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そして愛は突然に  作者: 志波 連
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「そういえば前に花壇の配置を変えたって言ったでしょう? 今度は裏の雑木林をいじったんだ」


「そうなの? あそこの景色はとても気に入っていたのだけれど」


「少しだけさ」


 そう言うとブルーノは内ポケットから手帳を出した。

 シェリーからペンを受け取ると、開いた手帳に線を引き始める。


「ここが厨房の裏口だ。そこからまっすぐ行くと……」


「薪の貯蔵庫ね」


「よく覚えているね。その先に庭師の休憩所があっただろ?」


 ブルーノがどんどん線を書き加える。

 しかしそれは異国の文字だった。


『イーサンが消えた』


 シェリーは顔色を変えないように努めた。


「どうしてそんなことになっちゃったのよ」


「しょうがないじゃない。時々しか行かないんだもの」


「そのあたりの木は切っちゃうの?」


「どうしようか」


 二人の会話は取り留めも無く進んでいく。

 しかし手は全く別のことを書いていた。


『ヌベールと黒狼が動く』


 シェリーは暫し考えた後、口を開いた。


「庭師のブラックって奥様と娘さんが居たわよね。もう大きくなったのでしょうね」


「ああ、もう歩いているよ。まだ二歳にはなってないかな? ブラックが忙しいから可哀そうだよ」


「ブラックって忙しいの?」


「頻繫に出掛けているよ。苗の調達だ」


「そう……」


 ブルーノがさらさらと線を書き加えた。


『二人の居所は掴んでいる』


 シェリーが小さく頷いた。


「苗の調達って隣国まで行ったりするの?」


 ブルーノが肩を竦めた。


「まあ必要ならね。でもそこまでするかなぁ。余程珍しい花でも欲しいのか……今度会ったら聞いてみるよ」


「そう……体には気を付けるように伝えてちょうだい」


「わかった」


 ブルーノがお茶に手を伸ばす。

 シェリーもつられてソーサーを持ち上げた。


「そういえば、そろそろ僕も身を固めようかと思ってね。マーガレット・シルバー伯爵令嬢と結婚するよ。少し婚約期間が長くなってしまったけれど、いろいろ目途が立ったんだ」


「それはおめでたいわ。いつ式を挙げるの?」


「半年後。オピュウムの集荷が終わったら、畑の休眠期間に入るだろ? 来年は土地を休ませる年だから、比較的手が空くんだ。その時にね」


「来年は収穫が無いってことよね?」


「ああ、五年に一度畑を休ませる年に当たるんだよ。全て製薬して種は王宮の保管庫に保管してもらう。例年通りさ」


 王宮の保管庫という単語にシェリーは反応した。

 シェリーの顔を見てブルーノが小さく頷く。


「今年は当たり年だったから良い種が摂れそうだって父上が言っていたよ」


「そう……それなら安心ね」


 オピュウムはブラッド侯爵家だけが生産している薬草だ。

 酷い怪我を負った者や、強い痛みを伴う病状の者にとっては、まさに神のごとくありがたい薬といえる。

 ただし、その効果と引き換えに依存性が強く、きちんとした知識を有する医師の管理下でないと使えない。

 それを悪用すれば……


「オピュウムは守らないとね」


「ああ、我が家の使命だ」


 シェリーはフッと体の力を抜いた。


「結婚したらどこに住むの?」


「父上と母上が領地に引っ越しをされる予定だ。僕はタウンハウスを引き継ぐよ」


「爵位も引き継ぐの?」


「うん、父上はそう仰っているけど、僕は少し迷ってる」


「どうして?」


「まだあまり大きな責任は負いたくないというか? もう少し楽したいかなって」


 シェリーは吹き出した。


「あなたらしいけれど、いつまでも甘えていてはダメよ」


「うん、前向きに検討はするよ」


 笑いながらブルーノが立ち上がる。


「とにかくそういうことだから、姉さんはここで大人しくしておいてくれ」


「はいはい。実家のことには口を出さないわ。私も意外と忙しいのよ?」


「そうだよね。まあ、良い子にしていて」


 まるで年上のような物言いをしてブルーノは去って行った。


「ご姉弟で仲がよろしいのですね」


 入ってきた文官がシェリーに話しかけた。


「ええ、子供の頃からずっとあんな調子よ。どちらが年長者なのやらね」


 シェリーは肩を竦めて見せてから、執務机に座った。


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