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異世界エルフにVRMMORPGをやらせたら大変な事になった

作者: 十日兎月



 異世界から来たエルフが俺の家に居候するようになってから、早二ヶ月が過ぎようとしていた。



「カンタロー! この丸いピンク、全然ふっ飛ばせないデス! どうしてふっ飛ばないデスカ!?」

「あー。そのピンクの悪魔、ストーン状態の時は無敵になんだよ。攻撃するならストーンが解ける瞬間を狙うしかないな」

「カンタロー! このネズミ、急に消えるデス! 魔法デスカ!?」

「『でんこうせっか』だな。二回連続で消えたように移動できんだよ。すばしっこい電気ネズミだが、それを使った時は隙ができやすいから、その時を狙え」

「カンタロー! この赤い帽子の子、変なビリビリした玉を打ったと思ったら、そのまま下に落ちちゃったデス! おバカな子デスカ!?」

「やめてさしあげろ。このキャラの復帰技は難しいんだよ。NPCとはいえ敬意を払え」

 目の前にいる異世界エルフの質問攻めに、ベッドに座りながらひとつひとつ答える俺。

 その異世界エルフが今一人でプレイしているのは、色んな有名キャラが大乱闘するゲーム(初代の方)なのだが、NPC相手に白熱していた。

 ちなみに異世界エルフが使用しているキャラは、異世界エルフと似たような姿の剣を持った奴だった。俺も小さい頃にレトロゲー好きの親父とプレイしていた時は、よくこいつを使ってたなー。

 なんて昔の事を思い出しながら、俺の部屋で相変わらずゲームに夢中になっている異世界エルフの様子をぼんやり眺めてる。



 エルフ特有のとんがった長い耳。

 腰まで伸びた金髪は照明の光に反射してキラキラと輝いており、まるで高価な装飾品のように美しい。

 装飾品という意味であれば、瞳もサファイアのような澄み切った碧眼で、見ているだけでどこまでも吸い込まれてしまいそうだ。

 他の部位も精巧品のように整っており、なにひとつとして無駄な部分がない。まさに、絶世の美少女という言葉を体現したかのような女の子だった。

 だが、忘れてはならない。見た目は高校生の俺と変わらない年齢に見えるが、実際は三百年近くは生きているという事。



 その名もニンフ。

 ある日突然俺の目の前に現れた、正真正銘れっきとした異世界の住人エルフだ。



 そんなファンタジーの塊みたいな存在のニンフが、俺の家に住むようになったのは今から約二ヶ月前。

 どこぞの未来から来た猫型ロボットのごとく、なんの前触れもなく俺の部屋のタンスから忽然と現れたのである。

 その時、部屋で漫画を読んでいた俺がめちゃくちゃ驚いたのは言うまでもなく、事情を訊こうにも出会った頃のニンフはまるでこちらの言葉が通じず、お互いめちゃくちゃパニックに陥ったもんだ。

 だが身振り手振りで意思を疎通させていく内に、どうやらニンフ自身もどうやってここに来たのかはわからないらしく、ましてや元の世界に戻る方法すら皆目見当も付いていない様子だった。

 そうして途方に暮れていたニンフを不憫に思ったお袋が、元の世界に戻れる方法が見つかるまで家に居候させる事になったっつーわけだ。

 しかし、お袋もよく信じたもんだよな。あくまでもその時は俺の推測に過ぎなかったのに、異世界だのエルフだって言う話をあっさり信じるなんて。これも年の功ってやつなのかね?

 そんなわけで、ニンフが俺んチの居候になってから二ヶ月近くが過ぎたわけだが、この期間に見る見る内に日本語が上達し、今では平仮名とカタカナだけなら問題なく読み書きできるくらい驚くほどのスピードでこちらの世界に慣れつつある。



 兎にも角にも記憶力がすごいのだ、ニンフは。

 この場合すごいのはニンフではなく、エルフという種族の方か。



 のちに聞けば、ニンフのいた世界のエルフは好奇心旺盛な狩猟民俗で、何かに興味を抱いたら他に一切目が映らなくなるほど集中してしまうのだとか。

 しかも狩猟民族なので、観察力や記憶力といった能力が欠かせず、そのため日本語の吸収力も早かったのだろうというのが、ニンフの言だった。

 という事は、今はまだ若干カタコトながらも、その内流暢に話せる日もそう遠くはないのかもしれない。

 それどころか、いつか漢字ですら俺を上回るスピードで習得しそうだ。ちょっとはその便利な能力を俺に分けてほしいくらいだぜ、まったく。

 まあ、そのおかげでこうして早く打ち解ける事も出来たし、お袋も日頃から「可愛い可愛い」と何度も口にするくらいめちゃくちゃ気に入っているし(何なら勝手に俺の嫁候補にすらしている始末だ。勝手に俺の嫁を決めんでくれ)、親父も親父で一緒にゲームをしてくれる家族が増えてくれて嬉しいとか言ってたし、とりあえず、今のところはこれと言った問題はない。

 というか、もうすっかりうちの家族として受け入れられているので、ニンフのいる生活が俺達のいつもの日常と化していた。

 いずれは元の世界に帰る日が来るかもしれんが、その時は笑顔で見送るつもりだ。

 やっぱ、本当の家族と一緒にいる方が一番いいもんな。

 だからそれまでは、ニンフに楽しい日常を過ごしてほしいと思っている。



 いつかこの世界で過ごした記憶が良い思い出として残ってくれるように──。



 なんて、絶対人に話せないような照れくさい事を考えていると、階下から「勘太郎かんたろうー」と俺を呼ぶお袋の声が聞こえてきた。

「なんかあんた宛ての荷物が届いたわよー。下りてらっしゃーい」

「あいよー」

 気怠げに応えながら緩慢に立ち上がると、ニンフがゲームを中断して、

「カンタロー? どっか行くデスカ?」

「ああ。荷物を取りにな」

「荷物? 何の荷物デスカ?」

「たぶんゲームじゃねぇかな。前々から欲しかったやつを頼んでおいたんだよ」

「ゲーム!」

 俺の言葉に、ニンフは瞳をキラキラさせながら勢いよく立ち上がった。

「ニンフも見に行くデス! 気になるデス!」

「別にいいけど、つか、ニンフってほんとゲームが好きだよな」

「あい! ゲーム大好きデス!」

 満面の笑みで頷くニンフ。

 そういえば、まだ日本語が話せなくて上手くコミュニケーションが取れなかった時も、身振り手振りでゲームのやり方を教えたら、めちゃくちゃ楽しそうにプレイしてたもんな。

 つまりゲームがあったおかげで今の良好を築けたようなもんだが、まさかここまでのめり込むとは思わなかった。

 まあニンフから聞いた話によると、あっちの世界はほとんど科学が発展していないらしいから、余計に珍しいのかもしれんな。

 そんなわけで、ニンフと一緒に階段を下りる。

 その間にもウキウキが止まらないのか、ピョンピョンとウサギのように階段を降りるニンフ。

 ついでに着ている白のパーカー越しに巨乳がブルンブルン揺れて眼福……じゃねぇや。目に毒だった。

 しかし、お袋の絶妙な服を選んでくるよな。ニンフが最初着ていた草みたいな服もコスプレ感があって良きだったが、今着ている白のパーカーも清楚感があっていいって言うか、ちょうどショートパンツから隠れるくらいに裾が長くてノーパンっぽく見えるのがまた男心を擽るっていうか、実にワンダフル!

