さなぎスプリング
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(ゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)
「イソちゃん、どうする?」
学校からの帰り道、並んで歩く飛田が言った。明日から、放課後に自由参加の補習が行われるという。飛田はそのことを言っているのだ。
「出るよ」
俺は答えた。高校三年生に進級したばかりの春。そんなに上の大学を狙っているわけではないが、塾に行かないのなら補習くらい出ておいたほうがいいだろうと思っていた。
「そっかあ」
飛田は言い、「イソちゃんが出るなら、おれも出よっかなあ」と呟いた。
「またか、おまえ。たまには自分で決めろよ」
苦笑しながら飛田を見る。飛田とは中学の時からいっしょだが、いつもそうなのだ。イソちゃんが行くなら行く、イソちゃんがするならする、判断はすべて俺任せだ。
「おまえ、本当、俺のこと好きだね」
普通に冗談のつもりで言うと、飛田は、はっとしたように大きな目をまんまるくして俺の顔を凝視した。飛田がそれ以外に反応を示さないものだから、妙な胸騒ぎがして、俺は聞いた。
「どうした」
「それだ!」
その言葉に食い気味に、飛田が言う。
「な、なにが」
その勢いに気圧されて、俺は少し身を引きながら尋ねる。
「イソちゃんと仲良くなってから今までずっと、モヤモヤしたりイガイガしたりジリジリしたり、おれ、なんか変だって思ってた」
飛田は言う。
「それだよ、イソちゃん。おれ、イソちゃんのことが好きなんだ」
俺は、飛田の顔から目をそらし飛田の向こうに見える夕焼けを見ていた。
「見ろよ。夕焼けきれいだな」
「イソちゃん、現実から目をそらさないで!」
飛田に肩を掴まれ身体を揺さぶられる。
「いや、だって。逃避したくもなるだろう」
俺は仕方なしに飛田に目の焦点を合わせる。
「想像してみ? おまえ、自分が男に告られたらどうよ」
「えー、イソちゃんに? あ、やばい。超うれしいかも」
飛田はにまにましながら、両頬を両手で押さえる。なんだ、その仕草。ちょっとかわいいじゃないか。
「ちがう。俺以外の、友だちだと思ってた誰かに」
「吉田に?」
飛田はクラスメイトの名前を挙げる。
「吉田でも島村でも誰でもいいよ」
飛田は少し考えて、「困っちゃうねえ」と、あっさりした口調で言った。
「おれも、夕焼け見ちゃうな」
飛田が言うものだから、
「だろ!? 夕焼け見ちゃうだろ!?」
共感者のテンションで応えてしまう。
「夕焼けきれいだね、イソちゃん」
「ああ、今日のは特に真っ赤だな」
俺と飛田は並んで夕焼けを眺める。こうして、ずっと現実から目をそらし続けていられたらどんなにいいか。しかし、飛田が俺の腕に自分の腕を絡ませ、俺を現実に引き戻した。
「もし、おれとイソちゃんが付き合ったらさあ、イソちゃんがおれを抱く? おれがイソちゃんを抱く感じ? おれ、どっちでもいいなあ、イソちゃんとなら」
飛田はのんびりとした口調で不穏なことを言う。付き合うイコール即セックスという、その考え方はいかがなものか。
「あ、でもおれ、どっちかって言ったらイソちゃんのこと抱きたいかも」
俺の意見を差し挟まず、飛田が自ら決めた事柄が、よりにもよってそれだ。
「もしその時がきたら、あのホテルへ行こうか」
そう言って、飛田は町外れにあるラブホテルの看板を指さした。小さいころ、なんの施設だろうと不思議に思っていた、謎の建物だ。ある意味、馴染みのある建物ではある。
「ちょ、待って、ごめん。こわい」
俺は今の正直な気持ちを口にする。
*
「発見! イソちゃん、まつげ超短い。かわいいなあ」
「こっち見んな」
