決戦
現実世界の齋藤家のコンセントから延長コードを伸ばして、異世界の汚部屋まで繋いでいく。汚部屋のホコリは少し落ち着いていて、床をなぞるとさっきユミィが風で吹き飛ばしたホコリが堆積しているようだった。こういう掃除、こっちの世界だとどうやってるんだろうな。「床を綺麗にする魔法」とかあるんだろうか。
「ねぇ、ユミィ。こちらの世界ではどうやって掃除してるんだ?」
「こちらの世界…??」
少しユミィがたじろいだ。が、暫しの沈黙の後、答えてくれた。
「ホウキを使った掃き掃除、ゾウキンを使った拭き掃除、くらいかな。」
「魔法を掃除に使ったりは?」
「あまり聞いた事がないかも。魔法を使える人なんて限られてるし、魔法使いはみんな攻撃魔法が好きだから…」
なるほどな。魔法を戦争の兵器として使っているこちらの世界では、あまり日常生活の中に魔法が根付いていないのか。現実世界の中だと、軍事技術を民間に転用する例はいくつかある。とはいえ、魔法には魔力という絶対的な素養が必要な訳で、あまりそうした動きが見られないということか。
「風魔法なんか自由に使えれば、どれだけ掃除が楽になるんだろうなぁ。」
「ふふ。それだけ掃除することに熱心なら、もしヒロトに魔力があっても本当にそういう事にしか使わないのかもね。」
確かにそうかもなぁ。僕が魔法を使えたらかぁ…
空を飛んでみたい。火を自由に操るのもいいなぁ。時間や空間を操れたらどれだけカッコイイだろう。でも…
「まぁいいや。今や地球人類は魔力が無くても自らの手で風を起こし、QOLを爆アゲできるのだ。そう、この掃除機があれば!!」
ふふ、我ながらいい事を言ったかもな。確かに現実世界の人間は、ファンタジーの中の魔法に憧れる。でも、文明が発達した現実世界で人類は魔法のような道具をたくさん生み出してきたのだ。
ありがとう。先人達よ。さぁ今こそ地球人類の英智の結晶を、この異世界人類の耳まで響かせてやるのだ──
♢♢♢
ユミィは不思議な青年、ヒロトを前にして何となく不思議な感情を抱いていた。
代々封じられていた地下室の扉から突然現れたこと。
今までに見たことの無い魔力0という数字を叩き出したこと。
名家アッシュ家の娘として、研鑽を積み、世界への見識を深めてきたと自負する自分でも知りえない謎の道具、ソウジキを携えていること。
そしてなにより、魔力のこともこの世界のことも、不自然な程に無知な彼。
ふと気づく。ひとつの可能性。
時空間魔法を扱う者として、忘れてはならないあの歴史を──
その瞬間。彼は魔法の詠唱を始めたのだ。
♢♢♢
フィクションに過ぎなかった魔法。
人類の長年の憧れであった魔法。
ユミィのおかげで、人類史上きっと初めて本物の魔法を体感した時、僕は感じたんだ。人類の数千年の歴史は、魔法を既に生み出していたんだ!と。
見ておけよ、ユミィ!さっきドヤ顔で見せてきた風魔法に勝るとも劣らない、人類の英智を!
名付けるならば…そうだな。
ここは、時計仕掛けの神の名前を借りるとしよう。
「機械神デウス・エクス・マキナよ!」
視界の隅に驚いた表情でこちらをみるユミィの姿が見えた。ふっふっふっ。驚くのはまだ早いさ。
「風を起こせ!」
「アクティベート=ソウジキ!」
そしてスイッチをONだ!!!!!
ブォォォォォォォォォォォーーーーン
その瞬間、僕の機械魔法は完成したのである…
──ッッッ!!
恥ずかしい!!テンションがおかしくなって、謎の口上を作ってしまった。流石に厨二病をこじらせ過ぎたか?いやこの世界に厨二病という概念があるのかすらも怪しいが…まぁいい。
そんなことより、何とか言えよ!ユミィ!おかげで僕のなんちゃって魔法の詠唱後、氷魔法かのように場は冷ややかに、そして強化魔法をかけられたかのように、心臓の鼓動が速くなっているじゃないか!
ふと彼女を見やると、唖然とした表情で掃除機を見つめている。相当恥ずかしかったが、彼女を驚かせることには成功したのかもしれない。
ブォォォォォォォォォォォーーーー
沈黙の中、掃除機の音だけがけたたましく響き渡っている。
♢♢♢
ユミィは驚愕した。生まれてこの方、長年魔法に触れてきた。魔法は常に彼女の傍にあった。魔法学園に入ってからはこの世のあらゆる魔法についての見識を深めていった。
なのに──
それなのに────
「何なんですか、その魔法は!」
恐怖とも怒りとも取れる口調で、ユミィが叫ぶ。僕の魔法はあまりお気に召さなかったのか…?
「私そんな魔法知りません!知っていいはずもないんです!だって神様は12人しか存在しないんだから!!」
あ…機械神なんて適当なことをでっち上げたからだ…宗教の教義を弄るのはとんでもない地雷を踏んでしまったかもしれない…
「それに、あなたは魔力を持たないはず!魔力がない人に魔法は使えないのが常識でしょう!!!???」
凄いまくしたてられているな。かなり魔法の研究に熱を出していたようだし、彼女の信じる神も、彼女が突き詰めてきた学問も、2つ同時に愚弄してしまったということか。調子に乗ってしまった。すぐに謝罪しなければ──
「ごめん!悪気はなくって」
「研究のためです!私にも触らせて!」
2人の言葉が同時に口をついて出て来た。顔を上げてユミィを見ると、掃除機に釘付け…それに、なんかハァハァ言ってないか!?
これは…掃除機を研究対象だと思ってるのかユミィ?
そうして、魔法文明と機械文明が交わる──
「これはっ!中で小さい竜巻のようなものを生成・制御しているんですか?」
「た…多分…??」
某大手掃除機メーカーのCMからの受け売りの知識で回答する。別に掃除機は良く使うけど詳しい訳では無いんだよなぁ…
「そして、この口を床に滑らすと…ホコリを吸い取ってくれるっ!」
ぎこちなく、それでいて力強くユミィは掃除機がけをしている。フンフンと鼻息が荒くなっているぞユミィさん。まぁまだ見ぬ未知のものを前にすると、研究熱が湧き上がるのだろうか。
それにしてもこんな機械文明と魔法文明が交わった瞬間、歴史的な役割を担う掃除機が我が家のオンボロ有線掃除機とは。ちゃんと高価なコードレス掃除機を買っておけばよかった。荷が重いだろ。お前。
「どんな精密な魔法制御をすれば、こんなに快適に風魔法を使えるの…音も静かだし!」
うるさい方なんだけどな、その掃除機。
ひとしきり掃除機がけを終えると、ユミィの部屋の空気はいくらかマシになった。深呼吸するユミィはまるでお手上げというようにため息をつくと、
「こんな魔法、私の国には存在しない。ねぇヒロト。あなた一体どこの国から来たの?」
という核心を付く質問。そういえば、ユミィに僕が異世界人だとカミングアウトしていなかったっけ…
「日本だよニ、ホ、ン」
「ニーオーン?聞いた事がない国…」
「あぁ。多分この世界ではない別の世界の国だ。」
そう言うと、ユミィはボソッと呟いた。
「──やっぱり…」
微かに聞き取れたその言葉、「やっぱりって?」と聞き返そうかと思ったその瞬間。
「私、貴方のことを先生って呼んでもいい?」
へっ…??
へっ…??
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