 もしもこれでエッチなラブコメみたいなラッキースケベ的な展開があったら、さすがに俺の理性が保たんかもしれん。

 幸か不幸か、そういった展開はまだないが(お袋のガードが硬いせいもあって)、いつかそういう事になってしまった時、ニンフを悲しませるような真似だけはしないようにせんとな。

 それはそれとして、たわわに実った夢の膨らみからは目を離せないし、というより離したくないわで、うっかり階段を踏み外しそうになる。

 そんな俺をニンフが不思議そうに見つめてくるが、気にしないでほしい。この先もずっと純真(無防備とも言う)なニンフでいてくれ。

 なんてよこしまな事を考えつつ、階下に下りて玄関先に行ってみると、某密林のロゴマークが入った段ボール箱が置いてあった。

 さっそく俺の部屋まで持ち運び、改めて伝票を確認してみる。

「おっ。やっぱ前に頼んであったやつだ。えっと、カッターカッターっと……」



「θηΦδ」



 と。

 俺がカッターを見つける前に、ニンフが何かを呟いて段ボールの封を切ってしまった。

「カンタロー! 開いたデス!」

「お、おう……」

 開いたっていうか、開けたって言った方が正しいけどな。

「……ニンフ、今の魔法か?」

「あい! 風の精霊にお願いしたデス」

 ニコニコ顔で首肯するニンフ。

 原理はよくわからんが、ニンフはたまにこうして魔法を使う時がある。

 今のところはこういうちょっと困った時に魔法で手伝ってくれる程度なのだが、中には物騒なやつもあったりするらしいので、そういった魔法は緊急時以外は絶対使わないように厳しく言い付けてある。

 ちなみにその魔法なのだが、どうやら俺みたいな普通の人間には使えないらしい。

 なんでも人間には精霊という自然に宿る超常的な存在と対話する力がないらしく、人間がどれだけ努力したところで扱えるものじゃないんだとさ。

 まあ俺が魔法を覚えたところで、チンカラホイってな感じで女子のスカートを捲るくらい事しか思い付かないけどな。

 そもそも風の精霊とやらが俺の悪戯に協力してくれるかどうかもわからんが。個人的には男の子のスケベ心がわかる懐の広い精霊さんであってほしいもんだ。男心がわかる精霊さん募集中。

 ともあれ、ニンフにお礼を言ってから段ボールを開けてみると、中から二つのヘッドギアが入っていた。

「? カンタロー、これ、なんデスカ?」

「VRヘッドギアって言ってな、まあゲームをするのに必要なやつだと思ってくれたらいい」

「ぶいあーる? でもこれ、テレビに繋ぐ線がどこにもないデス」

「あー。ニンフが今までやってたのは、昔からある据え置き機とか携帯機だったからなー。親父はVRゲームに興味がない方だったし、俺もこの間十六歳になるまでは法律で買えなかったから、満を持してこのVRヘッドギアを買ったってわけだ」

「ほー。よくわからないデスが、カンタローはこれがあって嬉しい?」

「ああ、めちゃくちゃ嬉しいな」

「カンタローが嬉しいなら、ニンフも嬉しいデス!」

 言って、屈託なく破顔するニンフ。可愛い。

「でもこれ、どうして二つあるデスカ? 二つもいるデス?」

「どうしてもなにも、二つないとニンフと一緒にできないだろ」

 そう言うと、ニンフは太陽みたいに表情を輝かせて突然俺に抱き付いてきた。

「カンタロー! カンタローは優しくてすごく大好きデス! ニンフ、嬉しい〜!!」

「お、おう。そうか。そりゃよかった」

 特におっぱいの感触が。

 冗談はさておき(半分はマジだ)ニンフも普段は表に出さないだけで色々と溜め込んでいるものがあるだろうし、せめてゲームの中だけでも大いに発散してほしいと思ったのだ。

 特に外出に関しては、見た目の問題もあってなかなか難しいし、せめて家の中くらいはなるべく自由に楽しく過ごしてもらわないとな。

「それでカンタロー。これ、どうやって遊ぶデス?」

「ちょっと待ってな。今、準備すっから」

 そんなこんなで充電したり説明書を読んだりしながら準備を進める。

「よし、ダウンロード完了っと。充電も終わったし、これで遊べるぞ、ニンフ」

「わっふ〜い!」

 待ってましたとばかりに両手を上げるニンフ。

 ちなみに「わっふ〜い」というのはエルフ特有の喜び方らしい。ほんまかいな。

 それとも、エルフという種族は欧米人並みに感情表情が豊かなのかね? 少なくともニンフはかなり感情が表に出やすい方ではあるが。

「じゃあニンフ、それを頭に付けたらベッドで寝転んでくれ。本格的にゲームが始まったら、意識が架空世界に飛んじまうから」

「? よくわからぬデスが、カンタローはどうするデスカ?」

「ん? 俺は床で寝るけど?」

 さすがに二人一緒にベッドの上で寝るわけにはいかんしな。兄妹でもなければ恋仲ですらない男女だし。

 そう配慮しての発言だったのだが、ニンフに袖をクイクイと掴まれた。

「カンタローもニンフと一緒に寝るデス」

「いや、だから俺は床で……」

「カンタローもニンフと一緒に寝るデス」

「……………………」

 有無を言わせない気迫がそこにあった。

「ほ、ほんとにいいのか……? 俺と一緒のベッドなんてさ……」

「あい。カンタローと一緒がいいデス。カンタローと一緒に寝るデス」

「そ、そうか」

 そこまで言われたら断るわけにはいかない。



 据え膳食わぬは男の子の恥って言うしな!

 ニンフの事だから、絶対そういう意味で言っているわけじゃないだろうけどな!



「これが生殺しというやつか……」

「? ナカダシ?」

「なんでもない。ていうか、その言い方はやめておこうな。色々とヤベーから」

 よくわかっていないのか、上目遣いで可愛らしく小首を傾げているニンフをひとまず強引にベッドまで移動させる。

 それから俺もベッドの上に座ったところで、横にいるニンフにVRヘッドギアを手渡した。

「ほい、ニンフの分。ヘッドギアを付けたあとは大人しく横になれよ。二人一緒に寝れなくもないけど、そこまで広いわけじゃないんだからな」

 でないと外側にいる俺がベッドから落ちてしまう。壁側にいるニンフはどれだけ暴れても平気だろうが。

「あい。じゃあこうするデス」

 言って、ニンフは俺の片腕に抱き付いてきた。

「これでカンタローは落ちないデス。ニンフも安心してゲームできるデス」

 なるほど! それなら安心だね!

 たわわに実ったおっぱいの感触も最高だね!

「試練か……これは試練なのか……っ!」

「どうしたですカンタロー? どこか苦しいデス?」

「ああ、主に股間が……いやなんでもない。なんでもいいから早くヘッドギアを付けなさい」

「あい」

 言われた通り、素直にヘッドギアを付けるニンフ。

 それを見届けてから、俺もヘッドギアを装着した。

「じゃあ、あとは横にある丸いボタンを押すだけでオッケーだから。なるべく目は瞑っておけよ? 変に意識がある状態のままだと、金縛りみたいになるって話だから」

「丸いボタンを押したら、ニンフはどっか行っちゃうデス?」

「ああ、ゲームの世界にな」

「カンタローも行っちゃうデスカ? ニンフとはバイバイしちゃうデスカ?」

 と、ニンフが不安そうに俺を見つめてきた。

 あ、そっか。ニンフにしてみればVRなんて初めての体験だもんな。

 ちなみに俺は経験済みだが、正直子供向けみたいなゲームしかやった事がない。

 というのも法律で十六歳になるまでは旧世代型……とどのつまりゴーグル式のリアルに体を動かすタイプしかプレイできないように定められているのだ。

 なんでも、没入型のVRは青少年の情操教育に悪影響を及ぼす懸念があるとかなんとかで。

 詳しい事はよくわからんし、お偉いさんの考えている事なんて理解したいとも思わんが、何にせよ、この日が訪れるのをどれだけ待ち侘びた事か。

 特に今からやるVRMMORPGというジャンルは前々からやってみたゲームで、しかも空前の大ブーム真っ只中のソフトをダウンロードしてある。今からプレイするのが楽しみでならない。

 おっと。俺ばかりウキウキしている場合じゃなかったな。早くニンフを安心させてやらないと。

「大丈夫だって。ニンフのヘッドギアと俺のヘッドギアはリンクしてあるから。あっちでもまた会える」

「会える? カンタローとすぐ?」

「ああ。ほんとにすぐだ、すぐ」

 言いながら手を繋いでやると、ようやく安心したのか、ニンフはにへらと笑って、

「カンタローと一緒なら安心デス。ニンフ、カンタローと一緒にゲームするの、楽しみデス!」

「おう。俺も楽しみだよ」

 その会話を皮切りに、俺とニンフはVRヘッドギアの起動スイッチを押した。



 さあ、今から大冒険の始まりだ!



