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そして愛は突然に  作者: 志波 連
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 眉間に皺を寄せて肩で息をしているブルーノが部屋にいる全員の顔をねめつける。

 全員の中で一番の年長者であるサミュエルが口を開いた。


「すまん。緊急事態なんだ。ところで君は……なぜここに?」


 ブルーノは表情を変えずに返事をした。


「なんと言うか……虫の知らせですかね」


 アルバートが怪訝な顔をする。


「本当は?」


 ブルーノがふっと息を吐いた。


「連絡が来ました……父からです。バローナ国の皇太子が持ち直したそうです。例の薬が功を奏したようですが、如何せん症状が重たすぎた。ほとんど廃人のような状態だそうです」


 アルバートが聞く。


「義父上はバローナ国に?」


「いいえ、父は国王陛下に同行してグリーナ国に行っていますよ」


「グリーナにいる父上からバローナの情報が来たということか?」


「ええ、詳しい話をしても?」


 全員がソファーに集まった。


「まず、僕の知っていることを全てお話しします。父とミスティ公爵による中立派と貴族派の提携は完了しました。国王にそれを悟られないように、父は国王と共に行動をしているのです」


 全員が頷く。

 しかしどこか心ここにあらずという雰囲気だ。


「あれ? どうしました? もっと驚くと思ったのに」


 アルバートが意を決したように言った。


「シェリーが……攫われた。犯人は恐らくバローナの者だろう。彼女の命と引き換えにオピュウムを要求してくるのではないかと懸念している」


「姉さんが? 攫われた現場の状況はどうでしたか? 怪我をしているのでしょうか」


 シェリーがいなくなった後の部屋の状況をシュラインが説明した。


「なるほど……もしかしたら予定より早く動き出したのかもしれない」


「どういうことだ!」


 アルバートが声を荒げた。


「あの姉さんが大人しく連れ去られたということは、誘拐犯は相当な手練れだったのか、抗うことができない状況だったのかですよね。目撃者がいないなんて王宮で起こった事件とは思えないほど鮮やかだ」


「鮮やかという表現には多少思うところはあるが、その通りだな」


 サミュエルが苦い顔で言った。


「国王の動向を伝えに来たのですが、皆さんにとっては誘拐事件の方が重大なようですね。では、そちらの情報からお伝えしましょう。ただしこれについては未確認の要素が多いので、その点はお含みおきください」


「何を知っているんだ!」


 アルバートがブルーノに掴みかからんばかりの勢いで言う。


「皇太子殿下……いや、敢えて義兄さんと呼ばせていただきましょう。義兄さん、姉は多分無事です。姉は攫われた。これは事実ですが、連れ去ったのがヌベール辺境伯なら『保護された』と考えても良いでしょう」


「ヌベール辺境伯だと?」


 シュラインが暫し考え込んだ後、ポンと手を打った。


「ああ、復讐の狼煙を上げたか……遂に狼王と黒狼が動くか!」


「そういうことです。王妃殿下となる姉を傷つけないために保護したのでしょう。そして実行犯は、恐らく黒狼と……イーサン」


「イーサン? イーサン・シルバーか? でも奴は……」


 アルバートの疑問にブルーノが応えた。


「ええ、彼は大怪我を追って歩くのもやっとという状態だという認識ですよね?」


「違うのか?」


「彼は今ヌベール辺境伯のところで黒狼の影武者として存在しています。皆さんがイーサンだと思っている教会の男は替え玉ですよ」


「どういうことだ……しかもシェリーを連れ去っただと?」


 アルバートの顔色が一気に悪くなった。

 シュラインがそんな弟を気遣うように見ている。

 ブルーノはイーサンが徴兵に応じた時点から、全てを語った。


「母上が……母上はヌベール辺境伯の妹だったな……そしてわが父王が執心した女性は辺境伯の長女だ」


 シュラインが後を引き取る。


「私の母である側妃は次女だ。そしてミスティ侯爵夫人は三女」


 ずっと黙っていたキースが言葉を発した。


「ミスティ侯爵の跡継ぎもヌベール辺境伯の息子でしたよね……酷い話だな。全ての子供を王家絡みで失うなんて。辺境伯の跡継ぎはいるのですか?」


 ブルーノが答える。


「黒狼ですよ。エドワード・バローナ王子だった人です。現在のロナード・ミスティは黒狼の甥に当たります。ヌベール辺境伯の後妻となりロナードを産んだ女性が黒狼の妹君ですからね」


「エドワード? では彼はその辺境伯の養子になったのか」


「ええ、妹君が亡くなってから養子に入られましたよ。跡継ぎとしてね」


「複雑怪奇だな……辺境伯は三人の娘と一人の息子を手放して黒狼に後を継がせるということか? しかも長女と次女は非業の死を遂げて、三女も死の淵にいるなんて……同情すら差し出がましいほどだ」


 ブルーノが小さく息を吐いてから小声で言った。


「側妃殿は生きていますよ。そしてミスティ侯爵夫人もね」


 シュラインがギュッと顔を顰めた。


「どういうことだ?」


「彼女が賜ったのは毒杯ではなく、一時的に仮死状態にする薬物です。私が黒狼に依頼されて調合しました。彼女と替え玉が入れ替わり、棺に安置された後で助け出したのです。彼女の死を隠ぺいしたことを逆手に取ったということですね」


「それは辺境伯の指示か?」


 シュラインが低い声で言った。


「そうです。王宮でどんどん歪んでしまったとはいえ、実の娘です。狼王も人の親ということですよね。しかし、彼女はすでに廃人に近い状態です。心は死んでいる。でも親にとっては生きているという事実が重要なのでしょうね。彼女は今ヌベール領で穏やかに過ごしているはずです。そして姉さんもレモン嬢もね」


 アルバートが立ち上がった。


「情報過多だ……とにかくシェリーとレモンは無事なんだな?」


「ですから最初に申し上げました通り、確認できていません。でもこの誘拐は計画されていたことですし、これが起こったということは辺境伯が動き出したということです」


 サミュエルがブルーノの顔を見た。


「君は何処まで知っている? どこまで関わっているんだ」


「イーサンを遣うという王妃の計画に乗ったのは、お話しした通りです。そしてあまり表立って関わらなかったのは、情報を整理して状況を全ての状況を把握している人間が必要だと思ったからです。そもそも国王に敵対する者たちが、全く繋がりを持っていなかったことが混乱の原因です。まあ、行動起因はそれぞれ違いますから仕方がないのでしょうが、目的は同じなんだ。お互いに協力すべきでしょう?」


 確かにブルーノの言うとおりだとアルバートは思った。

 アルバートとキースが行動を起こした発端は、現王の横暴を止めたいがためだ。

 そのためにはオピュウムの掌握が必須だったし、王位を手に入れる必要があった。

 そしてシュラインとサミュエルは、戦争回避のために行動を起こしている。

 この場合も現王の退位は絶対条件だった。

 辺境伯の場合は一言で表現するなら『復讐』だ。

 その相手が現王というだけなのだ。


「一度整理しよう。シェリーとレモンが無事だというなら少しだが心に余裕もできた」


 シュラインが手際よく紙に相関図を描き出した。

 全員が黙って覗き込んでいる。

 書き終わったシュラインを見てブルーノが言った。


「完璧ですね。細かいところは別にしてもほぼこれで合っています」


「要するに三つのグループに命を狙われているということだ。わが父王は」


 わざとお道化たように言ったシュラインの顔色は青ざめていた。


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