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第4話「ドクター・ミト」


ガヤガヤと賑わいを見せていた街の中央部から離れ、工房が立ち並ぶ居住地区に足を踏み入れて15分ほど。

少し油臭い道を抜けていく。綺麗に整えられていた市街地とは違い、このベルドナールという町は随分とごちゃついた印象を受ける。

コロコロと変わる景色に視線を忙しなく動かしながらヒナタのあとをついていく。

運河がすぐそこに見える通りに出ると、二階建てのほかよりも少し綺麗な建物が見えてきた。彼はその目の前で立ち止まりくるりと向きを変えて、陽菜の肩をがしりと掴む。それに驚いて訝しげにヒナタを見ると彼はいつになく真剣な目をしてこちらを覗き込んでいる。心なしか顔色も悪い気がするのは気のせいだろうか。


「陽菜。ひとつだけ、どうしても守って欲しいことがあるんだ」


「守ってほしいこと?」


ヒナタは大きく頷く


「この建物の中にあるものには絶対に触らないでほしい。あと、誰に話しかけられても極力無視して」


「え、なんで」


「あの人たち話し出すと止まらないからめんどくさいんだ。頼むよ」


ろくな事がないってはっきり言ったよこの人。


「う、うーん、わかっ、た」


可哀想な程に顔色が悪いのでとりあえず了承しておく。

それに安堵したのか、小さく息を吐いてからヒナタは扉を開け放った。


「わぁ……」


外見に反して中はとてつもなく荒れ果てている。あちこちに小瓶や器具が転がり落ちていて足の踏み場がほとんどない。


「とりあえず二階に行こうか」


ヒナタは器用に床に散らばった物を避けながら部屋を進んでいく。彼の手を借りながら陽菜も同じように二階に行こうとすると、ギィと嫌な音を立てながら向かい側の扉が開かれた。

そこにはネイビーの髪をふわふわと跳ねさせ、下着姿に白衣を纏った女の人がいて……


(へ、変態だ……っ!!!!!)


「あっ」


ヒナタがまずいというふうに声を上げた。

女の人はヒナタの方を指さしながらプルプルと震えている


「ひっ、ヒナタが彼女連れてきたぁぁー!!!!!!!」


「ちっがーーーーーーう!!!!!」


大声でそう言った彼女に被せるようにヒナタが今日一番の大きな叫びをあげた





「お嬢ちゃんこれ食べる?」


「こっちもおいしいよ」


「これどうやって編んでるんだ?」


「随分不思議な服だねぇ」


「えっと〜」


今現在陽菜は先程の叫びで驚いて降りてきた何人もの小さなおじ様おば様方に囲まれていた。

昔本で読んだドワーフにそっくりな見た目をしているが、彼らもそうなのだろうか

とりあえず口にものを突っ込むのはやめて欲しい。

この状況からどうにか抜け出したくてヒナタに視線で助けを求めるが、あちらもあちらで何やら興奮気味に詰め寄られていて陽菜に意識を向けられるほどの余裕がないらしい。

「だから違うって!!」と必死な声が時折聞こえてくる。


「ほらそろそろ上戻って!若い子に群がってんじゃないよ!私に群がれよ!」


「ミトはそういう感じじゃないんだよ」


「そうそう」


「ミトはミトってジャンルだからねぇ」


「はぁ?私のこのナイスバディを見ても何も感じないってこと?」


「「「「「感じない」」」」」


「こんにゃろー!」


彼女が老人たちの元へ走っていく。足の踏み場もないくらいにごちゃごちゃしているのに結構なスピードで走るから彼女の足が床に落ちていた四角い機械に当たる。すると機械からピピピピピなんて音がなり始めて────


「やっっべ」


数秒後、部屋は大きな爆発音と煙に包まれたのであった。


「いやぁ、悪かったねお嬢さん!」

爆発によって完全に壊れてしまった機械の部品と巻き込まれた家具の残骸が部屋の隅に転がっている。爆発音に慌てて駆けつけたこの家の大家であるレオナードという初老の男も巻き込んで、来た時よりも足の踏み場がなくなってしまった部屋をついさっきまで全員で大掃除していたのだ。レオナードは「何度爆発させるなと言った、そろそろ追い出すぞ!」なんて彼女に向かって怒りながら掃除をしていたが彼女は特に気にした様子もなかったから、「あぁ、こりゃまたやるな」なんて思ってしまったのは記憶に新しい。

ちなみに小さな老人たちは片付けの最中、いつの間にか二階へ戻ってしまったらしい。


「あれは魔力を貯蔵していざって時に他者へ供給することを目的とした魔道具でさぁ、入れるだけ入れてずっと放置してたんだよね。まさか爆発するほど貯まってたとは!」


はははっ!と至極楽しそうに笑う彼女。


「さてと、じゃあそこ座って!ちょーっとだけ汚いかもしれないけど気にしないでね」


資料が山積みになっていてちょっととは……?と言いたくなるような状態のテーブルだがまぁ、見なかったことにしよう。


「あ、はい、大丈夫です。あの、ヒナタくんは?」


「あぁ、あそこで伸びてるよ」


彼女が指さした所にはソファの上でぐったりとしているヒナタの姿があった。

囲まれている陽菜の横で問い詰められている様子はなんとなく見えていたが、想像以上に詰められたらしい。その上であの爆発ときたらまぁああなるのも無理はないだろう。ぐったりとした彼の姿は生ける屍のようだった。