 ◇ ◆ ◇ ◆



 眼前に大草原が広がっていた。

 それはさながらアフリカのサバンナを彷彿させるほど果てしなく、地平線の彼方まで続いている。ちらほらと点在する樹木はさながらオブジェのようで、なんだか可笑しい。

 少し目線を逸らすと、遠くの景色に樹海を思わせるほど木々が密集している地帯があり、いかにも遭難しそうだ。

 そしてちょっと空を見上げれば、雲ひとつない蒼穹に見た事もないような鳥が時折飛び去り、まさに異世界と言った雄大な大自然がどこまでも視界を埋めつくしていた。

「おお……! これがVRMMORPG──『ブレイブファンタジーオンライン』か……!」

 と、思わず棒立ちになって感動に打ち震える俺。

 意識がVR世界に繋がってまだほんの少ししか経っていないのに、もうこの世界観にどっぷり浸りつつある自分がいた。



 ブレイブファンタジーオンライン。

 略してBFO。



 それがこのゲームのタイトルで、日本のみでの発売ながらも数ヶ月で五百万本も売れている超人気作だ。

 元々はMMOとしてではなく普通のRPGとして発売されていた国民的人気作だったのが、VRMMOとして新作が発表されるや否や、爆発的なスピードで話題となり、今や飛ぶ鳥を落とす勢いでブームとなっている。

 それは俺とて例外ではなく、ブレイブファンタジーオンラインが発表された時からずっとプレイしたくてウズウズしていた。誕生日が来るのをこんなに心待ちにした事はないってくらいに。

 そんなブレイブファンタジーの大きな特徴は、実写化と見紛うばかりの美麗なグラフィックもさる事ながら、多彩なジョブやスキルに、多種多様なクエストがある点だ。

 基本的には『ベスティーア』というファンタジー溢れる世界の中で、モンスターを狩って生活したり、傭兵として国家間の戦争に混じったり、ライバルと競ってランクを上げたりするのが主なプレイ内容だ。

 ちなみに初心者は、まずはモンスターを狩ってジョブレベルを上げたり装備を充実させるのが基本だ。

 というわけで、ひとまずは──

「ニンフと合流しなきゃいかんのだが、当のニンフはどこかなっと……」

 初期設定で俺の近くに来れるようにしてあったのだが、はてさて、どこにいるのやら。



「カンタロー!」



 と。

 キョロキョロしている内に、背後の岩陰から探し人であるニンフがひょっこり飛び出してきた。

 嬉々として両手を振りながら。

「おー、ニンフ。そこにいたのか」

「カンタローカンタロー! カンタローの言ってた通りデス! またすぐ会えたデス! ニンフ、すごく嬉しい〜!!」

 言いながら、欧米人さながらに熱く抱擁してくるニンフに「お、おう。それはよかったな……」と戸惑いがちに頷く俺。

 なんで困惑してるのかって?



 んなもん、ニンフがビキニアーマーっていうどエロい格好をしているからに決まってるやろがい!!



 いや、初期設定でビキニアーマーを選んでおきながら何言ってんだって感じなのだが、とりあえず俺の話を聞いてほしい。

 一応、ジョブの中にはニンフに合ってそうな狩人ってやつもあったのだが、元いた世界じゃ狩人なんてさんざん経験してるだろうし、せっかくVRMMORPGをやってもらうなら、新鮮な気持ちで楽しんでもらいたいと思って、あえてオーソドックスなウォーリアー職に選んだのである。

 しかし、こんな肌色成分多めになるとは。いやウォーリアー職を選んだ時にコスチュームを一度確認しているので、これにするとニンフがビキニアーマー姿になる事は重々理解した上で選んだのだが、まさかここまでエロティックになるとは思ってもみなかった。

 しかも姿形は現実のニンフそのままを完全に投影しているので、ビキニアーマー姿が余計際立っているというか、めちゃくちゃ凄い事になっている。それでいて見た目は超絶美少女なのだから、文句の付けようがないって感じだった。

 あと、マントが付いているのも地味にいい。腰に納めてある長剣も装飾が煌びやかで、容姿が派手なニンフにはピッタリだ。

 まあつまり、結局何が言いたいのかというと──



 美少女×エルフ×ビキニアーマー=最強!!



「我が生涯に一片の悔いなし……」

「? カンタロー?」

「いや、なんでもない。よく似合ってるぞニンフ」

「わっふ〜い!」

 と、ピョンピョンと両手を上げながら飛び跳ねるニンフ。

 その際に豊満なバストも胸当て越しにブルンブルン揺れて、いやー、実に良い眺めですねぇ。

 今のニンフを見て、現実世界にこんな超が付く綺麗な女の子が──まして本物のエルフがいるとは誰も思わんだろうなあ。だからアバターはそのままにしたってのもあるが、こうしている俺ですら夢でも見ているかのような気分になる。

 美少女金髪エルフとこれから一緒にゲームの世界で冒険できるなんて、普通に生きてたら絶対ありえない事だしな。テンションも有頂天ですわ。

 もっとも一番嬉しかったのは、ニンフ本人がすごく喜んでくれた事だけどな。

 ニンフと一緒にゲームをした事自体はあるが、さすがに年齢的な問題もあってVRはできなかったからなあ。こうしてやっと一緒に出来て喜びも一入ひとしおってやつだ。

 もっとも、コスチュームの件で怒られたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていたが。

 まあその時はその時で、アバターをチェンジすればいいだけの話なんだけどな。ウォーリアー職の中にはビキニアーマー以外のコスチュームもあるし。

 え? だったらなんでわざわざビキニアーマーにしたのかって? 俺が見たかったからですが何か?

 手を出せない事情もあって、こっちも色々と溜まってんすわ。だからこれくらいのスケベ心は許してほしい。よろしいでっしゃろ?

 なんて邪な事を考えていると、唐突にニンフが俺をじーっと見つめ始めた。

「ん? なんだニンフ?」

「カンタローはどうして仮面を付けてるデス? あとなんか真っ黒いデス」

「ああ、これか」

 言われて、俺は改めて自分のコスチュームの袖を引っ張って確認する。



 上下黒の服装に、顔にはカラスの仮面。

 腰の左右に携えてある武器は両方ダガーで、こちらも漆黒に染められている。まさに全身黒尽くめと言った格好だった。



「俺はアサシンにしたからな。きっと夜でも紛れやすいためじゃねぇかな」

「アサシン! カンタロー、アサシン! カッコいいデス!」

「おう。ありがとよ」

 アサシンの意味がわかっていて褒めてるのかどうかはわからんが。

 ちなみに俺のアバターもニンフ同様、顔や背格好などは現実そのままになっている。仮面はコスチュームに元から付属していたものではなかったのだが、身バレを防ぎたかったのもあって、無料のオプションを探して仮面を装着しておいた。

 アバターそのものを別人にする方法もあったし、大抵の人はそうしているのだが、俺はできるだけ現実そのままの姿でやりたい派なので、あえてこのままの設定でプレイしている。

 あと俺がアサシンを選んだ理由は、なるべくニンフの補助に回りたいと思ったからだ。

 アサシンなら小回りも効くし、いざとなればすぐニンフに駆け付けられるだけの早さもある。

 これならニンフが無茶な真似をしても早めに制する事もできるし、あっという間にモンスターなどにやられる心配もなく、存分に楽しんでもらえる事だろう。

 って、これじゃあ俺、完全に保護者目線だな。いや実際のところ、保護者みたいなもんだと思うが。

「カンタロー、これ、ゲームの中デス? ニンフ、ゲームのキャラになってるデスか?」

「ああ、そうだぞ」

「ほ〜。それでニンフ、これから何をするデス?」

「あー。それは俺も今どうしようかと考えてたところだったんだが……」

 言いながら、とりあえず宙にウィンドウを出現させてコマンドを操作する。中に初心者用のマニュアルがあった事を思い出したのだ。

「えっと、なになに? 『初めてプレイする際は、まずステータス画面を見て自分の特性を知ろう!』か」

 そんなわけで、アドバイス通り自分のステータス画面を開いてみる。



【カンタ:アサシン(レベル1)】

 HP50

 SP30

 力15(ジョブ補正+4)

 守備13(ジョブ補正+3)

 速さ18(ジョブ補正+20)

 運10(ジョブ補正+2)


 装備:ダガーナイフ(力+10上昇)

    漆黒の服(守備+5上昇)

    漆黒のブーツ(速さ+7上昇)


 技スキル:投擲

 特殊スキル:忍び足



 ほほう。これが俺のステータスか。

 マニュアルには現実の身体能力が反映されるとは書いてあったが、感想としては「まあこんなもんか」と言った感じだ。

「ふぉ〜。カンタロー、どうしてお名前が『カンタ』になってるデスか? あとジョブとかスキルってなんデス?」

「え、なんでニンフにも見えてんの?」

 あ、そっか。そういえばニンフとはヘッドギアでリンクしてるんだったな。

 だからニンフにも俺のステータスが見る事ができたのだろう。

「『カンタ』っていうのはハンドルネームだ。ほら、前にニンフがやったRPGも、自由に名前を付けられただろ? あれと同じ感じだ。本名でプレイしたくない時はこうやってハンドルネームを使うんだよ」