放課後の補習。教室で俺の隣の席を陣取った飛田は、渡された課題のプリントに全く手をつけようとせず、俺のほうばかり見ている。飛田の視線に舐めまわされているようで落ち着かない。昨日の件で、飛田の頭のネジは何本かゆるんで落ちてしまったようだ。今日一日、飛田のうっとりとした視線を一身に受けていた俺は、いい加減うんざりしていた。
「先生、飛田くんが課題してません」
俺の言葉に、先生が飛田の課題プリントを覗き込む。
「あ、本当だ。真っ白じゃないですか。飛田くん、ちゃんとやろうね」
「ひどい、イソちゃん。課題やんなかったくらいで先生に言いつけるなんて」
「飛田くん。きみは一体なんのために補習に出ているの」
先生に呆れたように言われ、
「うーん、そうですね。愛のため……かな」
インタビューを受けているイケメン俳優のように落ち着いたトーンで答えた飛田は、わざわざ脚を組み直して、俺に渾身のドヤ顔を向けてきた。よくもそんな恥ずかしいことが言えるな。俺は飛田の頭を軽くはたく。
「スキンシップ!」
飛田は両手で頭を押さえ、自分に言い聞かせるように言った。
「これは! イソちゃんなりの! スキンシップ!」
「うるさい。もう黙っててくれよ」
なんだか泣きたくなった。俺は、飛田を無視することに決め、黙々と課題プリントをやっつける。
「飛田って、ゲイなの?」
どっぷりと日の暮れた帰り道、昨日から引っかかっていたことを聞いてみた。どんな言葉を選べばいいのか判らず、結局ストレートに聞いてしまった俺に、飛田は嫌な顔ひとつせず、「どうかなあ」と、にこにこしながら言った。こいつの、こういうところはいいと思う。いつも、にこにこしているところ。飛田は人当たりがいい、滅多に怒らない。きっと、飛田なりに各方面に気を遣ってはいるのだろう。
「小さいころとかは女の子を好きになったこともあるし、どっちもいけるのかも」
「ふーん」
飛田の横顔を眺める。俺たちの身長は、ほぼ同じくらいなので、横を向くと俺の目の高さにすぐ飛田の顔がある。飛田は、女の子のような顔をしている。それも、女の子の中でもかわいい部類の顔だ。学生服さえ着ていなければ、女の子に間違われることも珍しくはない。まつげだって長い。しかも、下に向けて一直線にただ生えているだけの俺の短いまつげとは違い、飛田のまつげはくるんと上を向いてくりっとした大きな目を縁取っている。実際、中学一年生の時、初対面で俺は飛田の顔を普通に「かわいい」と思ったのだった。しかし、飛田が学生服を着ていることに気づいた瞬間、神様を呪ったりもした。仲良くなってからは、そんなことは完全に忘れてしまっているが、時々、飛田の顔がものすごくかわいいということにふと気づくことがある。そういう時、俺は自分が飛田にどういう感情を抱いたらいいのかわからなくなる。
「うわああ!」
いきなり、飛田が叫んだ。
「知らんふりしてようって思ったけど、限界!」
飛田はその場でジタジタと足踏みをする。どうしたことかとこわくなり、俺は飛田から一歩身を引いて様子を見守る。
「イソちゃん、今おれのこと見てたよね?」
飛田が、大きな目をキラキラさせてこちらを見た。我に返る。いくら顔がかわいくても、飛田は男だ。
「見てない」
思わず言う。
「うそだ。見てた」
「見てない!」
飛田はにこにこしながら俺を見た。
「イソちゃん耳赤い。かわいいなあ」
飛田の顔から目をそらす。無言で少し歩調を速めると、
「イソちゃん怒ったの」
飛田が俺の学生服の袖を掴んだ。
「怒ってない」
俺は言う。怒ったような口調になってしまった。
「ごめん。イソちゃん、ごめんね」
飛田が泣きそうな声で言った。さっきまで笑っていたのに、なんでいきなり泣きそうになってんだ、と戸惑ってしまう。
「でも、おれ、イソちゃんのこと、本当に好きなんだ」
思わず、飛田のほうを振り向く。
「昨日気づいたばっかだから、なんかうれしくてテンション上がっちゃって。ごめん、イソちゃんに嫌な思いさせちゃったね」
そう言って、飛田はふにゃっと顔を歪ませた。だめだ、と思う。俺は、飛田のこんな顔を見たいんじゃない。飛田は、笑っていないといけない気がする。なんとなく。
