2章 時間の歪み
カナトは自分の足元がふらつき、身体が浮遊するような感覚を覚えながら、リナに引かれるまま霧の中を進んでいった。周囲の景色は、ぼんやりとした霧に包まれていて、前後左右に何も見えない。ただ、彼の目の前にいるリナの姿だけが、確かなもののように感じられた。
「君が選ばれた理由、分かる?」リナの声が不意に響く。
カナトは一瞬、言葉に詰まった。選ばれた? 何をどう選ばれたのか、全く理解できなかった。
「分からない。」カナトはつい本音を漏らした。
「でも、君がここにいるのは理由がある。」
「僕に、どうしてこんなことが……」
「君の過去、未来が関わっているからだ。」
カナトはその言葉を噛みしめる。過去、未来――そんなものが本当に、彼を選ぶ理由になるのだろうか? 普通の少年だったはずの彼が、突然「時間を守る者」として呼ばれた。リナが言うように、彼の存在が時間に影響を与えているのだとしたら、それは一体どういうことなのか。
霧がさらに濃くなり、視界がほとんどゼロになった。突然、リナは足を止め、カナトを振り返った。
「ここが、『歪みの源』だ。」
「歪み?」カナトは不安そうに問う。
「この場所こそ、君が直さなければならない時の歪みが生まれた地点。ここで歴史が改変され、君がその一部となった。」
「どういうこと?」
「君の存在が、その歪みを解決する鍵なのだ。」リナは少し長く間を取ってから言った。「だが、その歪みは、君だけではどうにもならない。君には、他の『守護者』が必要だ。」
「守護者?」カナトはますます混乱してきた。
その瞬間、霧の中から、低く響く声が聞こえた。
「お前が、時間を修復する者か?」
カナトは驚き、足を止めた。その声がどこから発せられたのか分からない。ただ、確実にそれは自分に向けられた言葉だ。
「誰だ?」カナトは声を上げた。
霧がわずかに割れ、その中から姿を現したのは、別の守護者だった。彼もまた、リナと同じように異世界の住人のような容姿をしていたが、どこか不穏な雰囲気を漂わせている。黒い衣を纏い、目はまるで無限の空間を映し出しているかのように深い紫色だった。
「俺はガーレ。『闇の守護者』だ。」彼の声は低く、鋭かった。
「闇?」カナトは一瞬耳を疑った。「時間の歪みを解くには、闇の力が必要だ。」
「闇? 時間って、そんなものが必要なのか?」カナトは眉をひそめた。
ガーレは冷たい目でカナトを見つめると、少し皮肉めいた笑みを浮かべた。
「君の無知が、今の時間の歪みを作り出したんだよ。」
「それは違う!」カナトは心の中で反論しようとしたが、その言葉は口から出ることはなかった。リナが前に出てきて、彼の肩に手を置いた。
「ガーレ、今はその話をする時ではない。」リナが落ち着いた声で言う。
「そうだな。」ガーレは一瞬黙り込んだ。だが、すぐにその視線をカナトに戻した。「しかし、君は覚えておくべきだ。『歪み』はお前の過去、未来、そして選ばれた役目に関わるものだということを。」
「でも、僕には何も覚えがない……」カナトは震える声で言った。
「それでいい。」リナがカナトに向けて柔らかく微笑む。「君がこれから知ることになる。」
ガーレは一歩下がり、無言で霧の中へと姿を消した。
「今、君には他の守護者とともに、時間の歪みを修復していく任務が課せられている。」
「他の守護者って……?」
「君が出会うべき者たちだ。」リナはゆっくりと説明を始める。「彼らもまた、時間の管理を担っている。それぞれが異なる力を持っており、君と協力して歪みを修正していく。」
「でも、どうして僕なんだ? 普通の少年だって言っただろう!」カナトは再び強い疑問を抱く。
「君の過去の出来事が、未来に繋がっているからだ。君はそれを知らずに過ごしてきたかもしれないが、君の選択こそが『歪み』を引き起こした。」
「僕が……?」カナトは震えた。
リナはうなずいた。「そう。君の選択が全てを変えてしまうかもしれない。」
「それなら、僕にできることは?」カナトは必死に尋ねた。
リナは少しの間黙った後、静かに言った。
「まずは、君がその『結び目』を解くことだ。」
「結び目?」カナトは言葉を繰り返す。
「そう。時間の中で最も重要な、解かれなければならない結び目。それを解くことで、歪みを修正できる。」
「どうやって?」カナトは恐怖と好奇心が入り混じった目でリナを見つめた。
「それは、君がこれから知っていくことだ。」リナはカナトの目をじっと見つめ、静かに言った。「君の運命が、今、始まった。」
霧がまた深くなり、周囲の空間が微かに歪み始めた。その歪みを感じながら、カナトは一歩、また一歩と踏み出す。
彼の選択が、時を越えて未来にどのような影響を与えるのか。それを知る時が、すぐに来るのだった。