第1章 目覚め
カナトは目を覚ましたとき、自分がどこにいるのか、どうしてここにいるのか、まったく分からなかった。どこまでも広がる霧の中に立っていた。彼の足元には、灰色の石が無秩序に散らばり、まるで何もかもが時間を失ったかのように、静寂が支配していた。
「ここは……どこだ?」
つぶやく声が消えることなく、霧の中に吸い込まれていった。周囲は何もない。目の前に広がるのは、ただの霧だけ。カナトの心臓が速く打つのを感じた。彼は、もう一度目を閉じて深呼吸をした。
「落ち着け、カナト。慌てても仕方がない。」
だが、どうしても冷静でいられなかった。彼はふと、自分の胸元に手をあててみる。そこには、何もないはずの奇妙な紋章が刻まれていた。まるで、どこかで見たことがあるような――いや、見たことがない。
その時、遠くから低く、鈍い音が聞こえた。何かが動いている、いや、動かされている。それは、まるで時の流れそのものが歪んでいるかのような感覚を伴っていた。
「――カナト。」
その声は、彼の名前を呼んでいた。響きはどこか懐かしく、それでいて恐ろしいものを感じさせた。カナトは振り返り、その声の主を探す。
「誰だ……?」
霧の中から現れたのは、一人の女性だった。彼女の姿は人間のものではなかった。長い銀色の髪が、無重力のようにふわりと漂っている。その目は深い青色をしており、まるで星々のように輝いていた。
「私はリナ。時の守護者。」
その言葉はカナトの胸に響いた。守護者? 彼が何も知らないうちに、そんな役割を背負わされたのか。
「時の守護者?」 カナトは思わず問い返す。「僕が?」
リナは静かに頷いた。彼女の表情には深い哀しみと共に、確固たる決意が浮かんでいた。
「そう。君が守らなければならないものがある。」
「守る? 何を? どうして僕が?」 カナトは頭を抱えた。何が起きているのか全く理解できなかった。
リナは少し間をおいた後、再び語り始めた。
「この世界では、時間はただ一つの線ではない。」
「時間って、どういうこと?」 カナトはますます混乱していた。彼の理解を超える話が続く。
「時間は層になっている。」 リナが続けた。「それぞれの層が重なり合って、時として干渉し、歴史を変えることがある。君が今、ここにいるのも、ある『歪み』によって、未来の時間が過去に干渉しているからだ。」
「歪み?」
「君の存在が、その歪みの一部だ。君は、ある時点で時間を『変えてしまった』。」
「でも僕は普通の少年だ。何もしていない。」
「それが問題なのよ。君の未来が、この世界の歴史を大きく変えてしまう。」
カナトは震えた。彼の小さな世界が突然、壮大な問題に巻き込まれているような感覚に襲われた。しかし、リナの目からは、単なる警告のような印象を受け取った。それは、彼に何かを託すような、そして何かを背負わせるようなものだった。
「君がもし、その歪みを解決できなければ、すべてが崩壊する。」
「崩壊?」 カナトは恐怖に震えた。「どうすればいいんだ?」
リナは静かに、そして確信を込めて言った。
「君は、時間の結び目を解くために選ばれた。」
「結び目?」
「そう。時間の中で、最も重要な交差点がある。君はその鍵となる。」
カナトはその言葉の意味を理解できないまま、ただリナの瞳を見つめることしかできなかった。だが、心の中で何かが引き寄せられるような感覚があった。
その瞬間、霧の中に突如として異変が起きた。ひときわ強い風が吹き荒れ、空間が歪み始めた。カナトは足を踏み外し、倒れそうになるが、リナが彼の腕を引き寄せ、強く支えた。
「これは始まりに過ぎない。」リナの声が、彼の耳元で響く。
そして、カナトは気づく。彼の選択が、時間そのものを変えていくことを――