「見てた」
どうしたら、飛田がまた笑ってくれるのかわからなかったので、俺は言う。
「見てたよ、さっき」
「イソちゃん、うそついたの?」
「うん、うそついた」
「そっかあ」
飛田はそう言って、袖を掴んでいた手をずらして俺の手にさわる。俺は特に抵抗はしなかった。飛田の横顔を盗み見ると、にこにこ、というか、明らかににやにやしていた。うわ、と少し引いたが、笑っていることにはちがいないのでほっとする。
俺は、飛田が俺に対してモヤモヤしたりイガイガしたりジリジリしていたなんて知らなかった。昨日、初めて聞いたのでそれは当たり前なのだが、自分に対してそんなふうに感情を動かしている人間の存在を知ってしまったら、それを無下にすることなんてできそうにない。なので、握られた手を振り払うことなんてできるはずもなく、そのまま飛田と手を繋いで帰ることになってしまった。飛田の手はふわふわとやわらかくて、しかもやたらとすべすべしていて、ちょっとドキドキしてしまう。
*
体育の時間、百メートルのタイムを計る。俺は、じゃんけんで負けて記録係になってしまった。ゴールでストップウォッチを持つ先生が機械的に読み上げるみんなのタイムを黙々と記録していたところ、飛田が転んで顔から地面にスライディングした瞬間をたまたま見てしまい、思わず、「うわ、こらー!」と叫んでしまった。
「顔!」
持っていたボードと鉛筆を放り出し、
「大丈夫か、飛田!」
コースに、うつぶせに転がったままの飛田に駆け寄る。
「おい、こら、磯、タイム!」
後ろから先生の声が聞こえたが構わず、微動だにしない飛田の身体をひっくり返した。
「うわー!」
俺は再び叫んでしまう。飛田の左のほっぺたに、痛々しく血を滲ませた擦り傷ができていたのだ。こんなのだめだ、と咄嗟に思った。飛田の顔に傷ができるなんて、だめだ。
「痛いよう、イソちゃん」
飛田が囁くように言った。薄く開いた飛田の目から、水みたいなものがこぼれた。涙だ。だめだ、とまた思う。おまえは泣いてちゃだめだろう、と我ながら無茶なことを思ってしまう。飛田にしてみたら泣きたい気持ちの真っただ中だ。
「そうだ、保健室」
俺は叫んだ。
「先生! 飛田くんを保健室に連れて行きます!」
「そうか、わかった。大丈夫か、飛田」
先生に頷いて見せながら、飛田はゆっくりと立ち上がり、すがりつくように俺の腕を掴んだ。飛田の歩き方がなんだか変だと思い、よく見たら両膝も盛大に擦りむいている。
「痛いよう、イソちゃん」
飛田は半泣きで言う。
「泣くな」
俺は無茶なことを言う。
「笑ってろ」
「笑うとほっぺが引っ張られて痛いんだよう」
そう言って、やはり飛田は泣いた。
「涙が沁みて痛いよう」
飛田は踏んだり蹴ったりな状況のようだ。
保健室で手当てをしてもらっている飛田を、俺はぼんやりと眺めていた。飛田の左のほっぺたには、大きなガーゼが貼りつけられてしまった。なんだか悲しい気持ちになる。
「顔に痕とか残りますか」
そう尋ねた俺に、
「心配性ね」
保健の先生は笑って言った。
「大丈夫。若者は代謝がいいんだから、このくらいの傷なんてすぐにかさぶたになって消えちゃうよ」
ほっとする。飛田を見ると、その大きな目と視線がかち合う。飛田の両膝には、先生の手によって、やはり大きな絆創膏が貼られた。
保健室を出ると、
「イソちゃん」
飛田は小さく言い、俺の体操服の腰の部分を掴んだ。
「大丈夫だって。よかったな、飛田」
俺が言うと飛田は、むふふ、と、うれしそうに笑う。手当てが終わって落ち着いたのか、元気になったらしい。
「イソちゃんさあ、おれの顔好きでしょう」
保健室を出て、廊下をゆっくりと歩きながら飛田が言った。まだ授業中なので誰もいない。
「なにを」
否定しようと言葉を探すが、いい言葉が見つからない。本当のことだからだ。本当のことだから、否定のしようがない。
「そうだよ」
