表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

声(テーマ 時計の針)

作者: 遠物語

この作品はアプリ「書く習慣」に投稿したものと同一内容です。



 2020年代に生きるユウキという若者がいた。

 ユウキは21歳で、大学において、大学院に進もうか、社会に出て働こうか、迷っていた。


 迷ったまま、年末年始と時期をずらして実家に帰省した。2月のことた。


 実家の仏壇に線香を上げ、7年前の震災で亡くなった祖父の遺影を拝む。


(大学院に行っても、昨今はそれに見合った就職先があるわけでもない。さっさと働きに出た方がいいかもしれない。ただ、もっと大学で研究もしてみたい。)


 祖父は、かつて大学で教鞭を取り、研究もしていたので、相談してみたかった。

 研究室で崩れた建物の下敷きになってしまった祖父。大学の建物は古く、耐震化していなかった研究棟は脆くも崩れ、地震が夜間であったこともあって救助が遅れ、瓦礫から遺体が発見されたのは、実に震災から1週間後であった。


(じいちゃん。俺、どうしたらいいかな。)


 しかし、仏壇に手を合わせても、自分の頭が少し整理されるだけで、当然、亡くなった祖父と話ができるわけでもない。

 なにかインスピレーションが浮かぶわけでも、天の声が聞こえるわけでもない。

 ユウキは近くの神社に、遅い初詣に行くことにした。



 神社はそこそこ長い歴史があり、移転前を合わせると1000年前からあるらしい。

 しかし、移転したものなので、建物自体はそこまで古いわけでもない。


 平日の昼間のため、神社は誰もいなかった。


 無人の境内でガラガラと本坪鈴ほんつぼすずを鳴らし、手を合わせる。


「お願いがあります。」


 ボソッと、ユウキは呟いた。内心だけのつもりが、つい口から出てしまったのだ。


(まあいい。どうせ誰もいない。)


 そして、大学進学か、就職か、迷っていることをまた考える。


 答えは出ない。


(帰るか。)


 5分ほど拝んでいたが、埒が明かないので帰ろうと、境内に背を向けたときだった。


『お願いがあるんじゃないの?言わなきゃわかんないんだけど』


 声が、聞こえた。



 リズは、シミュレーション端末のオペレータだ。

 担当するコンピュータを使用した、シミュレータを操作している。


 大量のシミュレータを構築し、少しずつパラメータを変えて並行稼働させ、どのパラメータにしたらもっともいい結果が出るのか観察するのが目的だ。


 シミュレータは、設定した物理法則とパラメータからコンピュータ内部で計算を繰り返し、内部で一つの世界を構築する。


 しかし、リズ自身は操作といっても細かいことをしているわけではなく、上司の指示に従って何百台も稼働しているコンピュータを操作しているだけだ。コンピュータも仮想化しているため、そんなことをしていても、現実のリズの前には端末が1台あるだけだ。


 この仕事を初めて2年になり、退屈していたリズは、つい魔が差す。


 端末に、シミュレータハック用のソフトを入れたのだ。シミュレータはあくまでシミュレータでしかいないので、本来、パラメータに沿った計算を行うだけだ。しかし、このソフトは、リズと同じようにこの仕事に退屈し、しかし技術が有り余っていたプログラマーが作ったフリーソフトで、端末用のマイクでシミュレータ内部と話ができるようにするものであった。


(えっと、対象の時間を現実と同じにするために、一旦計算サービスを停止して、計算のスピードを「現実と同期」に設定してサービスを再稼働させる。)


 リズはマニュアルを見ながらたどたどしくソフトを入れ、シミュレータの設定を変えていく。


「よし、映った。」


 端末内のウィンドウに、単なる数字ではない「映像」が映る。本来コンピュータ内部で計算している粒子を画像として再構築したのだ。時間を現実と同期したので、内部も同じスピードで時間が流れている。