「私はミト。ここで魔道具の研究と制作をしているしがない研究者さ。気軽にドクターって呼んでいいよ♡」


「小鳥遊陽菜です!お願いします!」


「あーん敬語なんてやめてよ〜!私相手に使ってくれるのは嬉しいけどなんかよそよそしくてやだ〜」


この人ヒナタくんと同じことを言っている。


「あの、さっきの人たちは、」


「あぁあいつら?」


テーブルに出されたお菓子を陽菜に手渡し、ドクター自身もポリポリとお菓子をつまみながら答える。


「あいつらはなんていうかな、古い妖精っていうか…うーん、こう、ふわっとしたやつらなんだよね!」


いや、あなたの説明の方がだいぶふわっとしてるよ。


「今日は外からのお客さんが来たから気になって出てきたんだろうね〜。普段は降りてこないから気にしなくていいよ!」


「へぇ〜」


彼らは日本で言う座敷わらしみたいな存在なのだろうか。部屋を一通り荒らしていった様子から、幸せを運ぶというより嵐を運ぶ座敷わらしの方がしっくりくる気がする。


「君のことは事前に聞いてるよ。うちに住みたいんだろ?」


「できることなら」


「うんうん、そうだよねぇ。知らない土地で野宿するのは誰だって嫌だしね」


腕を組みながらうんうんと大きく頷くドクター。


「でも、」


口元についていたお菓子を指でつまみながら、ドクターが先程よりも低く静かに声を発した。その声に力の抜けかけていた背筋がピンと伸びる。


「悪いけどただで住ませることはできない。陽菜ちゃんが二つの条件を飲んでくれるっていうなら歓迎するけどね」


「ちょっとドクター」


ヒナタが思わずといったふうに口を挟むがドクターはそれに応えず、ただじっと陽菜を見つめている。


(やっぱりそうだよなぁ)


ヒナタはああ言っていたが普通素性も分からない人間を住ませるのなんて誰だって嫌だろう。現に彼女の目には陽菜を警戒するような色が浮かんでいる。

この人は多分頭がいい。研究者をやってるんだからそれはそうだろうと言われそうだが、そういう頭の良さではなくて。

おそらくこの人も人を扱うことに長けているのだろう。


(だって私はこの目を知っている)


ここに落ちる前、最後に会っていた深緑の瞳の友人を思い出す。

ドクターが今陽菜に向けている視線、その鋭さと重さがかの友人のものと重なるのだ。

彼もそうだ。こちらがある種の恐怖を抱くほどに人を扱うのがうまい。そしてこういう人間はもれなく警戒心が人よりも強い傾向がある。だからこそ、彼らのような人間には下手な嘘も虚勢も張るべきではないのだ。彼らが疑う余地もないほどに、ただ真っ直ぐに答える。それだけで彼らがこちらを見る目というのは劇的に変わる。


「どんな条件でも飲むよ。私がやれることなら」


ヒナタがこちらを凝視している。君今日何回そんな表情するんだよ、なんて場違いながらも笑みがこぼれそうになる。

はっきりと言いきった陽菜にドクターは目を細め、次の瞬間盛大に笑いだした。


「え」


笑い出すとは思っていなかったからリアクションが上手く取れず、ただぽかんと口を開けて彼女の笑いがおさまっていくのを眺めることしかできなかった。


「いやぁ!君意外と強い子なんだねぇ!!面白い!君みたいな子なら大歓迎だよ〜!」


いつの間にか彼女の瞳から警戒の色が消え失せている。


「嬉しいなぁ!こんなジメジメ男と滅多に出てこない妖精どもとの暮らしも飽きてきてたからさぁ!」


「誰がジメジメ男だ…」


ソファからくぐもった声が聞こえ、目を向けるとヒナタがこちらを恨めしそうに見つめていた。なんだかキノコが生えてきそうなくらいジメッとした雰囲気を晒し出している。


「わざわざ試すようなことしなくてもいいじゃんか」


「いやいや意外と大事よ?こういうことは。ひとつ屋根の下で暮らすってんだから、信頼のおける人間じゃないと」


「それはそうかもしれないけどさー…」


「ど、ドクター、それで、条件っていうのは…」


「きゃー!!今ドクターって言った!?言ったよね!!はじめて呼んでくれた〜!!」


嬉しい〜!!!と身をくねらせこちらに腕を伸ばしてくるドクター。意外にも強い力で抱きしめられてギョッとしてしまうが、頭を撫でている手と彼女自身の温もりが心地よくて抵抗ができない。


「あーもう…ドクター!結局条件ってなんなのさ」

固まったままの陽菜を見兼ねたのかヒナタが変わりに問いかける。


「あぁそれね」


腕の中に閉じ込めていた陽菜を離し再びゆっくりと席につき咳払いをする。

そして彼女は怪しげな笑みをたずさえて口を開いた。


「ここに住むにあたって私が要求する二つの条件。そのうちの一つとして、君たちにはとある依頼を解決してもらいたいんだ」

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