俺はヤケクソな気持ちで答える。
「笑った顔が……かわいいと思う」
ぼそぼそ言う俺の手をやんわりと握りながら、
「おれも、イソちゃんの笑った顔好きだよ」
飛田が言った。
「おまえ、隙あらばさわろうとするな」
照れくさくなった俺は、話をそらすつもりで言う。
「好きだからね」
飛田は話をもとに戻してしまった。
「でも、イソちゃん嫌がらないよね」
嫌じゃないから、と、うっかり言ってしまいそうになり、慌てて口を閉じる。
「イソちゃん、もしかして、おれのこと好きかな?」
飛田は大きな目をキラキラさせて俺を見た。黙っていると、
「おれはイソちゃんのこと好き。イソちゃんとセックスしたい」
飛田はにこにこしながら言う。かわいい顔でなんてことを言うのだ、こいつは。
「おまえ、好きになったのが女の子だったら、相手にそういうこと言わないだろ。俺にも言うなよ」
「だって、イソちゃんは男だもん。おれと同じでしょ。気を遣わなくてもいいもん」
飛田は、あたりまえじゃんか、と言わんばかりの口調だ。
「女の子にこんなこと言うと引かれちゃうもんね」
「俺も引いてんだけど」
「うそ」
飛田は大きな目をまるくする。
「じゃあ、やっぱちょっと気を遣おうかな」
「是非そうしてくれ」
「ところで、イソちゃんはいつごろおれのこと好きになる予定?」
なんだ、その質問。思わず笑ってしまう。
「あ。イソちゃん、かわいい」
飛田がにっこりしたので、俺はうれしくなって言った。
「うーん、じゃあ、二年後くらい?」
「なんで二年後なの」
「二十歳になる年だし、区切りがいいだろ」
「なにそれ」
飛田は納得していない口調だ。俺もなんとなくで言ってしまったので、二年後、本当に飛田のことをちゃんと好きになっているのかどうかも自信がない。
「もうちょい早くなんない?」
「おまえ次第だな」
「そっかあ。がんばろ」
飛田はのんびりと言った。
「イソちゃんは、まだサナギだから、おれはイソちゃんが羽化するのをちゃんと待つよ」
「なんだそれ」
「ちょっと、いい感じの……ロマンチックなことを言おうとして失敗した」
飛田がそんなことを言うので、俺は楽しくなって笑ってしまう。
*
あれから、俺と飛田は真面目に補習を受け、同じ大学に進学した。結局、飛田は俺と同じ他県の大学を選んだのだ。その大学を選んだ理由が、案の定、「イソちゃんが行くから」だったので、俺は呆れてしまった。
地元を離れ、お互い一人暮らしをしているものだから、俺たちはしょっちゅうお互いの部屋で過ごしていた。大学に入ってから、飛田は俺に過剰に好き好き言わなくなった。いつかの言葉どおり気を遣ってくれているのかもしれないが、本当のところはわからない。だけど、大学に入って一年目のクリスマスをいっしょに過ごし、年末年始は地元でいっしょに過ごし、というか、イベントなんて関係なくだいたい毎日のように飛田といっしょに過ごしている。いくら仲のいい友人でも、ここまでいっしょにはいないだろう。まるで、恋人同士みたいだ。
大学二回生の一月、成人式に参加するため、地元に帰ることになった。帰省前に、俺と飛田は百貨店に新しいネクタイを買いに行った。スーツは入学式に着たものでいいとして、ネクタイくらいは新しいものを買おうということになったのだ。
「イソちゃん、おそろいにしよ」
飛田がかわいらしい笑顔で楽しそうにそう言ったので、素直におそろいのネクタイを選んで買った。飛田のこういう提案を素直に受け入れてしまえるくらいには、俺はもう飛田のことを好きになってしまっていたのだが、なかなかそれを伝えるタイミングがわからない。飛田もなにも言ってこない。もしかしたら、もう俺のことをそういう意味では好きではなくなったのかもしれない。そんな不安もあり、もたもたしていたら、あの日からとっくに二年が過ぎてしまっていた。
