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そして愛は突然に  作者: 志波 連
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 それから数時間後、約束通り辺境伯家の歴史が記載されている本が届けられた。

 その他にはこの地域の特産品や地形が解説されたものや、この地方に伝わる物語などが書かれたものまである。


「本当に何も隠す気が無いのね」


 シェリーは呆れたように言った。


「でも妃殿下、そもそも本になっているということは王宮の図書館にも所蔵されていたでしょうから、いまさら知られてもというところでは?」


「それもそうね。それにしても今頃王宮は大変な騒ぎになっているでしょうね」


「そうでしょうね。そういえばそろそろ皇太子殿下がローズ嬢と王妃殿下と共に戻られる頃では?」


「そうね。アルバート、焦ってるかしら」


「大パニックではないですか?」


「そう? 意外と冷静かも」


「殿下は妃殿下のことが大好きですもの。きっとみんなに取り押さえられるほど騒いでいると思いますよ?」


「アルバートが私を? ないないないない! 彼の心は今もローズ嬢にあるわ」


「それは違うと思いますけど? そう言うなら妃殿下の心も元婚約者にあるのですか?」


 二人きりというのもあるのだろうが、今まで誰にも聞かれたことがない質問を投げられたシェリーは焦った。


「そうねぇ……イーサンのことは大好きだった。彼以外と結婚するなんて考えたことも無かったわ。でも突然こんなことになったでしょう? 本当に悲しかったけれど、なぜか受け入れていったのよね……アルバートが無理強いしなかったから上手く気持ちを切り替えられたのかもしれないわね」


「今はどうですか? まだイーサン卿がお好き?」


「う~ん。嫌いではないわ。嫌う要素がないもの。でもあの頃と同じように愛しているかと言われると……ちょっと違うかなぁ。なんていうか……もう美しい思い出に昇華したかな」


「それを聞いて安心しました。今も愛していると言われたら、アルバート殿下に同情してしまいますもの」


「ふふふ。きっとアルバートは聞いても平気な顔をしていると思うわ。私たちの結婚は完全な政略結婚だもの。でもね、ローズ嬢と浮気していると疑ったとき心がとても痛かったの。自分でも驚いたわ」


「愛していたと気付かれたのですね?」


「そうかもしれないけど、もしかしたら自分の努力が無駄になることに対する怒りだったかも。いつの間にか皇太子妃という立場に執着していたのかもしれないと思うと、自分が怖かったわ」


「執着ですか……愛ではなく?」


「愛……愛ねぇ。好きか嫌いかと言われたら好きよ? そうね、愛かもね。私たちに恋をする期間は無かったから、燃えるような感情は無いけどね」


「なるほど。わかったような気がします。いきなり家族ですものね」


 シェリーは素直に感心するレモンを見てほほ笑んだ。


「昔ね、おばあ様に教えていただいたことがあるの。恋って実と終わるのですって。実らない恋はいつまでも美しいまま心に残るけど、成就した恋はそこから下っていくだけだと仰ったわ」


「深いですね。まあ私はまだ恋をしたことも無いのでよくわかりませんが」


 レモンが悲しそうな顔をした。


「レモン? 恋をしたことがないの?」


「ええ、憧れはありますよ。それはもうたくさん。でも恋焦がれるという感情はわかりません。告白したこともされたことも無いですし。だって怖いじゃないですか」


「何が?」


「拒絶されることですよ。自分は好きだと思っている人に拒絶されたら立ち直れそうにありません。そんな思いをするくらいなら好きにならない方が楽です」


「ではレモンは好きでもない方のところへ嫁ぐの?」


「貴族令嬢ってそんなものだと思ってましたが?」


「まあそうね。私もそうだし……結婚してから始まる愛もあるものね」


「ええ、憧れて遠くから見詰めているのが良いのです。下手に近寄ったら心臓が破れそうですもの」


 シェリーは少し意地悪な笑みを浮かべた。


「サミュエル様のこと?」


 レモンの肩が大きく揺れる。


「近衛騎士隊長は心から尊敬できる方です」


「恋愛対象ではない?」


 レモンは真っ赤な顔で俯いてしまった。

 シェリーはそんなレモンを微笑ましく見ている。

 その時いきなり開錠する音が響いた。


「女子トーク中に申し訳ないが、主がお会いしたいと言っている。ご足労願う」


 シェリーはきりっとした顔で言った。


「ドレスを用意しなさい」


「不要ですよ。主もほとんど同じような格好だ。気にする必要はない」


 覆面男は不敵な笑いでシェリーに腕を差し出した。


「さあ、エスコートの栄誉を。ゴールディ王国皇太子妃殿下」


 レモンの両脇には戦闘メイドだと紹介された女性が立つ。

 五人はゆっくりと廊下に出た。

 あれからイーサンの姿は見ていない。

 

「来たか」


 機能的だが背面や猫足に凝った装飾が施されているソファーから立ち上がった男がぼそりと言った。

 

「ヌベール辺境伯だ。挨拶をするとよい」


 覆面の男がシェリーの耳元で囁く。

 シェリーは毅然とした態度で背筋を伸ばした。


「そなたがヌベール辺境伯か?」


 すぐ後ろで覆面男がピリッとしたのがわかる。

 シェリーはその殺気をまるっと無視した。


「これは皇太子妃殿下。我が領へようこそ」


「別に来たくて来たわけでは無い。説明してもらおうか?」


 シェリーのすぐ後ろまで来ていたレモンが辺境伯に殺気を飛ばしている。

 不味いと思ったシェリーが口に出した。


「レモン・レイバート卿、控えなさい」


「はっ」


 レモンが一歩下がった。

 フンと鼻を鳴らしてヌベール辺境伯が口を開く。


「まあそう尖がらずに。どうぞおかけください。おい! 茶と菓子はまだか?」


 辺境伯の後ろで控えていた使用人がすぐに動いた。

 シェリーは鷹揚な態度で部屋を見回す。


「なかなか良い客間だわ。でも少し暑いわね。窓を開けさせなさい」


 辺境伯が頷き、覆面男が窓を開けた。


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