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プロローグ後編

正直時間が大丈夫か心配ではあったけれど、その後想定外のトラブルや悪ふざけをすることはなく、なんとか最終下校前に片付けを終わらせることができた。

教室の電気を消し、だんだんと日が落ちて夕焼けに染まった廊下を並んで歩く。


「お疲れ様」


「ありがとう、手伝ってくれて」


「ううん、いいんだよ、自分のクラスなんだし」


「確かにそれもそうか」


「そうそう」


コツコツと小気味のいい足音が誰もいない校舎の中で響く。

廊下から差してくる西日が、隣を歩く彼の綺麗な横顔を強調させていた。


「湯島くんさ、もし私が手伝ってなかったら、あの量の片付け、全部自分でやるつもりだったの?」


「まぁ、仕方ないし。手伝ってくれて助かったわ」


「お礼になんか奢ってくれてもいいんだよ?」


「あんま調子乗るなって」


そう言ってやれやれ、なんてしてみせる彼を見てなんだか嬉しくなる。普段おんなじ委員会で一緒に活動をする機会はあったけれど、今日みたいなやりとりをしたことはなかった。


(なんだかすごく楽しいや)


思わずニマニマと口元が緩んでしまう。それに気づいた湯島が訝しげにこちらを覗いてくる。


「、、どうした?」


「別に〜」


上機嫌で最後の階段を駆け降りる。降り切ったところで後ろを振り返ると不思議そうな顔をしながら階段を降りてくる彼がいる。


「湯島くんって電車?」


「あーうん、まぁ」


「そっか、じゃあ私自転車だから、バイバイだね」


「そうだね」


「じゃあまたね!お疲れ様」


「ん、お疲れ」


そういうと湯島は校門の方にスタスタと歩いていった。

それを見送った陽菜は自分の自転車を回収しにいく。

入学時に買ってもらったお気に入りの水色の自転車にまたがって、校門前から長く続く緩い坂道を下る。日が落ちて薄くピンクになった空が美しい。夜に染まり始めた空気が陽菜の肌の上をスルリと駆け抜けていく。


「はぁー涼しー」


しばらく坂道を下っていると、日ノ森のシンボルとも言える日ノ森神社の丘陵が見えてくる。癒しと元気をくれる日ノ森丘陵。その青々と茂った丘陵の中に色とりどりの光が灯っているのが見えた。

見覚えのない光に思わず自転車のブレーキを握る。あれはなんだろうか。よくよく見ると光は列をなしているように見える。祭り、だろうか。


(こんな時期だったっけ、祭りって)


去年の記憶が正しければもっと後だったような気もする。そもそも、日ノ森の祭りはあんなに色とりどりな光ではなく赤い提灯一色だったように思う。今目の前で光っているそれはどうしても去年見たものとは違う気がしてならない。一体なんなのだ。


一抹の不気味さを感じ取ってはいたが、あの光を目に入れた時から騒ぎ出してしまった好奇心が勝手に自転車を神社の駐輪場所に停めていた。

まぁ、お祭りだったら見て帰ればいいし、もし違ったらすぐ帰ろうと思い、陽菜は光の灯る方向へと足をすすめていった。


光は神社の横の少し外れた丘陵に入る道の方で光っていた。

どうしてあんなところから?

ちょっとしたお散歩コースとして陽菜も何度か来たことがあるが、一体誰が何をしているのだろうか。

あたりには誰もいない。夜の暗闇に足が少し竦んだが、それに勝る好奇心が陽菜の背中を押した。


暗闇をスマホのライトで照らしながら歩いていると、何やらお囃子とは違う陽気な音楽が聞こえてきた。初めて聴くような、それなのにどこか聞き覚えのあるような旋律が心地よい。万が一お祭りじゃなかったら困るので、少し木々に影を潜ませながら音のする方向へと進んでいく。