 これで、シミュレータ内に声を届けたり、内部の音を聞いたりできる。


 映像内でシミュレートされた生物が、よくわからない言葉を喋っている。


(おっと。言語の自動翻訳も設定しないと分からないや。)


 翻訳はフリーソフト側で設定があった。選択するだけであっさり理解できる言葉になる。


「おおー。なんだか感動。」


 リズは数日間、ソフトを入れた世界を眺めて暇を潰していた。


 そして、次の段階として、シミュレータ内部の生物に声をかけてみたのだ。


(「神社」という神様の家に来て、お願いしているんだし、他に生物もいないから邪魔も入らないでしょ。)


 「お願いがあります」と言いつつ、声に出さずに帰ろうとした生物――ユウキにマイク越しに声をかけた。


「お願いがあるんじゃないの?言わなきゃわかんないんだけど」



 周りを見回すユウキに、リズは更に声をかける。


「見回してもいないよ。」


『誰?・・・ですか?』


「神様みたいなものかな?」


 単なるオペレータであるリズは、それでも、シミュレータ内部の生き物ユウキに「神」と名乗った。


『え?マジ?』


「マジマジ」


 ユウキが慌てる姿を見て、リズはちょっと楽しくなってきた。


『え、と。お願いを、叶えてもらえるんですか?』


「まあ、今、暇だし。聞くだけ聞いてみようかな、と。」


 ユウキは改まって境内に向き直ると、言った。


『金ください。一生、働かなくてもいいくらいの大金。』


「え?金?」


『そう。お金です。』


 リズはシミュレータの計算を一旦停止した。これでシミュレータ内の時間は止まる。

 その間にリズは考える。


(シミュレータ内部の金。なんだっけ。検索して・・・。紙幣か。結構精密だな。粒子単位でコピーすればいくらでも出せるけど、これ通し番号が付いてるよね。コピーだと全部同じになっちゃうし、一つずつ変えていくなんて無理。粒子単位のシミュレータ改変なんてできないし。)


 リズは停止を解除した。


「お金は無理。札束、出せるけど、全部同じ札だから、君、偽札作った犯罪者になっちゃうよ。」


『え。・・・神様だからなんとかできないんですか?』


「無理。できることとできないことがあるの。」


『じゃあ、永遠の命とか。ずっと若いままでいたいです。そうだよ。神様に頼むならお金よりこっちだ。』


 また一時停止して考えるリズ。


(細胞分裂を繰り返す生き物を永遠に、とかできるのかな?テロメアとかいうのを操作する?この生物の若い頃のDNAデータを昔の世界から拾ってきて今のこの生物の細胞に入れてみる?いや、それ、粒子単位でどうやって操作するの?こっちはプログラマーでもDNA研究者でもない単なるオペレータだし。ムリムリ。)


 リズはひとしきり考え、また解除する。


「それも無理かな。きみの命は限りあるものとして元々作られている。」


 少し偉そうに言ってみる。


『・・・じゃあ、何ならできるんですか?』


「ていうかさ、さっき「お願いがあります」って言ってたじゃん。金とか永遠の命とかお願いしてたわけ?」


 ユウキはハッとした。


『死んだ祖父と話をさせてください。その、大学卒業後の進路相談がしたいので。』



 リズはサービスを停止した。


(死んだ祖父と話。話かぁ。どうしたらできるかな?)


 ソフトをインストールして、同期しているのはこのシミュレータだけだ。もう一つのシミュレータも同期させて、そちらのシミュレータの時間を、ユウキの祖父が生きている時間まで戻して同時再生し、音声をやり取りさせれば会話もできるだろう。

 しかし、元々暇つぶしのために始めたことだ。そこまでやりたくない。


(もういっそ、時間を戻して再計算して、声をかけなかったことにしようかな。)


 一瞬考える。


(いやいや、我ながら、飽きるのが早すぎでしょ。)


 リズは更に考える。


(このシミュレータを一旦この時間アルファで停止して、時間軸をユウキの祖父が死ぬ前ベータに戻す。私が話しかけ、未来の孫の相談に乗って欲しいと言って、話ができるならまた一旦停止し、アルファでユウキの声を端末で録音し、ベータで再生。その後、返事をアルファまでまた戻し、再生。これを繰り返せば、会話できる、かな?)