成人式は地元の公共ホールで行われた。友人たちとの再会をよろこび、町長のお祝いの言葉を聞き、式が終わると会場でひとしきり騒いだあと、俺と飛田はスーツのまま、コーヒーショップでなんとなくぼんやりとしていた。このコーヒーショップは、俺たちが高校を卒業してからできた店で、なんの思い入れもない。ただ、地元に帰るたびに物珍しさで立ち寄ってしまう。
「おれたちも、もう成人式を済ませて立派な大人になったわけだけど」
テーブルをはさんで向かいに座る飛田が唐突に言った。
「立派かどうかは疑問だけど。お互いに」
「まあね。でも、とりあえず、おれたち二十歳になったわけだけど、イソちゃんは、そろそろおれのこと好きになっただろうか」
「……うん、好きになったよ」
飛田の唐突な質問に、俺は虚を突かれ、だけど少しほっとしつつ素直に答える。
「そっかあ」
がっかりしたようなトーンで飛田は言い、コーヒーを一口飲んだ。そのあと、テーブルの上のソーサーにそっとカップを置き、「え、待って。イソちゃん、今なんて言ったの?」と、急にそわそわし始めた。
「好きになったよって」
「おれのこと?」
「うん」
「待って、いつから?」
「うーん、いつの間にか。気づいたのは結構前だったと思うけど」
そう言いながら、もしかしたら気づいていなかっただけで、初めて会った中一の時から実は俺は飛田のことが好きだったのではないかとも思う。いつから好きだったかなんて、わからない。あの日、飛田が言っていたように、俺は本当にサナギだったのだろう。だけど羽化した今、俺は飛田のことが好きだと自分でちゃんとわかっている。
「なにそれ。なんで好きだって気づいた時点で、そのとき言ってくんなかったの?」
「聞かれなかったし、あのとき、二年後って約束したから、まあいいかって」
照れ隠しにそう言うと、
「あれって約束だったの? じゃなくて、そんなの早く言ってくれたほうがよかったのに。早ければ早いほうがよかったのに。二年とかとっくに過ぎちゃってるし」
飛田は不満の声を上げる。
「うん、ごめん」
素直に謝る俺に、飛田はそれ以上文句を言うのをやめたようで、そのかわり、
「キスしていい?」
などと公共の場にふさわしくない要求をしてきた。
「急になんで?」
「だって、したいもん。イソちゃんおれのこと好きなんでしょ。おれもイソちゃんが好き。だから、キスしようよ」
飛田は必死な様子で早口に捲し立てている。俺は、キスをしてもいいくらいには飛田のことを好きになっていたので、やはり素直に答える。
「わかった。しよう」
俺の返事に、飛田は頬を赤らめてにまーっとうれしげに笑う。
「けど、ここではしないぞ」
「あ、うん。そうね。おっけー、大丈夫。わかってるよ。ここはコーヒーショップだ。キスをするところじゃないもんね」
飛田の言葉は混乱している。妙な言いぐさだが、間違ってはいないのがおもしろい。
「どっちかの家にでも行くか」
俺の提案に、
「どっちも実家じゃん」
飛田は不服そうだ。
「まあ、お互い帰省中だからそうなるな」
「実家はなあ。実家は親がいるから、ちょっと」
「まあな。実家だから当然だよな」
「あ、ねえ、じゃあ、ラブホ行く? あの、町の外れにある、お馴染みの」
いいこと思いついた! みたいなテンションで、飛田はとんでもないことを言い出した。
「え、あの?」
「そう、あの」
「ホテルはまだ早いよ」
幼いころから見慣れていたあの未知の建物に好奇心をくすぐられ、入ってみたい気も少ししていたが、飛田が暴走してもいけないので黙っている。それに、あのホテルが男同士で入れるものなのかどうかもわからない。
「ひとけのないところに行きたい」
飛田が唸るように言った。
「不穏なことを言うな」
「イソちゃんとセックスしたい」
「おい、キスはどうした。てか、思ったことを全部口に出すなよ」
「そう。わかってる。まずはキスから。それから、セックス」
「セックスはまだ早いよ」
「おれは二年以上待った。早くなんてない」
「それはごめん」
待たせてしまった自覚はあるので、俺は素直に謝る。