だんだんと人の声が聞こえてくると本当に祭りが開催されているのだと確信する。


「本当になんのお祭りなんだろう」


普段行くような夏祭りとは違う雰囲気の光と音楽に胸が高鳴る。きっともうすぐそこだ。

ぼこぼこした道を期待混じりに進む。


「え、、?」


視界がとらえたそれは確かにお祭りだった。しかし、道の先につづいていたものは山道でも木々でもなく、石畳の美しい綺麗な街並みだったのだ。あまりにも理解し難い情景にしばらく思考が止まってしまったが、陽菜の脳内で一つの答えが導き出される。


「もしかして、これってあの時の、、、!」


そう、何度も何度も夢に見た光景。最後は必ず温かい母の愛で包み込まれる幸せな夢。知らない世界の祭り。その光景が今、目の前にあるのだ。


「夢じゃ、なかったんだ、、」


喉が渇く、しかし頬は紅潮していた。

ただ目の前に広がる情景は何度も夢で見たあの街並みだった。緑色に光るランタンに少し変わった服を着た人々。

また来れるだなんて思っていなかった。


「、、、」


胸の前で軽く手のひらを丸めると、陽菜はその光景の中へ足をすすめていった。

ガヤガヤとなる音楽が、街並みが、進む足と共に不安を郷愁へと変えていった。そっと母の温もりとあの日の高揚感が胸を燻る。


「にしてもここ、どこなんだろう」


ゆっくり周りを見渡してみてもここがどこなのか皆目見当もつかない。こんな素敵な場所が日ノ森丘陵の中にあるのだとしたら、もっと有名になっていたっておかしくない。


「、、神隠し、だったりして」


不思議な道の先には不思議な場所が広がっていたなんてファンタジーの定番だ。そう思ったところでサッと血の気が引いていくのがわかる。まさかそんなことはない、と思いながらも心臓は強く脈打ち始めていた。帰り道は、まだ、あるだろうか。

止まって、そのままゆっくりと来た道の方へと体を向ける。


「あ」


眼前には見慣れた林道がしっかりと残っていた。


「はぁ〜、帰れないかと思った、、、」


力の抜けたような声が口から漏れる。帰れなくなる前に帰ろう。そう思い、緊張で少し震えてしまった足を軽く叩くと元来た道の方に歩き始めた。

まっすぐに林の奥に向けた視線が、空に浮かぶ光を捉えた。


「あれは、、」


あれは、あの日陽菜を母の元へ連れていってくれた、、

光はふるりと一度強く光ると林の奥へと消えてしまった。


「あっ、、!待って!」


つい声をあげ一歩踏み出した時だった。

先ほどまであたりに広がってた光景が幻だったかのように消えていってしまった。


「え、何?消え、、うわっ!?痛っ!」


急に景色が消えていったと思ったら今度は体を誰かに羽交い締めにされてしまっているようだった。


「なっえっ?!?!」


全く状況が理解できない。何が起きている?

とりあえず、誰か、誰か、、、


「誰か!!!!っ!!」


叫んだ瞬間舌打ちが聞こえると共にそのまま口を抑えられてしまった。しばらく腕の中で踠き反抗してみたがどうやら陽菜よりも力のある人物に取り押さえられているらしく逃げることができない。このままでは体力を奪われる一方だ。混乱した脳内でただ逃げなければと強く思った。


「ん゛ん!!!」


頑張れ私!こんなことで負ける私じゃない!


大きく意気込んでから、思い切って口を抑えるその手に噛みついてみる。くぐもったうめき声と共に陽菜を押さえつけていた手が一瞬緩む。

その隙を逃さず掴まれていた腕を払い除けて走り出す。

また捕まらないようにすぐさま落としてしまっていた鞄を抱えて走り出した。


はずだった。


茂みに向かって勢いよく踏み出した足に地面の感覚が伝わってこない。

原因不明の浮遊感だけが確かに感じられる。


(何これ、穴⁈)


ありえない仮説が脳内に浮かび上がる。何か間違えて動物の巣穴にでも落ちてしまったのだろうか。

しかしその思考が長く続くことはなかった。抗いようのない浮遊感と感じたことのない感覚に、陽菜の意識は遠くへと飛んでいってしまった。

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