り、彼に何かを告げるように口を開くが、その言葉はどこか遠くから響いてくるようで、カナトの頭にはすんなり入ってこなかった。
「君は過去に、選ばれた瞬間を覚えているか?」リナが突然話しかけてきた。
カナトはその言葉に驚き、足を止めた。過去? 選ばれた瞬間?
「覚えていない…」カナトは少しの間をおいて答えた。「僕が選ばれるようなことなんて…」
リナは少し静かになり、再び歩き出す。彼女の目には、深い哀しみが漂っていた。それを見て、カナトは心に不安が広がるのを感じた。
「選ばれる、というのは必ずしも良いことではない。」
「どういうことだ?」カナトはリナを見つめた。
「君のような存在が選ばれた場合、その運命は決して簡単なものではない。時間を守る者となることには、代償が伴うのだ。」リナは遠くを見つめながら言った。
カナトはその言葉に強い違和感を覚えた。守護者の役割を果たすことが、何か危険を伴うというのか? だが、彼の疑問に対する答えはリナからは返ってこなかった。リナはただ、前を向き続け、無言で歩みを進めていた。
しばらくして、突然、霧が一気に晴れた。視界が広がり、目の前に巨大な扉が現れた。その扉は、漆黒の金属でできていて、どこか異次元から来たような、圧倒的な存在感を放っていた。扉の周りには不明な文字や図形が刻まれており、時折それがまばゆい光を放つことがあった。
「ここが、結び目だ。」リナは静かに言った。
「結び目…?」カナトは扉を見つめながら呟いた。その言葉には、どこか神秘的で、しかしどこか不吉な響きがあった。
「この扉の向こうには、時間が交錯する場所がある。」リナはゆっくりと説明した。「その場所こそが、君が解くべき『結び目』だ。」
「それを解けば、時間の歪みが修正されるのか?」
「そうだ。」リナは頷いた。
カナトは深く息を吸い込んだ。そして、扉の前に立つと、リナが小さく囁いた。
「君が扉を開ける時、全てが始まる。」
「始まる…?」カナトは胸が高鳴るのを感じた。
「結び目を解くためには、君がその扉を開け、過去と未来の交差点に足を踏み入れなければならない。」
「でも、それは…」カナトは戸惑いながらも、手を伸ばした。
「恐れる必要はない。」リナは優しく言った。「君はそれを乗り越えなければならない。」
カナトは覚悟を決め、扉に手をかけた。その瞬間、目の前の空間が急激に歪み、時間の流れが一気に加速したような感覚に襲われた。次の瞬間、扉が開かれ、まばゆい光とともに異次元のような空間が広がった。
「これが、『結び目』の中か…」カナトは息を呑んだ。
扉を越えると、目の前に広がったのは、無数の時空が重なり合うような場所だった。時間が層のように積み重なり、そこには無数の過去と未来が入り混じっていた。どこかで彼が知っている景色が一瞬だけ現れたり、見たこともない未来の都市の光景が浮かんでは消えたりしていた。
「ここが、時間の交錯点。『結び目』だ。」リナが後ろから静かに言う。
カナトはその空間を見渡し、心臓が鼓動を速めるのを感じた。何もかもが不確かで、混乱している。しかし、この場所が何か重大な意味を持っていることは、強く感じ取った。
「僕が解かなければならないことは、何だ?」カナトはリナに問いかけた。
リナはゆっくりと歩みを進め、カナトの隣に並んだ。
「君が解くべき『結び目』は、君の過去の中に隠されている。」
「過去?」
「そう。君の過去に、未来を変えるための鍵がある。」
「未来を変えるための鍵?」カナトは驚きながらも、心の中で何かが閃いた。
「君が選んだ一つの道が、未来の時間を歪めている。その歪みを解くためには、君がその選択を正す必要がある。」
「正す?」カナトは思わずつぶやいた。「僕が選んだ…」
その時、突然、空間が揺れ始めた。周囲の時空が歪み、遠くで誰かの叫び声が聞こえた。カナトは振り返ると、そこに現れたのは、一人の人物だった。
その人物は、カナトが最も大切にしていた存在――彼の父親だった。
「カナト…」父親の声が、カナトの心に深く響いた。