「よし。やってみましょう。祖父に話しかけて見て。」


『えっと、じいちゃん。聞こえる?ユウキだよ。』



(ベータ時間)


『突然、失礼します。』


 一人で大学の研究室にいたユウキの祖父――総一朗は、その声に驚いて周囲を見回した。


「・・・誰もいない?」


『突然、失礼します。今ちょっとお時間よろしいですか?』


(といっても、あなたはどんなに忙しくても、あと1時間くらい経つと地震で建物の下敷きになるから関係ないんだけどね。)


 リズにとって、ユウキも総一朗もシミュレータ内部の生物であり、現実ではない。特に関心はなかった。


「あなたは誰だ?」


『神様みたいなものです。未来のあなたの孫が、あなたと話をしたいと言っているので、繋いでみようと思うんですが、協力してくれますか?』


「神様?・・・というか、未来の孫?」


『ユウキという名前の人間です。』


「ユウキか!」


 総一朗は懐疑的であったが、イタズラにしては手が込んでいる。孫の話を大学でしたことはない。ユウキの名前が出てくることに驚いていた。


『ユウキさんは大学を卒業後の進路についてあなたと相談したいそうです。』


「・・・神様がなんでそんなことをしているんだ?」

『暇つぶしみたいなものです。』


 呆れた顔をした総一朗は、一瞬後に目をギラつかせた。


「・・・暇つぶしにワシを億万長者にしたり、若返らせたりして見る気はないか?」


『孫と同じことを言わないでください。どっちも無理です。・・・いいですか?』


「このまま電話と同じようにすればいいんじゃろ。構わんよ。」


 リズは、ユウキの音声を再生した。


『えっと、じいちゃん。聞こえる?ユウキだよ。』


「聞こえる。ユウキか、声が少し大人っぽくなったか。今いくつだ?」


(さあ、ここから大変だ。)


 リズは、ユウキと総一朗の会話を成立させるため、会話を録音してはシミュレータの時間軸をアルファとベータに交互に戻しつつ、録音・再生を繰り返した。


*(アルファ時間視点)


「今は21だよ。あと1年で大学を卒業するんだ。」


『おお。こちらではまだ中学生なのにな。もうそんな歳か。』


 神様と言うには威厳も何もないやり取りだったが、死んだ祖父と話ができていることにユウキは涙が出そうになった。


「じいちゃんは、元気?」


『ああ、元気だ。といっても、こんな時間にまだ働かないといかんのだ。大学勤務も楽ではないな。』


(こんな時間?)


 さらに、さっき祖父は「まだ中学生」と言った。つまり、この祖父は死後の祖父ではなく、過去に生きている祖父ということか、とユウキは思った。


 しばらく、雑談した後、本題に入る。


「それで、実は院に進むか、就職するか迷っていて。」


『お前は、どうしたいんだ。ワシが言うのも何だが、どっちも楽ではないぞ。楽ではないんだから、行きたい方、やりたいことをやるべきだ。』


「でも、就職は昔よりずっと厳しくなっていて、院を出ても働く先がないかもしれない。」


『それは、院に行った分を「取り戻せる」高給を貰える就職先がない、ということだろう。そんなところは、昔から少ない。研究なんてのは、だいたい報われないことが多い。そういう生き方だ。ワシはかなりマシな方で、博士号は取ったが、教授にどころか席も貰えずに細々と外部講師を続けている者もいくらでもいる。』


