２５
何組かのカップルが顔を寄せ合って話している。
こんな小さな仮面で表情を隠しているのに、誰なのか特定できないのも不思議だ。
そんなことを考えていたシェリーの前に、ワイングラスが差し出された。
「甘い方にしたよ。好きだっただろう？」
「そうだったかしら？ よくご存じなのね」
「そりゃそうさ。僕はずっと君だけを見て君だけを愛し、君のために覚悟を決めたのだから」
「どういうこと？」
「さっきも言っただろう？ 今は話せることが少ないんだ」
「叔父様とお兄様はご存じなの？ 私の弟も？」
「ご存じというより状況を見てそういう結論に至ったのだと思う。そして僕がやろうとしていることも察したのだろうね」
「全然わからないわ」
「うん、そうだね。君を巻き込むつもりは無かったんだ。でも少し状況が変わった。君に会いたいって叔父上に頼んだのも、本当は迷ったんだけど……君は真実を知るべきだと思ったんだ。君は聡明で優しい人だ。そして誰よりも強い心を持っている」
「そうね、私は強い女なのでしょう。生涯を共にと誓った夫に裏切られても平気な顔をしているほどにはね」
「裏切ってなどいない。そう見えるように仕向けたのは否定しないけど、君は信じてくれないの？」
シェリーはグラスを近くのテーブルに置いて、バラの君の顔を睨んだ。
「あなた……執務室で……不埒なことをしていたでしょう？」
「その現場を見たの？」
「見ていないわ。見ていなけれど……わかるわ」
「誤解だ」
「浮気者は皆そう言うと聞くわ」
「ははは！ それは恋愛小説の読みすぎだ。君が実家に帰る日だろ？ あれはドレスを仕立てて貰っていたんだよ。仮眠室にいたのは仕立て職人だ。もちろん男性だよ」
「噓よ」
「噓じゃないさ」
「あなたの部屋で真っ赤なドレスも見たわ」
「ああ、あのドレス？」
バラの君が視線をずらした。
シェリーも見る。
「あっ……」
ダンスの時に既視感を覚えた女性が、サミュエルにエスコートされながら近づいてきた。
顔を隠していた扇をたたむと、二度見するほどの厚化粧が月光に浮かんだ。
「ご無沙汰しております」
「あなた……」
「オースティン・レイバートでございます」
シェリーは盛大な溜息を吐いた。
バラの君がテーブルに置かれていたグラスをシェリーに渡す。
「再会を祝して乾杯しよう。叔父上も、オースティンも一緒にね」
四人はグラスを合わせた。
フッと息を吐いた女装しているオースティンが再び扇で顔を隠して低い声で言う。
「あら嫌だわ。オースティンだなんて。今はローズと呼んで下さらないと」
サミュエルが噴き出し、バラの君がクツクツと笑う。
「ああ、そうだったね。ローズだった。ごめんごめん」
シェリーは少し苛立った。
「どういうことなの？」
サミュエルがそっとシェリーの肩に手を置いた。
「せっかく君と夜会に来たけれど、僕はこの女性に心を奪われたようだ。一夜の恋を楽しむために二階に行くよ。ドアの取っ手に赤いバラが飾られている部屋だ」
そう言うとサミュエルはオースティンの腰を抱き寄せるようにしてその場を後にした。
呆然と見送るシェリーにバラの君が声を掛けた。
「僕たちも二階に行かないか？ どうやら僕の心は君の全てに引き寄せられているようだ。この痛みを取り払ってほしい」
目を見開くシェリーを抱き寄せ、これ見よがしに口づけをするバラの君。
周りのカップルが溜息を漏らした。
「さあ、美しい夜空の女神」
バラの君は呆気にとられるシェリーを抱き寄せて歩き出した。