「ほ〜。でもニンフはどうして『ニンフ』デス?」

「あー。ニンフはそのままでもハンドルネームっぽいから勝手に『ニンフ』で入力しちまったけど、違う方がよかったか?」

「『ニンフ』でいいデス! でもカンタローは『カンタ』って呼んだ方がいいデス?」

「あー。できたらハンドルネームの方がいいけど……まあニンフが呼びやすい方が一番いいだろうし、別にカンタローでもいいぜ」

 下の名前だけで個人を特定できるとも思えんしな。クラスメートとかだと声でバレそうな気もするが、何百万人がプレイしているゲームで顔見知りと偶然出くわす確率なんて低いだろうし、会ったら会ったでその時考えりゃいいや。

「あい! カンタローって呼びます!」

「おう。で、ジョブっていうのは職業の事で、ハンドルネームの横に付いてるやつだ。ほら、俺の名前の横にあるだろ?」

「あるデス! アサシン!」

「ああ、アサシン。ちなみに暗殺者って意味な。それでスキルっていうのは、まあ簡単に言うと必殺技みたいなものだな」

「ヒッサツワザ? 魔法とは違うデス?」

「このゲームには魔法ってコマンドはないんだよ。そういう特別な能力みたいなのは全部スキルって事で統一されているな。技スキルとか特殊スキルとか」

「ふぉー。じゃあ、いっぱいスキルを使えばたくさん勝てるデス?」

「それができりゃ楽なんだろうが、そう都合良くはいかなくてな。SP……つまりスキルポイントってやつが無くなると、スキルも使えなくなるんだよ。ようはMPみたいなもんだな」

「セチガライ、デスな!」

「ああ、世知辛いな」

 ていうか誰に教わったんだ、そんな言葉。お袋か?

「つーかゲームだしな。初めてのプレイでそんな強めには設定してくれんだろ。パワーバランスが崩れかねんし」

「じゃあニンフも弱々デス?」

「一緒に確認してみるか? ほら、ニンフの視界の中に……この辺に『ステータス』って書いてある小さなアイコンがあるだろ? それ、指で押してみ?」

「こうデス?」

 言われた通り、宙を小突くように俺には見えていないアイコンを指で押すニンフ。

 すると、ニンフのステータス画面が目の前に開かれた。



【ニンフ:ウォーリアー(レベル1)】

 HP500

 SP40


 力210(ジョブ補正+12)

 守備205(ジョブ補正+10)

 速さ300(ジョブ補正+3)

 運120(ジョブ補正+5)


 装備:ショートソード(力+18上昇)

    ビキニアーマー(守備+10上昇)

    布のマント(速さ+5)


 技スキル:会心の一撃

 特殊スキル:気合い



「初期値、高過ぎじゃね!?」

 俺の倍以上はあるじゃん!

「なんでこんなに高く……あ、そっか。ニンフがエルフだからか。……え、エルフってこんな身体能力すげぇの?」

「? エルフはすげぇデスカ?」

「いや、むしろ俺が質問したいんだが……。エルフって人間よりもすごく力持ちだったり、めちゃくちゃ足が早かったりするのか?」

「ん〜。ニンフがいたところはカンタローみたいな種族はいなかったので、ニンゲンよりもすげぇかどうからわかんないデス」

「マジで?」

 ニンフがいた世界には、俺みたいな人間は存在しないのか。初耳だわ〜。

「じゃあ人間以外だったら?」

「亜人っていうのならいるデス。ドワーフとかマーメイドとかフェアリーとか」

「へぇ。じゃあそいつらよりはすごい感じ?」

「みんな、それぞれにすごいところ、いっぱいあるデスヨ。でもエルフは亜人の中でも魔法がすっごくトクイな方デス。あと体、けっこう強い方?」

「なるほどな。それが初期値に反映されているってわけか」

 しかしながら、序盤でこんなに高いとか普通にやばくね? 運営が見たらバグを疑いそうな数値である。

「あ、でもよく見たらSPは俺と大して変わらんな。まあスキルポイントなんてこのゲームの中でしか使わない単位だし、そりゃ低くて当然か」

「カンタロー。そのスキルってどう使うデス?」

「スキルの種類とその名前を言えば普通に使えるぞ。ちなみにその時は相手には聞こえていないから安心していい」

「あい。でもニンフ、まだ漢字読めないデス。どういうやつかもわかんないデス」

「あ、それもそっか。えーっと……」

 ニンフのステータス画面をタップしながら(ニンフのヘッドギアとリンクしているので、こういう真似もできる)スキルの説明文を読み上げる。

「まず技スキルの方は『会心の一撃』って言って、相手に1.5倍のダメージを与える能力だな。特殊スキルの方は『気合い』で、相手の攻撃を少しだけ軽減してくれるやつみたいだ。つってもニンフのSPだと両方一回ずつか、どっちか二回までしか無理っぽいな。覚えたか?」

「あい!」

「よしよし。あとはまあ、プレイしながら覚えていけばいいだろ。マニュアルを見ると最初は街に行って小金を稼いだり仲間を探したりするのもひとつの手みたいだが、せっかく外にいるんだし、ちょっくらモンスターでも狩ってみるか?」

「モンスター! スライムとかいるデス?」

「スライムって、あの水玉みたいなやつか? どうなんだろうなあ」

 あの大作RPGとは制作会社が違うしなあ。近そうなやつはいるかもしれんが。

「そういや前に聞いた事あるけど、ニンフのいた世界にはモンスターっていないんだよな?」

「あい。カンタローの世界と同じ、イノシシとかウサギとかそういう動物ならいっぱいいるデス」

「そっかー。じゃあ、これからどデカいモンスターと会ったらビックリするかもな」

 ニンフの中でのモンスターって、画面越しでしか見た事やつばかりだろうし。

 翻って俺とニンフがプレイしているのは、意識だけを架空世界に飛ばしたVRMMORPG──つまりリアルティーだけで言うなら、こんなに迫力のあるゲームは他にないだろう。

 なんなら俺もニンフ以上にビビるかもしれん。さすがにそんな姿を女の子に見せるわけにはいかんので、ニンフの前では絶対カッコ悪いところは晒すつもりは微塵もないがな!

「あ、でもあんな感じのやつはたまにいたデス」

「へー。どれどれ」

 不意にニンフが指差した方へ視線を向ける。てっきりクマか何かだろうと思って。



 ドラゴンがいた。



「ドラゴンじゃん……」

 一度言って。

「ドラゴンじゃん!!!!」

 二度目は大声で叫んでしまった。

 いやまだ遠くの景色にいるので、具体的な大きさまではわからないが、それでも完全無欠に見間違いようもなくあのドラゴンだった。

 しかもあれ、たぶんファイヤードラゴンだ。ネットでチラッと見た程度の知識(つまり具体的なステータスまでは知らない)でしかないが、確かあいつみたいに全身が赤かったはずだ。

 そのファイヤードラゴンが、なぜか俺達に向かって一直線に走ってきている。距離とあの速さからして、およそ四、五分もしたらこっちに到着しそうだった。

「つーか、なんでドラゴン!? ドラゴンってこんないきなり遭遇するようなモンスターじゃねぇだろ!! しかもこんな平原で!!」

 詳しく調べたわけでもないから、BFOの中じゃ割とありふれた出来事なのかもしれねぇけどさあ!

「カンタロー。なんですごく慌てるデスカ?」

「いやだってドラゴンだぜ!? 普通にビビるわ!」

「? でもニンフの村の人は、ふつうにみんなで狩ってたデスヨ。わっふ〜いだったデス」

「なにそれ怖っ!!」

 嬉々としながらドラゴンを狩ってたとか、ニンフのいた世界のエルフはどうなってんの!? 実は戦闘民族なのか!?

「と、とりあえず今は逃げるぞ! いくらなんでも相手が悪すぎる!!」

「あーい」

 と、緊張感のない声で元気よく挙手するニンフを連れて、急いでその場から逆方向に駆け出す。

「カンタロー。どこまで行くデスカ?」

「えっと──じゃあ、ひとまずあの岩場まで!」

 ここから全力で走って三分弱といったところか。あそこまでならファイヤードラゴンが来る前に到着できそうだし、身を隠すにもちょうどよさそうだ。

「カンタロー。あのドラゴン、なんか色々と書いてあるデス」

「か、書いてある???」

 なんのこっちゃと首を傾げて、すぐに「あっ」と思い付いた。

「ステータスの事か!」

 距離が縮まった事で、ファイヤードラゴンのステータスが表示されるようになったのだろう。ニンフに言われなかったらずっと気付かないままでいたところだった。

 そんなわけで、さっそく逃げながら背後に迫りつつあるファイヤードラゴンのステータスをチラッと確認してみる。



【ファイヤードラゴン:成長期(レベル30)】

 HP2000

 SP500


 力520

 守備450

 速さ390

 運200


 技スキル:炎の息

      火炎球

      バーストテイル



「強っ!!!!」

 予想はしてたけど、めちゃくちゃ強っ!

