汚部屋の君、綺麗好きの僕。
地下室の重い扉を開けると、ジメッとしたカビ臭を含んだ埃っぽい空気が肌に触れる。ここだ。昨晩見たあの部屋は。
ロウソクの明かりで照らされた怪しげな部屋。何語で書かれているのかまったく分からない本が雑に並んだ本棚が壁中に配置されていて、部屋の真ん中には机が置いてある。その上に乱雑に置かれた実験道具のようなものがあり、その下には魔法陣が描かれた羊皮紙だろうか。すごく魔法使いっぽい。
机には食べかけのパサパサになったパンも置いてあるが、ユミィさんはここで食事をしているのだろう。この部屋の臭い…ひょっとして…
そんな事を考えていると、入った扉の向かい側の壁に重厚な扉が構えているのが目に付いた。
「これが昨日ヒロトさんが現れた扉です。」
ユミィさんはその重厚な扉を指さしている。閉まりきったその扉は、現実世界で存在していたらかなり悪趣味だと言わざるを得ないほどの装飾が施されていて、悪魔の扉…そう形容したくなるような風貌だった。
ユミィさんは続ける。
「この部屋は、私の家系が大体魔法の実験に使っていた部屋。そしてこの扉は先祖代々『開けてはならぬ』と言い伝えられてきた扉でした。それが昨日勝手に開いてしまったのですから、驚いてしまって…その…悪魔が出てきそうな見た目をしてるじゃないですか…」
「確かに、なんというかすごい不気味な扉ですよね。」
「それで、昨日は咄嗟に攻撃してしまって…」
早とちりというかなんというか。まぁユミィさんからすれば相当恐ろしい状況だったのは間違いない。先祖代々入る事を禁じられた謎の扉が急に開いたと思ったら、立ち尽くす僕がいたんだろう。そりゃ怖い。
「まぁ、今はもう怪我とかしていないですし、気にしないで大丈夫ですよ。」
ユミィさん曰く、昨晩の出来事のあと、僕には頬に少し火傷のあとが残っていたらしい。僕が寝ている間に治癒魔法で治してくれたんだそうだ。治癒魔法…見てみたかった。
さてと。扉の前に立つ。状況を整理してみよう。昨晩、我が家の父の部屋の扉とこの部屋の扉が偶然繋がった。今は閉まっているこの扉は僕の家、すなわち現実世界に繋がる唯一の扉なのかもしれない。この扉を開いて、見知らぬ空間に出たら?元の世界には二度と戻れないかもしれない。異世界は楽しいが、現実世界も捨て難いからな。
「ふぅ。」
深呼吸をしてから、ユミィさんと目を合わせる。お互いに頷いて、重い扉に手をかけて、一気に引く!
ギィィィィィィィィ…と重い音を立てながら、開いた扉の先へ出ると──
♢ ♢ ♢
そこは、見知った廊下であった。まぁ見知ったと言うよりは壁には知らない焦げ跡、そして床は多量の水で濡れているのだが…
「良かったぁ…」
膝の力が抜ける。どうやら自由にこちらとあちらを行き来できるらしい。時刻は朝の9時半。昨晩のあれが夜の9時頃の話だったから、半日近くは向こうの世界で眠っていたという事か。
「術式の構造自体は全く分かりませんが、魔力量自体は安定しているようですね…」
ユミィさんが言う。詳しくは分からないが、何らかの強大な魔法がこの扉にかかっているそうで、本来意図した時間を操る魔法とは違う魔法が不完全に生成されたのではないかという。すごく昔の魔法書を基に研究をしていたそうで、魔法書に書いてある事が正しいかも不明なんだとか。恐ろしすぎる時空間魔法。良くわからんが、パルプンテって事なんだと理解した。
そんな偶然現実世界と異世界を繋げた謎の魔法は凄く安定した状態にあるらしい。しばらくは自由に2つの世界を行き来することが出来るということだそうだ。
ひとまずユミィさんを連れて、自室に入った。母はパート、祖母は今日は友達と出かける予定があるらしいが、急に帰ってきてユミィさんと家にいる所を家族に見られてしまっては、あらぬ疑いをかけられてしまうからね。
「それにしても…」
ユミィさんが呟く。
「とても綺麗なお家ですね…ここ。ヒロトさんが住んでいるんですよね?」
「ええ、そうですよ。」
綺麗なお家…というここは母と母方の祖母と一緒に暮らしている、都会からは離れた郊外の普通の一軒家である。住んでいる市の役所に勤めていたこと、父の単身赴任で男手が必要とされたこともあり。働き始めてからも実家暮らしだ。
まぁ綺麗好きの祖母と母、そしてもれなく綺麗好きを遺伝した僕が住んでいる家だ。綺麗と言えば綺麗な綺麗なんだが、なぜか壁は焦げているし、床はびしょびしょだし…自室も言ってしまえば物が少ないだけ。どちらかというとユミィさんの広い洋館のような家の方が綺麗なイメージがある。実際、僕が寝ていたというあの部屋は、ヨーロッパの宮殿の部屋のような豪華な装飾が施されていた。
「僕にはユミィさんのあの御屋敷の方が綺麗なように思えますが?」
「それは…その…客間だけで…」
ボソッとユミィさんが呟く。おかしいな。目が合わないぞ。それに客間だけ?
そういえばとユミィさんのお屋敷の地下室の光景を思い出す。話によれば、そこに籠ってユミィさんは魔法の研究をしているんだったか…
ん?????
あの、カビ臭くジメジメとした汚部屋で…か?
「ユミィさん…もしかして掃除とか苦手…?」
「はい。凄く。」
ふっふっふっ。
その瞬間、何か電流が走ったような感覚に陥った。
昨晩が初対面の異世界魔法使い。そこまでする義理は無いだろうと自分でも思ったが、元々大掃除中の身。
綺麗好きの僕は、なにより掃除が大好きなのだ。
「ユミィさん。あの地下室…掃除させてくれませんか?」
「へ?」
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