「でも、やっぱりセックスはまだ早い」
「わかった。イソちゃんの意見を尊重します。今日の目標はまずキスをすることです」
飛田は言う。
「同意します」
意見が一致し、俺たちはコートを着て、コーヒーショップを出る。
「どこでキスする?」
歩きながら飛田が言う。
「即物的すぎてこわいな、おまえ。性欲に支配されてんのか? 高校の時には、ちゃんとロマンチックなこと言おうとしてたくせに、サナギが羽化するとかなんとか」
「え、イソちゃんそれ覚えてんの? 恥ずかしっ。それは忘れて。でも、そうだね。どうせならロマンチックな場所でキスしたいね」
飛田は一拍置いて、「そうだ、海へ行こう!」と言い出した。嫌だな寒そう、と俺は思ったが、反対はしなかった。飛田がどうやらよろこんでいるらしいので、俺もうれしいのだ。
「なんか、思ってた海とちがう」
バスに乗って到着した海は、ロマンチックというよりも、漁業が盛んそうな海だった。海というよりも港だ。風も強い。
「でも、誰もいないね。結構いいよ、ここ」
飛田は言い、「見て。あっちのほうは砂浜があるっぽい」と歩き始めた。俺も黙ってついて行く。飛田が手を差し出して来たのでそれを握り、手を繋いで歩く。
飛田は砂浜に下りる階段を見つけると、「ちょっと砂のところまで下りよう」と、そのまま下り始めた。手を繋いでいるので、必然的に俺も下りることになる。
「俺、スーツに革靴なんだよ。嫌だなあ」
「おれもだって」
改めて風が強い。めちゃくちゃ寒い。
「すごい。本当に誰もいない」
飛田が言った。
「まあ、こんな寒い場所、誰も好き好んで来ないだろう」
「うん。だから、ちょうどいいね」
俺の言葉に、飛田はそう返す。飛田は俺の正面に立ち、俺の両手を自分の両手で握り、顔を覗き込むようにして、「イソちゃん、好きだよ」と、ささやくように言った。
「俺も」
ちゃんと「好き」と言葉にするのが照れくさくて、俺はそのひとことだけで意思表示をする。
飛田は少し笑うと、俺の唇に自分のそれを押し当ててきた。触れるだけのキスだ。目の前に飛田の茶色い目とくるんとした長いまつげが見える。ただ、ピントは合っていない。お互い目をあけているので、なんだか違和感しかない。
「なんで目あけてんの?」
唇が離れ、俺は疑問を口にする。
「イソちゃんの顔、見たくて」
飛田が言った。
「イソちゃんこそ、目あけてた」
「おまえがどんな顔してんのか見ようと思って」
「同じじゃん」
飛田は笑う。相変わらず、笑った顔がかわいい。
「もういっかい」
「うん」
甘えたように飛田が言い、俺は頷く。今度はちゃんと目を閉じて待つ。かさかさと触れた唇をこじ開け、ぬるりとやわらかい舌が侵入してくる。二回目はそうなるだろうと覚悟はしていたとはいえ、やはり少し身構えてしまう。飛田が俺の両手を強く握る。二回目のキスは、長く感じた。寒くて、冷たくて、だけど舌先だけがあたたかくて気持ちがいい。
「うれしい。すごくうれしい」
長いキスのあと、飛田が言った。
「うん」
俺はただ頷く。
俺たちは手を繋いで突っ立って、寒そうな冬の海を眺める。実際に寒いし、なんだか風がベタベタする。
「春だね」
飛田が言った。
「なに言ってんだ。まだ一月だぞ。めちゃくちゃ寒いし」
「一月から三月が春って決まりだから」
「それ旧暦だよ」
「イソちゃんがおれのこと好きになってくれたから、体感的には春なんだよ」
「そっか、じゃあ春でいいよ」
俺たちは、もう一度キスをして、冷たい鼻先をくっつけ合う。
「鼻水出そう」
「別にいいよ、イソちゃんのだから」
「気持ち悪いこと言うなよ……」
そう言いながら飛田の顔を見ると、驚いたことに泣いていた。
「泣くなよ、笑えよ」
俺の言葉に、飛田は涙を流しながら笑顔をつくる。
「イソちゃんは、おれの笑った顔、好きだもんね」
「うん、好きだよ」
飛田の言葉に、俺は今度こそちゃんと言う。
了
ありがとうございました。