 つーか、あれでまだ成長期なんかい!

 今やっと把握できたが、あの時点で俺の高校の校舎と変わらんくらいのデカさだぞ!!

「カンタローカンタロー。あれ、倒せそうデス?」

「無理無理無理! 俺はもちろん、初期値が高めのニンフですら絶対無理!」

 むしろ俺なんて、羽虫のように潰される未来しか見えねぇ!

「でもカンタロー、あそこにいる人達はどうなっちゃうデスカ?」

「へ!?」

 言われて、改めて後ろを確認してみる。

 今までファイヤードラゴンばかりに意識が向いていたせいで気が付かなかったが、確かに二人組の人影が必死に逃げているのが見えた。

「ドラゴンに追われてる……?」

「カンタロー。あの二人、どうするデスカ?」

「どうするって、そりゃできたら助けてやりたいところだけどさ──」

 だが、さすがにドラゴン相手では分が悪いし、それにゲームを始めたばかりでこんなすぐにリタイアしちまうなんて、バカバカしいにもほどがあるぞ。

 などと忠告する前に、ニンフが突然立ち止まって、

「じゃあ、助けに行ってくるデス」

「は? いや助けに行くって……」

「行って来るデース!」

「って、人の話を聞けぇい!!」

 俺の制止をまったく聞かず、一直線にファイヤードラゴンの元へと疾走するニンフ。

 いやいやいや! 何考えてんだニンフのやつ!

 あんなん、一人でどうにかできるはずないだろ!

「ああもう! しょうがねぇなあ!」

 乱暴に頭を掻きむしったあと、俺も急いでニンフの後を追う。

 俺一人加わったところでなんの足しにもならんだろうが、それでも何かの助けになるかもしれん。だったら行かない理由はない。

 何よりニンフだけを戦わせに行かせて俺だけなんもしないなんて、男が廃るってもんだ!

 つってもゲームの中の話だから、あんま格好が付かないけどな!

 そうこうしている内に、ファイヤードラゴンに追われていた二人組の姿が視認できる距離まで狭まった。

 一人は弓を持ったオオカミ男風の人と、もう一人は盗賊っぽい格好をした猫耳の女性だった。

 見ていると、やっぱりファイヤードラゴンはあの二人組を狙っているように思える。素人考えだが、ドラゴンがこんな平原に突如として現れるなんて考えにくいので、あの二人君が何かやらかしたのではないだろうか。

 とか考えている内に、ニンフがファイヤードラゴンの近くまで肉薄していた。さすがは初期値が異様に高いだけあって、俺より断然早い。

 だが問題はここからだ。いくら初期値が高いからって、それよりもステータス値が高いファイヤードラゴンに敵うはずもない。

「一体どうするつもりなんだ、ニンフ……!」

 あんま無茶な真似をしなきゃいいが。

 なんて思っている内に、ニンフが剣を振り抜いたと同時に勢いよく跳躍して──



 そのままファイヤードラゴンの胴体に斬り付けた。



「どぅおええええええええええ!?」

 何してはりますのニンフはん!?

 いくらなんでもそれは猪突猛進すぎまっせ!?

 対するファイヤードラゴンはというと、予想通りというかなんというか、ほとんどダメージが入っていなかったようで、煩わしげに目を細めただけだった。

 だが動きを止める事だけはできたようで、不意にファイヤードラゴンが立ち止まった瞬間を見計らって、二人組が全力で俺の方──大木がある方へと駆け寄ろうとしていた。

 一方のニンフは、元は異世界で狩猟をやっていた事だけあってか、冷静にファイヤードラゴンから距離を取ったあと、剣を構えて相手の出方を覗っている。剣の扱いに慣れているのか、堂の入った構え方だった。

「はあはあ……! た、助かった……!」

「はあ〜。アタシ、もうダメかと思った〜!」

 と、俺のそばまで辿り着いた二人君が、息を乱しながらその場でへたり込んだ。



【ガイル:アーチャー(レベル14)】

【リコにゃん:シーフ(レベル12)】



 二人のハンドルネームとジョブを確認してみると、こんな感じだった。

 完全に初対面なので、ニンフみたいに詳しいステータスは確認できないが、ジョブのレベルからして俺達のような初心者ではないようだ。

「あのー、大丈夫っすか?」

「へ? ああ、うん。君、あの子の知り合い?」

「あ、はい。同じパーティーっす」

 オオカミ男の人に訊ねられて、素直に頷く。

「いやー、おかげで助かったよ。それも見ず知らずの人間のためにここまでしてくれるなんて……」

「あー。お人好しというか、人が困っているところを見ると放っておけないみたいで」

「にしても、すごいわよねあの子。まだレベル1なのに、いきなりファイヤードラゴンに突っ込むなんて。アタシには絶対真似できないわ……」

「というか、あの子、大丈夫かい? 君も初期ジョブのレベル1みたいだから、たぶん初心者だよね? さすがにファイヤードラゴン相手に初心者が立ち向かうのは……」

「それは俺も言おうとしたところなんすけど、その前に行っちゃって……。あの、みんなで一斉に戦うっていうのは……?」

「アタシらで? 無理無理! そりゃアタシら二人は君らよりもレベルは高い方だけど、それでもファイヤードラゴンには勝てないって!」

「だとしたら、なぜそのファイヤードラゴンに追われてたんすか?」

「それは……」

「僕達が、ファイヤードラゴンの卵を盗もうとしたから……」

 気まずげに目を合わせるリコにゃんさんとガイルさんに「卵を?」と聞き返す。

「でも、なんでまたファイヤードラゴンなんてヤバいモンスターの卵を……」

 むろん、レベルが相応に高いプレイヤーであれば別段不思議な話ではない。そういうクエストを受ける事もあるだろう。

 だがガイルさんとリコにゃんさんのレベルではさすがに無謀が過ぎるのではないだろうか。

「……ファイヤードラゴンの卵を取ってくるというクエストがあって、そのクエストをクリアすると特殊なアイテムが貰えるのよ」

「僕達はどうしてもそれが欲しくてね。寝ているファイヤードラゴンからこっそり卵を取るだけの依頼だったから、僕達のレベルでもなんとかイケると思ったんだけど……」

 しかし予想に反して、ファイヤードラゴンが途中で目覚めてしまったと。

「だから、ファイヤードラゴンに追われていたってわけか……」

 と。

 なぜファイヤードラゴンがガイルさん(オオカミ男風の人)とリコにゃんさん(猫耳の女性)を追いかけ回していたのか判明した、その瞬間だった。



 ファイヤードラゴンが唐突に咆哮を上げた。



「うおっ!? なんだ急に……」

 思わず耳を塞いで顔をしかめる俺。

 そんな俺の横でずっとへたり込んでいたガイルさんが突然慌てたように立ち上がって、

「まずい! ファイヤードラゴンがキレた!」

「え? キレた?」

「ああ! たぶん僕達を見失ったせいで……!」

 それって、ニンフがヤバいって事か!?

「あいつがキレるとどうなるんすか!?」

「それは──」

 とガイルさんが説明する前に。



 ファイヤードラゴンが、口から炎を吐き出した。



 あれは技スキル《炎の息》!?

「ニ、ニンフ!?」

 ニンフ目掛けて吐かれた《炎の息》に、俺は急いで駆け寄ろうとした直後、ガイルさんに手を掴まれた。

「よせ! 君まで巻き込まれるぞ!」

「けど、ニンフが……!」

「よしなよ! アタシらでも勝てないようなモンスターなのよ? それなのに、あんたみたいなレベル1の初心者が助けに行ったところで無駄死にするだけだって!」

 それは重々わかってる! これがゲームで、たとえ炎に焼かれたところで現実のニンフにはなんの影響もない事も。

 だからと言ってこのままにしておけるか! 仮にゲームだとしても、ニンフが焼かれる瞬間なんて黙って見れるわけないだろうが!

