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そして愛は突然に  作者: 志波 連
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 冷めきったお茶を一口含んだシェリーが声を出した。


「でもなぜ私の印を?」


「王妃が君の名前を騙る可能性があるからね。皇太子権限だけで動かせることって意外と少ないんだ。絶対的に国王の最終承認が必要だからね。でも皇太子妃なら最終承認は王妃ってことが多い。宮廷費なんて最たるものだろ?」


「あっ……」


「それを阻止しないと、君が国費を浪費しているということになってしまう」


「なるほど、教育関連や孤児院、病院関係も確かに私の範疇ですわ」


「宮廷費だけでもかなりの額だけど、それらも合わせると年間国家費用の二割は超えるからね。それに、ここをズタズタにされてしまうと立て直すのに十数年かかる」


 シェリーは改めて自分に任せられていた仕事の重要性に身が引き締まる思いがした。


「本物はどこに?」


「それは私が預かろう」


 国王が名乗りを上げた。

 王妃でさえ知らない保管場所があるのだと聞いたことがある。

 ブラッド侯爵が口を開く。


「王妃殿下は何を望んでいるのでしょうな」


 サミュエルが続ける。


「王妃といえば女性の地位で言うなら我が国の最高峰だ。これ以上何を望む?」


 シュラインが真剣な顔で言った。


「私の母は、とにかく自分の血筋を王家に残したいという野望でしたね。その上であわよくば王妃の地位が欲しかった。でもそれらを全て叶えた王妃が望むとなると……」


 暫しの沈黙の後、シェリーが口を開いた。


「愛かもしれません。愛だけはお金では買えませんもの」


 サミュエルが驚いた顔で言う。


「愛だと? そんな不確かなもののために手中にある全てを投げうつというのか? 信じられんな」


 だからあなたは独身なのですよとシェリーは思ったが、口には出さなかった。

 国王が苦い顔をする。


「愛か。定期的な閨事と宝石やドレスを買い与えるだけではダメなのか? 時々ではあるが口にも出して大切だと伝えていたつもりだったのだがな」


「愛されているという肌感覚は女にしかわからないのかも知れませんわ」


「……面倒だな」


 国王の口から漏れた本音に、男たちは全員頷いた。

 

「思い付きですから、お気になさらず。もっとものすごい野望かもしれませんし」


 沈黙が流れた。

 その空気を破るようにシュラインが声を出す。


「報告では来月の中ごろには戻ってくる予定です。あと二週間というところでしょう。それまでにできる準備は進めます。叔父上はミスティ侯爵に探りを入れてくださいね。戻ってくることを知っていれば、連絡を取り合っているという証拠だ」


「承知した」


 全員が立ち上がった。

 この顔ぶれが全員揃うことはこの先無いかもしれない。

 そう考えただけで身が引き締まる思いがしたシェリーだった。

 

 それから数日後、サミュエルは既に動き出していた。

 今日は侯爵家を集めた王宮警備体制会議の日。

 必ず出席するように国王の名で通達を出してある。


「揃いましたか? 始めてもよろしいですか?」


 サミュエルがゆっくりとした口調で会議テーブルを囲んだ面々を見回した。

 全員が緊張の面持ちで小さく頷く。


「おや? ミスティ侯爵は?」


 ミスティ侯爵家の席に座っていた男が愛想笑いを浮かべた。


「申し訳ございません。義父は少々体調を崩しておりまして。私は養子に入りましたロナードと申します。私が侯爵位を継ぐことが決まっておりますので、どうぞご了承くださいませ」


 悪びれずに言い切った。


「体調が悪いなど初耳だな。ミスティ侯爵は健康そのものだと聞いていたがどうされたのか? ご容態はどうなのか?」


「流行り風邪で熱が少々高く、起きることが叶いませんでした。医者が申しますにはひと月ほどゆっくり養生すれば大丈夫とのことですが、何分にも高齢の身、大事をとらせたく存じます」


「そうか。では昨日聞いた話は誤報だったのだな」


「昨日聞いたとは?」


「ああ、近衛の兵を国境警備隊に伝令に出したのだが、ミスティ侯爵領を通過したときに侯爵ご本人に出くわしたと聞いたのだ」


「えっ! それはいつのことでございましょう?」


「昨日の朝戻ってきた時の報告だ。ミスティ侯爵領は早馬で三日ほどか?ということは長くてもそのくらい前だな。それで? 侯爵はいつから寝込んでいるのだ?」


「えっと……昨日の夜からでございます」


「近衛と出会ってすぐに馬を駆られたか。ご高齢の身ではさぞきつかっただろう。寝込まれるのも当然だな。しかしなぜそこまでして戻られたのだ? 何か変わったことでも?」


 ミスティ小侯爵がしどろもどろに答える。


「あっ……義母の具合が少々悪く……」


「なに? ミスティ侯爵夫人のお加減が悪いのか? それはいかんな。夫人には子供の頃から何かと気にかけて貰っている。良ければ見舞いに伺いたいので、ご都合を聞いておいてくれ。それでは始めよう」


 ブラッド侯爵ともう二人の侯爵は、一歳口を挟まず二人の攻防を見守った。

 王宮の警備は近衛が主となって受け持つが、それは城壁の中のこと。

 一歩外に出ると警備の管轄は第一部隊と第二部隊が受け持つことになっている。

 正門一帯を受け持つ第一部隊はエズラ侯爵家、裏門側の第三部隊はラックス侯爵家が担当していた。

 そしてブラッド侯爵家は内務を、ミスティ侯爵家は外務を担っている。

 公爵四家は基本的に中立派であることが従来のスタイルだった。

 それを最初に崩したのはミスティ侯爵家だ。

 その原因を作ったのは、今は亡き側妃であり、その側妃に阿ったのがこの場で身を小さくしている養子のロナードだった。


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