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そして愛は突然に  作者: 志波 連
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 シュラインの指示でレイバート家のタウンハウスを訪れた騎士が報告にやってきた。

 宰相執務室でそれを受けたシュラインとサミュエルは黙ったままそれを聞いている。


「ご苦労だったな。使用人たちにおかしなところは無かったか?」


「ええ、特には感じませんでした。普段から連絡もなく帰宅しないことも多かったようですし、まあそういう仕事ですしね」


「そうか……そうだな。ご苦労だった」


 シュラインの言葉を受けて退出していった騎士の背中を、見るともなく見ながらサミュエルが口を開いた。


「手掛かりも無し、連絡も無し。どういうことだ?」


 シュラインが努めて冷静な声を出した。


「そもそも生きてますかね」


 サミュエルがビクッと肩を震わせた。


「シェリーなら生きているだろうが、レモンなら……」


 執務室に重たい空気が流れた。

 二人の心痛に追い打ちを掛けるような音でドアが開く。

 息を切らせて駆け込んできたのはアルバートとオースティン、そしてローズの姿をしたキースだった。


「早かったな。王妃殿下は?」


「母なら自室に送りましたよ。グルック殿とミスティ侯爵が付き添っています」


「そうか……聞いた通りだ。すまん、アルバート、そしてオースティン……不覚をとった」


「どういう状況だったのですか?」


 アルバートとキースがソファーに腰を下ろす。

 オースティンは侍従の習性なのか、顔色の悪いままお茶の準備をしていた。


「わからんのだ。朝メイドが起こしに来た時には姿を消していた。残っていたのは血まみれの左手首だけだ。その手には……結婚指輪が嵌っていたんだが、シェリーの手ではない」


「なぜそう思われたのですか? 叔父上」


「剣タコが……あった」


 ティーポットがガシャンと音を立てた。

 しかし誰も咎めることなく、沈黙が流れる。

 アルバートが小さい声で言った。


「レモンがなり替わるのは僕が帰ってきてからでは無かったですか?」


「その予定だった。しかしレモンも帰宅していない。というより、レモンはここ数日家に戻っていない」


「最後に見たのは?」


「一昨日だ。いつものように私と庭園を散歩した。馬車まで送ったのだが……」


 オースティンが全員のお茶をテーブルに置いた。

 その手は微かに震えている。


「すまん、オースティン。私の失態だ」


 オースティンが引き攣った顔で答えた。


「お顔を上げてください。まだレモンと決まったわけではありませんし、なによりシェリー妃殿下の手ではないことが幸いでした。もしレモンだとしても……騎士という仕事を選んだのは本人の意志ですから……」


「オースティン……」


 アルバートが一人掛けの椅子を勧めて座らせた。

 ずっと黙っていたキースが声を出した。


「バローナでしょうか」


「何もわからない。ただ手首の側に黒髪が落ちていたという報告を受けた」


「黒髪?」


 アルバートとオースティンが同時に声を出した。

 キースが言う。


「バローナで黒髪は珍しくありません。ここゴールディでも我がグリーナでも皆無ではない。決定的な証拠にはなりませんね」


 シュラインが頷きながら言う。


「その道のプロなら出身国は関係ないかもしれないな。誰もに気づかれず女性を二人連れ出すとなると……複数犯だろう」


 サミュエルが口を挟んだ。


「それはまだわからないさ。例えば、一人を担ぎ、もう一人は自力で歩かせるという手もあるだろう? 担いでいる者の命を盾にすれば、従うしかなかったのかもしれない」


 再び部屋に沈黙が流れた。

 アルバートが顔を上げた。


「父上には?」


 シュラインが答える。


「報告はしたさ。少しだけ驚いた顔をされたが、とにかく見つけ出せと言われただけだ」


「驚いた顔……知らなかったのか?」


 アルバートの声にサミュエルが答えた。


「兄上はなかなかの狸だからな。どちらとも言い難いさ」


 その時ドアがノックされ、王宮医官が入ってきた。

 シュラインが声を出す。


「何かわかったか?」


 その場の顔ぶれを見て、話すことを躊躇した医官だったが、シュラインに促され口を開いた。


「あの手首は昨夜切られたものでは無いと思われます。恐らく数日前には切断されていたのでしょう。切り口はすでに軽微な腐敗が見られましたし、何より血液が少なすぎるのです」


 サミュエルが聞く。


「ベッドにはたくさんの血痕があっただろう? 流れ出たのではないのか?」


「その線も考慮しました。そうなると、逆に流れ出た血液の量が多すぎます。あれほどの失血をしたとしたら命にかかわっているはずです」


「ここで失血させて死体を運び出した?」


 シュラインの言葉にオースティンが頭を抱えた。

 アルバートがその肩を優しく支える。


「そもそもあれが人の血か……そこから疑って調査していますのでもうしばらくお待ちください」


「ああ、わかった。他には?」


「おおよその年齢は二十代から三十代。性別は女性。職業は騎士若しくは農民です」


「農民?」


「ええ、爪の間に土が入っていました。剣タコだと思われる皮膚の硬化部分は、鍬を使い続けた農民にも見られる特徴です」


「なるほど……ご苦労だった。また何かわかったらすぐに知らせてくれ」


 医官が退出すると、五人は顔を見合わせた。


「農民だと?」


 サミュエルの声が妙に響いた。


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