「すんません! 行かせてもらいます!」

「ま、待ってくれ!」

「待てないっす!」

「そっちの意味じゃなくて! あれ! あれを見てくれ!」

 ガイルさんに言われ、指差した方向へ視線をやる。

 そこはちょうどファイヤードラゴンの股下にあたるところで、その中で蠢く影のようなものが見えた。

 それは──



「ニンフ!? ニンフか!?」



 改めて凝視すると、間違いなくエルフ特有の長い耳が確認できた。間違いない、ニンフだ!

 おそらく、炎を吐かれる前にとっさにファイヤードラゴンの股下に避難したのだろう。

「すごいわね、あのエルフの子! ファイヤードラゴンが炎を吐き出すまで、ほとんど間もなかったはずなのに!」

「ああ、とんでもない身体能力と判断力だ。とても初心者とは思えない!」

 そりゃ正真正銘のエルフ……それも本物のドラゴンを狩るような種族だしなあ。

 しかも普通の初心者と違って、初期値もかなり高めだし。

 なんて正直に説明するわけにもいかない感想を抱いていると、股下に潜っていたニンフが剣先を真上に向けて、そのまま突き刺そうとした──が。



【ファイヤードラゴン(成長期)レベル30】

 HP1985

 SP470



「ダメだ! 全然ダメージを受けてない!」

 少なくともさっきの胴体よりはダメージが入っているようだが、ファイヤードラゴンを倒すには全然足りていない。これじゃあニンフの方が先にやられてしまう。

 だがニンフはそれでも諦めていないようで、今度は股下から尻尾に飛び移った。どうやら背面から攻撃を加えるつもりのようだ。

 だがファイヤードラゴンも当然ながら大人しく攻撃を受けるつもりはないようで、尻尾を荒々しく振ってニンフを地面に叩き付けた。



【ニンフ:ウォーリアー(レベル1)

 HP320

 SP40



 まずい! 今のでHPが大幅に削られた!

 焦燥に駆られながら、地面に転がったままのニンフに声を掛ける。

「ニンフ!」

 と、俺の声が届いたのか、ニンフがよろめきながらも立ち上がった。

 が、ファイヤードラゴンの怒りはまだ収まっていないようで、追撃を加えようと再び大きく口を開けて炎の球を吐き出した。

「技スキル《火炎球》!?」

 やばい! 炎の息よりも威力が高いって聞く技スキルだ!

 だというのに、ニンフは逃げるどころか、あろう事か剣を構え始めた。

「ニンフ!? 何やってんだ!?」

 通常の攻撃だけで200近くもダメージを喰らったんだ。その上《火炎球》なんて大技を喰らったら、今のニンフのHPだと確実に耐えられんぞ!?

 だがニンフがそんな事を知るはずもなく。

 いや、たとえ知っていたとしても逃げる気なんて毛頭ないと言わんばかりに、ニンフは何か小声で呟いたあと、炎の球に突っ込んでいった。

「ニンフーっ!!」

 炎の球に全身を包まれるニンフ。

 今度こそもうダメだと、絶望感に苛まれながらニンフのHPを確認してみると、



【ニンフ:ウォーリアー(レベル1)】

 HP10

 SP20



「かろうじて生き残った……!?」

 なんであれをまともに受けたはずなのに耐えきれたんだ……?

 その秘密はSPにあった。

 よく見ると、SPが半分減っていたのだ。

「そうか。特殊スキル……!」

 特殊スキル《気合い》。

 効果は相手の攻撃を少しだけ軽減させるスキル。

 つまるところニンフは《火炎球》の直撃を受ける前に特殊スキルの《気合い》を使っていたのだ。

 つっても、ほとんど虫の息。爪先が掠っただけでもアウトの域だ。

 そんなギリギリ状態のニンフが、炎を掻い潜ってファイヤードラゴンに突っ込もうとしている。

 確かに今なら大技をかましたあとで隙が生まれているが、どのみちニンフの攻撃力では決定打にはならない。

「どうするつもりだニンフ……!」

 と、瞠若する俺をよそに、ニンフは勢いよく跳躍して──



「βΠΩ!」



 ニンフが聞き慣れない言葉を発したあと、剣を袈裟斬りに放った。

 直後、それまでニンフの攻撃を受けても平然としていたファイヤードラゴンが、ここに来て苦しそうに叫声を上げた。

 一体何があったのかと、急いでファイヤードラゴンのHPを確認してみると、



【ファイヤードラゴン:成長期(レベル30】

 HP1580

 SP400



「! HPが400近く減った……?」

「すごっ! 何あのエルフの子! いきなりダメージが通ったわよ!?」

「ああ。レベル1なのに、どうなっているんだ!?」

 俺と同様、ファイヤードラゴンのステータス表示を見て驚愕を露わにするガイルさんとリコにゃんさん。

 一方の俺は、ファイヤードラゴンからニンフのステータスへと視線を移す。



【ニンフ:ウォーリアー(レベル1)】

 HP10

 SP20


 力840(ジョブ補正+12)

 守備205(ジョブ補正+10)

 速さ300(ジョブ補正+3)

 運120(ジョブ補正+5)



「ニンフの力がめちゃくちゃ上がっている……?」

 どうしてまた、レベルも上がっていなきゃスキルも使っていないはずなのに。

 そこまで考えて、ニンフがファイヤードラゴンに斬り付ける直前の言葉をハッと思い出した。

「そうか、魔法……!」

「え、魔法? このゲームにそんな機能はなかったはずだけど……」

「ああいえ、なんでもないっす。ただの独り言っす」

 首を傾げるガイルさんに、すぐさま訂正を入れる。

 もっともガイルさん達に魔法の件を話したところで信じてもらえるとも思えないが。

 それはともかく、ニンフの力が急激に上がった理由がわかった。なんの魔法かは知らないが、ファイヤードラゴンを斬り付ける前に魔法で腕力を上げたのだ。

 アバターの方ではない、現実にいる方のニンフの体を。

 身体能力がそのままパラメーターに直結するゲームではあるが、まさかこんな裏技があったとは。

「魔法が使えるニンフならではだな……」

 今度は自分にしか聞こえない小声で呟きつつ、ニンフの動きを注視する。

 今度は脚力を上げる魔法でも使ったのか、今までにないスピードでファイヤードラゴンを翻弄していた。

 あれからすぐにやられる心配はないだろう。

 にしても、そんな方法があったのなら最初から使えばよかったのに、なんでそうしなかっんだ?

「あ、そっか。俺や親が緊急時以外は危険性な魔法は使うなって言っていたせいか……」

 だから今まで肉体強化系の魔法は使わずにいたのだろう。本当に危なくなるまでは。

 これからゲーム内だけなら多少の魔法はオッケーという案も考慮すべきかもしれんな。中には肉体強化系以上に危険な魔法もあるかもしれないので、そこはちゃんと相談して決めた方がよさそうだが。

 それはともかく。

 現状、どうにか持ち堪えとはいえ、ニンフとてちょっとでも攻撃を喰らったら一発でアウトだ。状況的には未だニンフの方が厳しい。

 なんでもいい。何かファイヤードラゴンを一撃で倒す方法があれば……!

「あの、すんません! 何かファイヤードラゴンの弱点って知らないっすか!?」

 突然の質問に、ガイルさんとリコにゃんさんは互いに顔を見合わせて、

「弱点って、僕は知らないけど、君は?」

「あー。うっすらとだけど、後頭部が弱点とは聞いた事があるような……通常の三倍の威力でダメージが通るとかなんとか」

「マジっすか!?」

「いやでも、あやふやな記憶だし、そもそもドラゴン種の後頭部を狙うなんてそうそうできるもんじゃないわよ? 現にあのファイヤードラゴンだって、エルフちゃんの攻撃を受けてダメージを負ってから、すごく警戒するようになっちゃったし」

 確かにリコにゃんさんの言う通り、あれからファイヤードラゴンはニンフの剣撃を避ける回数が増えたように見える。ただでさえHPがギリギリで慎重になっているというのに、あれではニンフも迂闊に手を出せない。どうにかファイヤードラゴンの攻撃を回避しているだけでも精一杯と様相になっていた。

 なんとかならないのか、なんとか……!

