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そして愛は突然に  作者: 志波 連
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「シェリー!」


 アルバートがシェリーに駆け寄った。

 すぐ横をすり抜けられたというのに、グルックは固まったように動かなかった。

 先ほどまで何の感情も浮かべていなかった王妃が、すっと和らいだ表情を浮かべる。


「アルバート……無事に終わりましたか?」


 王妃の問いにアルバートはシェリーを抱きしめたまま答えた。


「ええ、ご心配をお掛けしましたが、兄上のお陰で全て片付きました。母上の方はいかがでしたか?」


 フッと笑みを浮かべた王妃。


「あまり芳しくはありませんね。恐らくこの屋敷の中で無傷なのはエドワード殿だけでしょう。サミュエル殿もイーサン卿もかなりの深手を負ったようです」


「叔父上も?」


「ええ、イーサン卿はエドワード殿の手の者が治療を施していますが、サミュエル殿はまだ執務室だと思います」


「そうですか……執務室へは兄上が向かいましたので何とかするでしょう。それにしても廊下に転がっている死体の山は何なのです?」


 そう言ってアルバートはグルックに向き直った。

 グルックはへらへらと笑っている。


「最後の手札もやられてしまったからね。僕に残されているのは我が最愛だけだ。どうだ? アルバート殿、我らを逃がしてはくれないか? 僕は妻さえ取り戻せればそれでいいんだ。今後は一切手出ししないと誓おう。 どうだ?」


「ふざけるな。これだけのことをしておいて自分だけ逃げようとは」


「逃げるつもりは無いさ。彼女の現世での実家でもよいし、もともとの実家でも良いんだよ。とにかく失った時間を取り戻すだけさ」


 そう言うとグルックはいきなり腰に佩いていた剣を抜いた。

 シェリーを抱きしめていたアルバートは、一瞬対応が遅れる。

 グルックの剣は迷わずシェリーを狙っていた。


「止めなさい!」


 王妃が叫んだが、グルックは止まらない。

 

「もうお前も用なしだ」


 シェリーはギュッと目を瞑った。

 カキンという音がして、シェリーは恐る恐る目を開ける。

 グルックの剣を受け止めていたのはエドワードだった。


「すまん。サミュエル殿下の止血に手間取ってしまった」


 エドワードはグルックの体を剣ごと押し返し、シェリーとアルバートから引き離した。

 ソファーから立ち上がっていた王妃が二人の間に躍り出た。

 驚くグルックの体にしがみつくような態勢で動きを封じた王妃が叫ぶ。


「刺しなさい。私ごと刺すのです! 早く!」


 さすがのエドワードも一瞬迷う。

 その隙に王妃の腕を振り解いたグルックが、剣を繰り出した。


「死ね! お前は逃がしてやろうと思っていたが、邪魔をするなら話は別だ」


 鋭い剣先を跳ね上げたエドワードが、一気に間合いを詰めた。


「王妃殿下!」


 シェリーが叫んで、床に倒れた王妃に駆け寄ろうとした。


「触るな! 我が妻に触れるのは許さない!」


 グルックがそう叫んで、腰に刺していた短剣をシェリーに向かって投げた。

 それを跳ね飛ばそうとしたエドワードの切っ先が折れて、王妃の喉に突き刺さった。


「あっ……あああああああああああああ」


 喉から血を吹き出す王妃に向かって、グルックが駆け寄った。

 近くまで来ていたシェリーを跳ね飛ばし、血を流す王妃を抱き起こすグルック。

 突き飛ばされたシェリーは床に転がったまま、呆然としている。


「ああ……ああ……まただ……また奪われてしまう……」


 呻くようなグルックの声だけが部屋の中に響く。

 シェリーに駆け寄り抱き起こしたアルバートが、グルックを見て声を出した。


「母上から離れろ」


 ギロッとアルバートを睨むグルック。

 しかしアルバートは怯まなかった。


「どけっ! 母上は渡さない」


「お前に何の権利がある!」


「あるさ。むしろ僕にしかないだろう? 僕は息子なんだ。正真正銘の血縁者。お前はどうだ? 前世がどうだとか抜かしていたが、母上にその記憶はないんだ。お前のただの妄想だろう? そんなくだらないものに付き合わせやがって」


「妄想? 妄想だと? お前に何がわかる! あの悲しみが! あの苦しみが! お前なんかにわかってたまるか!」


 アルバートは一歩も引かない。


「分かる訳がない! 分かりたくもない。良いからそこをどけ! 早く止血を!」


 しかしグルックは王妃の体を離さない。

 エドワードは次の一手に備えて戦闘態勢を崩さないでいた。


「母上!」


 アルバートの叫び声に我に返ったグルックが、王妃の顔を見た。

 口から大量の血を吐き、すでに王妃はこと切れていた。

 王妃の死を確認したグルックが呟くように言う。


「一緒に行こうね。今度こそ一緒にいよう。絶対に離れないからね。安心しなさい」


 その目は常軌を逸していたが、なぜか慈愛に満ちていた。


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