「じゃあ、就職したほうがいいのかな?」


『就職は、やりたい仕事があるのか?』


「いや、給料がそこそこで、ホワイトなところを探すつもり」


『ホワイト?どんな業種だ?』


「あ、ホワイトってのは、勤務時間とかがきっちりしていて、働きやすい場所って意味だよ。」


『働きやすい、か。やりたいこと、ではないか。』


「まあ、そうだね。」


『最初はそれでもいいが、数年すると、実際に「やりたいこと」であるかどうかを悩み始めると思う。ワシもそうだった。ワシは一旦民間で働いて、その後大学に戻ったのだ。結局、自分の人生、やりたいことがやりたい、とね。』


(じいちゃんも転職してたのか。勝手に大学からそのまま博士になったと思っていた。)


 ユウキは、生前に祖父の話をこんなに聞いたことがあっただろうか、と戻らない時間に、少し胸が狭まるような思いがした。


「そっか。結局、やりたいこと、か。」


『ワシはそう思う。人間いつ死ぬかわからんのだ。我慢して後からやりたいことをやろう、と言い聞かせても、明日があるとは限らない。後悔しても何も得ることはないんだ。』


(話ができて、良かった。)


「じいちゃん、ありがとう。もう一回考え直してみるよ。・・・神様にも感謝しないとね。」


『力になれたら良かった。これがどういうものか分からないが、元気でな。お前が大学生になったら今の話もできるのかな?』


「・・・さあ、どうかな。ところでさ、あの。」


『なんだ?』


 ユウキは、つばを飲み込んだ。声が、少し震える。


 話しながら、考えていた。


(もしかすると、アレが、できるのではないか。)


 SFでよくある、アレだ。


「こ、今夜さ。実は、月がすごく珍しい光り方をするみたいなんだ。星空がよく見える場所で、外で写真を撮っておくことをおすすめするよ。」


 リズは時間を停止した。



「! やりやがったアイツ!」


 リズは試しに、そこで会話を終了して、そのままシミュレータを再生してみる。


 総一朗はカメラを用意し、防寒着を着て外に出て、星を探している間に震災が起きたのだ。

 元々、震度の大きさの割に人的被害は大きくなかった地震であった。研究等は崩れたが、外に出ていた祖父は尻もちをついただけで済んだ。


 総一朗は死なないことになった。


 そのまま祖父が生きている状態で時間が進むと、高校生になったユウキは、本来行くはずであった大学ではなく、生きて祖父が教鞭を取っている大学へ進学してしまった。

 歴史はあっさりと変わってしまった。


 そうなると、ユウキは帰省も神社へも来ない。

 リズと話をすることもなくなった。


 ただ、ユウキは、総一朗の記憶にいるのみである。


 ユウキの悩みは、ユウキの存在ごと書き換えられたことになる。


 時計の針を無理やり戻し、更に書き換えた結果であった。


 ユウキは祖父と感動の再会はしない。そもそも死別しなかった事になったから。

 それが幸せかどうかは、分からない。


 総一朗はユウキの在学中に定年退職し、ユウキは大学院に進学したが、博士課程途中で総一朗が認知症になり、面倒を見るために休学することになった。

 それでも、もしユウキに以前の記憶があれば、「こちらの方が幸せだ」と言うかもしれないが、そのユウキはシミュレータの再計算によって消えてしまったのだ。



 見ているリズが、ユウキは満足だろうか、と小さな感傷に浸ることしかなかった。



 そして、リズもそんな感傷はすぐに忘れることになる。


「さて、お愉しみはここまでだ。」

「え。」


 リズの背後から、警備員を連れた上司が現れる。


「端末に変なソフトを入れて、シミュレータで不要な再計算を繰り返していたね。その再計算にもリソースを消費していることは理解しているかな?」


「え、いや、その。」


「まあ、再計算しているのはそのシミュレータだけだから、そこまで影響は大きくない。きみの給料からリソース消費分を差っ引けば、一回目だし、まあ大目に見ようじゃないか。」


「ひ。いや、その。私にも生活が。」


「大丈夫。全額一気にとは言わないから。ただ、しばらくきみの月給が半分になるだけだよ。」


 リズは減給処分となった。



 おしまい


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