「待てよ……?」

 慌てて自分のステータスを確認する。

 そして天啓のようにとある案が浮かんだ。この状況を打破する勝利の道筋を。

「俺、ちょっと行ってくるっす! 貴重な情報、ありがとうございました!」

「ちょ! 君!?」

 ガイルさんの呼び止める声をスルーして、ニンフの元へと全力で急ぐ。

 奇しくもニンフが俺にした事とまったく同じ真似をしちまったなと苦笑しながら。

 そしてファイヤードラゴンにある程度近付いてきたところで、俺は特殊スキルを発動させた。



「特殊スキル《忍び足》」



 スキルを発動させたと同時に、それまで聞こえていた疾走音が無になった。芝生を踏む音すら、絶無と言っていいほどに。

 それだけじゃない。心なしか、呼吸や心臓の音まで聞こえなくなったように感じる。

「《忍び足》は気配を消すスキルとは説明文で読んだが、これはスゲェな……」

 これならファイヤードラゴンに気付かれる心配もないだろう。まさに忍者にでもなったような気分だ。

 そんな忍者のような気配の無さで、こっそりニンフに近寄る。ファイヤードラゴンとの攻防に巻き込まれないよう、細心の注意を払いながら。

 そうして、ニンフがファイヤードラゴンとの距離を取りながら相手の出方を窺っていたタイミングを見計らって、

「ニンフ! 聞こえるか!?」

「! カンタロー!?」

 ニンフが俺の方を振り向く。一方、ファイヤードラゴンも今ので俺の存在に気付いたらしく、ギョロリとこっちに鋭い視線を向けてきた。

「……ちっ。やっぱ声だけは向こうにも聞こえちまうのか。ニンフだけだったら都合がよかったのに」

 まあ《忍び足》の効果で声すら届かないよりはマシだが。

「カンタロー! いつの間にいたデス!?」

「悪い! そのへんの説明はあとにしてくれ! 今は時間がない!」

 なんせ、いつファイヤードラゴンが俺に牙を剥いてくるかわからないからな。そうなったら俺もタダじゃ済まない。というより避けれる自信がない。

「俺が一度だけファイヤードラゴンの注意を逸らすから、ニンフはその隙を狙って後頭部に回れ!」

「コートーブ?」

「ファイヤードラゴンの頭の後ろだ! いいか? あいつの後頭部に回ったら、すかさず全力で叩き斬れ。技スキルを使ってな!」

「! かいしんのいちげき!」

「そうだ! それと合わせて魔法で力を上げた状態のニンフなら、絶対に勝てる!」

 ニンフの腕力の上がった状態での攻撃で400のダメージを与えたのはすでに確認済みだ。

 そこに1.5倍の威力が増す《会心の一撃》と、通常の三倍はダメージが通るという弱点の後頭部を狙えば、ファイヤードラゴンを一撃で倒せるはずだ!

「いけるかニンフ!」

「あい!!」

「いい返事だ! じゃあまずは先にファイヤードラゴンを撹乱してくれ!」

 その間に俺はチャンスを窺う!

 そう言うや否や、俺はニンフから離れた。あのままニンフのそばにいたんじゃ、却って邪魔にしかならないからな。

 幸いにも、《忍び足》の効果はまだ続いているようで、俺が離れてもファイヤードラゴンがこっちに狙いを定める事はなかった。もっとも、強敵ニンフを前に俺みたいな小物に構ってなんかいられなかっただけかもしれないが。

 どちらにせよ、俺にとっては好都合。

 おかげで自分の仕事に専念できる。

 再び激しい戦闘が始まったニンフとファイヤードラゴンのやり取りを少し離れた距離で見据えながら、俺はダガーナイフを抜いて意識を集中させた。

 やる事は至って単純明快。



 俺の技スキル《投擲》を使って、ファイヤードラゴンの片目を潰す。ただそれだけだ。



 しかし言葉にするのは簡単だが、初めてのゲームかつ初めて使うスキルでどこまで正確に狙えるかはわからない。俺の《投擲》で片目を潰せるだけのダメージを与えられるかどうかめ未知数だ。

 その上、もしもこの《投擲》が現実の身体能力に左右されるのならば、おそらく命中率なんて数字には期待できない。なんせ射的はおろかFPSですらほとんどやった経験がないのだから。

「だからっつって、ここで引き下がるわけにはいかねぇよなあ……!」

 男が女に約束したからには、死んでもその約束を叶守るのが男ってなもんだと親父もよく言っていた。

 だったら俺も、死力を尽くしてニンフを手助けするまで。

 深呼吸を繰り返しながら、ファイヤードラゴンがこっちに正面を向けるチャンスを窺う。

 SPの関係上、《投擲》は一度しか使えない。

 つまり、チャンスは一度だけ。

 そしてそのチャンスは、俺が十回目の深呼吸をしたところで唐突にやって来た。

「!! ファイヤードラゴンがこっちを向いた!」

 やるなら今しかねぇ!!!!



「技スキル《投擲》──!!」



 技スキルの発動と共に、ファイヤードラゴンの眼球目掛けてダガーナイフを投げ放つ。

 曲線を描く事もなく、まっすぐファイヤードラゴンへと飛翔するダガーナイフ。

 幸いな事に、どうやら俺の身体能力に左右されるスキルではなかったようで、そのままダガーナイフは弾かれる事もなく、一直線にファイヤードラゴンの片目へと狙い通り突き刺さってくれた。

 直後。

 それまでニンフとの攻防に集中していたファイヤードラゴンが、甲高い苦鳴を上げながら両の瞼を閉じて悶え始めた。

 っしゃあ!! 思った通りだ!

 人間に限らず、大抵の生物は片目に強烈な痛みが走った場合、無事な目も一緒に瞑ってしまうものだ。ドラゴンもその例外ではなかったってわけだ。

 なんにせよ、これは絶好の機会。

 このまたとないチャンスを逃す手はない!!



「行っけええええ! ニンフうううううう!!!!」



 と、ニンフは俺が発破を掛けるより早く。

 あたかも俺が必ず隙を作ってくれるのを疑いもしなかったと言わんばかりに、ファイヤードラゴンの背後に回ろうとしてすでに側面へと疾駆している最中だった。

 その間にも、ニンフの気配を感じ取ってか、ファイヤードラゴンが視界を塞がれた状態で《炎の息》を無作為に放ち始めた。

 ニンフがどこにいるかわからず、苦肉の策として周囲を炎で焼き払おうとしたのだろう。

 だが、時すでに遅し。

 あっという間に背後に回ったニンフは、そのまま尻尾を土台にして空高く跳躍したあと、ファイヤードラゴンの後頭部目掛けて剣を頭上高く振りかぶった。





「技スキル《かいしんのいちげき》──!!」





 スキルの名称と共に、猛烈な勢いで剣を振り下ろすニンフ。

 そうして振り下ろされた刃は、見事ファイヤードラゴンの後頭部を斬り裂き、そして──



 HPが0になったファイヤードラゴンは、光の粒子となって泡のように消え去ってしまった。



 その光景は、さながらアニメやマンガに出てくるような勇者そのもので。

 光の粒となったファイヤードラゴンを背後に剣を鞘に収めるニンフの姿を視界に入れながら、しばらく俺は陶然と立ち尽くしていた。

 やべえ。

 ほんとやべえ。



 なんていうかもう、めちゃくちゃカッコいい……!



 つーか、いっそ惚れちゃいそうなんだが!?

 なんなのあの子! 俺をこんなにときめかせて! そんなに俺の心を女子にさせたいのかしら! 何ならもうすでに乙女回路フル回転よ!!

「カンタロ〜!」

 と。

 俺が思わず乙女化している間に、ニンフが満面の笑みを浮かべながら走り寄ってきた。

「カンタロー! カンタローの言う通りにしたらドラゴン倒せたデス! カンタロー、すごいデス!」

「お、おう。そうか。だが、ニンフの方がすごかったと思うぞ。ぶっちゃけ俺よりもニンフのほうが断然大手柄だな」

「わっふ〜い! オーデガワ〜!」

「大手柄な。それだと出川さんを呼んでいるように聞こえるぞ」

「カンタローにいっしょにやるデス! わっふーいわっふーい!」

「え、俺も? わ、わっふーい……」

 ニンフにいきなり手を繋がれ、照れながらも一緒に

その場でぴょんぴょん飛び跳ねる俺。

 もしかしてニンフのいた世界だと、ドラゴンを倒すたびにこれをやるのが恒例なのかね? だとしたらずいぶんと感情衝撃豊かな種族だよな、エルフって。

 なんて諸手を挙げて喜んでいると、ずっと離れた位置で成り行きを見守っていたらしいガイルさんとリコにゃんが、何やら「すごいすごい!」と言いながら興奮した様子でこっちに駆け寄ってくるのが見えた。



 やれやれ。

 こりゃ当分の間、この勝利という熱にいつまでも浮かれちまいそうだな。



 ◇ ◆ ◇ ◆



 後日談。

 ていうか、ファイヤードラゴンを倒した翌日の話になるのだが、あれからニンフはすっかりVRMMORPG……とりわけBFOにすっかりハマったようで、

「カンタロー! 次はいつあのゲームするデス!? 歯磨きしたらデスか!?」

 と就寝時間が迫ったところで一度ログアウトしたにも関わらず、すぐにプレイしたがっていた。

 まあ気持ちはわかるがな。俺もめちゃくちゃ面白かったし。

 ただニンフを夜更かしさせるとお袋が怒るし、翌日は普通に学校があったので、また俺が帰宅してからBFOをやろうという話になった。

 そんなわけでいつも通り高校に登校して、相も変わらずクラスメートの奴らとバカ騒ぎしていたところまではよかったのだが、大変なのはここからだ。



「知ってるか? 昨日BFOに、ファイヤードラゴンを一人で倒した初心者が現れたらしいぜ?」



 それは本当になにげなく、とある会話の延長線上で級友が漏らした会話の一言だった。

 その言葉を聞いた時は「へえ。ニンフ以外にもそんな凄い人がいるんだな」と他人事のように考えていたのだが──

「おー、知ってる知ってる。あれだろ? 初期ジョブでレベル1なのに、めちゃくちゃ強いプレイヤーってやつ」

「そうそう。しかもめちゃくちゃキャラメイクが上手くてさ、超絶可愛いエルフっ娘らしいんだよ」

「あー。それならオレも今日掲示板で読んだわ。ビキニアーマー着てて、喋り方もカタコトの日本語でやたら可愛かったって掲示板で盛り上がってだぜ」



 ニンフやん!

 それ、めっちゃニンフやん!!!!


 てっきり他人事だとばかり思っていたのに、まさかそれがニンフの事だったとは。思わず吹き出しそうになったわ。

 それにしても、あれからまだ半日しか過ぎてないっつーのに、こんなに早く話が広がるもんなん?

「……それって、なんか話題になってんの?」

「なんだ、勘太郎は知らねぇのか?」

「無理ねぇよ。勘太郎は昨日BFOを始めたばっかなんだし」

「掲示板とかでめちゃくちゃ話題になってんぞ? 何なら勘太郎も今から調べてみろよ」

 言われて、俺はスマホを取り出してBFO関連のスレを読んでみた。

 すると出るわ出るわ、さっきクラスメートの奴らが言っていたような話ばかりが。

 そのどれもが本当にニンフの話ばかりで、俺に関する話題は一切触れられていなかった。というかこの分だと、そもそも話にすら上がっていない感じである。

 まあ俺のやった事なんて、ちょっと隙を作っだけの微々たる仕事だったしな。

 にしても初心者がファイヤードラゴンを倒したという事実が、まさかここまで広がりを見せる事になろうとは。マジですげぇ事だっだんだな……。

 そのせいなのかなんなのか、あちこちでニンフの詳細な情報を求めている奴らもいるようで、



「ぜひフレンド申請したい!」

「一緒にクエストをやりたい!」

「一度ランカーバトルをやってみたい!」



 と言ったコメントで溢れた。

 ただ中にはそんな好意的なものばかりでなく、運営の関係者だとかや不正チートを疑う者も一定数いるようだが、どれだけ調べたところで徒労で終わる事だろう。



 なぜならニンフは、魔法という異世界の力を使っただけなのだから。



 不正チートや報告されていないバグを利用した技ならともかく、魔法なんてこっちの世界からしてみれば未知の技術でしかない。

 よって、足を掴まれる心配はないだろう。幸いにもニンフの名前までは知られていないようだし。

「にしても、一体だれがこんな話を……」

「なんか少し前にBFOを始めたインフルエンサーが元ネタらしいぜ。確か名前は『オオカミさんとニャンコさん』とかっていう……」

「オオカミさんとニャンコさん……」

 なんか覚えがあるような……。



 あ、わかった! ガイルさんとリコにゃんさんの二人か!



 そうか……あの二人、ネット界隈で有名な人だったのか。

 こんな事なら、ニンフの事を黙ってもらえるようにしとくんだったな。まさかこんな大変な事になるとは思わなかったし。

 幸い、プレイ映像はどこにも配信していないようだし、俺やニンフのハンドルネームも伏せておいてくれたようだが(何かしらトラブルを考慮しての事かもしれない)。

 なんにせよ、これは一度、ニンフと今後の事を考えた方がいいのかもしれないな……。





「ニンフはだいじょぶデスヨ?」

 学校からまっすぐ家に帰って、さっそくネットで騒がれている事をニンフに話したら、そんなあっさりとした言葉が返ってきた。

「え? いやでも、よく知らない連中がニンフの事を嗅ぎ回ってんだぞ? 普通に怖くないのか?」

「? 知らない人がニンフに怖い事するデスカ?」

「まあ、可能性は無くもないな。世の中、変な連中もいたりするし」

「だいじょぶデス。その時は魔法で記憶をぜんぶ消すデス。呼吸もできないようにしてやるデス」

「やめたげて! それ、犯罪になっちゃう!」

 つっても使うのは魔法だから、犯罪は犯罪でも完全犯罪になっちゃいそうだがな!

「いや百歩譲って記憶を消すのはいいとしてさ、ニンフがエルフだって世間に知られるのもまずいし。けどそれはそれとして、ゲームの中で嫌がらせされるかもしれんし、しばらくBFOはやらねぇ方がいいんじゃないかって俺は思うんだ」

「いやがらせ? ニンフ、気にしないデスヨ?」

「俺が気にするんだって。それに運営からアカウントを消される可能性だって無くはないし」

 こっちが手を出さない限りはそんな事態にはならないと思うが、そのへんの裁量は運営次第だし、絶対安心とも言い切れない。

 もしもこっちに一切非がないにも関わらず、アカウント停止なんて最悪な事態になったら目も当てられない。

 そうなるくらいなら、いっそBFOから遠ざけた方がいいかもしれないと思っての提案だった。

「アカウント……それがないとニンフはゲームできないデス?」

「うん、まあ……」

「えっ。じゃあニンフ、もうカンタローと一緒にゲームできない……?」

「アカウントを消されたら、そうなっちまうな。いやでも、俺だけBFOをやるなんてズルい事は言わねぇから。そうなったら俺も一緒にやめるし、ニンフがしばらくBFOを我慢するって言うなら、俺も一緒に我慢するよ。ほとぼりが冷めるまでな」

「! それはダメ! カンタローはゲームがまんしちゃダメデス!」

「そうは言ってもなあ。ニンフだけ我慢させるわけにもいかんし。それに何より、ニンフを悲しませたくねぇんだよ」

「ニンフはだいじょぶデス。カンタローがニンフのせいでがまんする方が辛いデス……」

「ニンフ……」

「だから、カンタローはゲームしてほしいデス。ニンフだけがまんするです」

 と、微笑みながら言うニンフの顔を見て。



 俺は、思いっきり自分の両頬を叩いた。



「いってぇ〜! ちょっと強過ぎたな……」

「カンタロー!? 急にどうしたデスカ!?」

「いや、自分への喝っていうか、気合いを入れたくなっていうか……」

 などとヒリヒリ痛む両頬をさすりながら、俺はニンフの顔を正面から見る。

 まったく、何が「ニンフを悲しませたくない」だ。



 今、俺の目の前で、こんな悲しそうな顔で無理に笑ってるっつーのにさ。



「わかった」

 パン! と勢いよく自分の膝を叩いたあと、俺は語を継ぐ。

「ニンフ、これからも俺と一緒にBFOやろうぜ」

「! ほんと!?」

「ああ。何かあっても俺に任せろ。絶対俺がニンフを守ってやる!」

「わっふ〜い! カンタロー、大好きデス!!!」

「うわおっ!? ニンフ、いきなり抱き付くなって!」

 飛び付くような形で抱擁してくるニンフに、俺はタジタジになりたがらも「やれやれ」とばかりに苦笑をこぼす。

 何やら色々と大変な事になっちまったが、まあいいさ。

 すでに起きてしまった事はしゃあない。だったらどうにかするまでだ。

 それに何より──



 こうしてニンフが楽しそうに笑ってくれているのなら、それが一番。最良だ。



「いつの間にやら、こんなに大切な存在になっちまったんだなあ」

「? カンタロー、何か言ったデス?」

 なんでもねぇよと答えつつ、ニンフをどかしながら立ち上がる。

 この異世界からやって来た居候のエルフ──否。今やうちの大事な家族の一員になったニンフに、俺は言う。



「そんじゃさっそく、一緒にBFOをやるか!」

「あーい!」



 と、元気いっぱいに両手を上げるニンフに。

 俺は思わず苦笑を漏らした。





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