ゼンマイ仕掛けの星空に
カチカチカチカチ
眠れない
暗がりの中 頭の中に時計の音が響く
カチカチカチカチ
寝なきゃ 寝なきゃいけない
カチカチカチカチ
音が耳から離れない
幾度となくこんな夜を繰り返したか
もうわからない
カチカチカチカチ
気にしないようにすればする程、目が冴えてくる
わたしは我慢ができず思わず部屋を飛び出した
近くのコンビニで朝食のパンとキャラメルを買う
キャラメルなんていつぶりだろう
子供の頃はよく食べてたのに、今では甘いものよりもタバコの合う口になってしまった
包みを開け、ひとつ口に放り込む
甘く懐かしい味と香りを味わうと緊張が少しほどけていく様な気がする
「夜中に甘いのは罪、って言うっけ。」
子供の時は夜に外を歩くだけでワクワクした
車が来ないことをいい事に、普段歩けない道路の真ん中を腕を思いっきり振りながら大声で歌って歩いた事もあった
空を見上げると月がずっと自分を追いかけてくる様に思えて、月を相手に話しながら帰ったこともある
このまま帰ってもな……。
帰り道 公園を見つけふらっと立ち寄る
ぐるりと見回し、目にとまったブランコに腰かけた
今 聞こえてくるのは虫の声
空には三日月と沢山の星がいつもより輝いてる様に見える
瞼を閉じて深呼吸する
深夜の空気は緑の息づく匂いがする
どの位そうやってそこに居たのか
だいぶ落ち着いたのが分かる
これなら寝れるかな。
カチカチカチカチ
ここで聞こえるはずがないあの音が耳に届き
思わず目を開ける
「あれ?えーっと…。」
目を開けると
辺りは先程までと違って開ひらけていて、公園を囲んでいた無機質な建物や木は無くなっていた
ただ目の前には木で出来た小さな小屋と、フラットになっているウッドデッキにテーブルと椅子が一脚
地面は薄い桃色と紫色のコントラスト
空は夜ではなく明るさがあり、透き通るような水色である
それから
カチカチ カチカチ
ジージー
カシャッ カシャッ
音が耳にかかりそちらを見ると、水色の空を遮るかのように小山程の大きさの【鳥】がそこに居た
いや
【鳥】なのだろうか
この音はそれから聞こえてきているようだ
『おや。お客様ですか。』
背後から声をかけられドキッとすると
そこに居たのは
大きなうさぎ?
頭には黒の小さいチャイナハット
赤地に金の刺繍があるチャイナカラーのベストを羽織り
銀のチェーンの着いたモノクルを胸のポケットに収めている
耳は反り返る程真っ直ぐ伸び
背丈は顔の位置で1m位だろうか
実際にこんなうさぎがいる訳がないのに不思議と違和感はない
『どうぞ、こちらに。』
「あ、はい。」
言われるがまま後をついて行く
驚く事に不信感も全く湧いてこない
あ、これは夢の中なんだきっと…。
あのまま公園で寝てしまったんだろうか。
『今、お茶を入れますから。お座りになっててください。』
「あの…こんな事を聞くのどうかと思うんですけど……。ここは何処でしょう。」
『…どうぞ。おかけ下さい。』
無視された?
仕方なく言われるまま席に着く
カチカチ カチカチ
ジージー
カシャッ カシャッ
『お茶、お好きだといいのですが。香りを楽しんでからお飲みください。』
「作法とか分からないんですけど。」
『自分の楽しみ方でいいのですよ。さあ。』
見様見真似で片手で入れたてのお茶の香りを胸いっぱいに吸い込む
口に含むと若々しい葉の香りは喉の奥から鼻にぬけて 舌の上は円やかな旨みが広がる
「なんだか。落ち着きます。」
『それはよかった。』
「あの、もう1つ聞いてもいいでしょうか。」
『ええ。どうぞ。』
「あの大きな【鳥】の様な物は一体。」
『あれは【時告鳥】です。
ああやって地面に描かれた円の上を1歩ずつ移動して、1周すると1日になります。つまり半円のところが昼間と夜との境目ですね。
あの子も昔はあんなに大きくはなかったのですが。』
「だんだん大きくなったって事ですか?」
『はい。恐らくそれだけこの星の生き物の寿命が変化したという事でしょう。』
「寿命…。」
『昔より長く生き長らえる生き物が増えたせいだと思ってます。あの子は多くの命を抱いて時を刻んでいますから。』
「はぁ。そう…なんですか。」
話を飲み込めないのに理解したような口調で生返事をする
しばらく見ていると
確かに僅かではあるが少しずつ【鳥】が前進しているのが分かる
カチカチ カチカチ
ジージー
カシャッ カシャッ
「あの子…。」
『なにか?』
「いや、普通の生き物のように言われるので。あれは生きているんですか?なんだか作り物の様にしか見えなくて。」
『そうですか。しかし私はいつも2人っきりで一緒にいるので自然とそうなってしまいます。』
「話しかけたりとか。」
『?してますよ?』
「……。」
「あの。さっきの質問なんですが、ここは何処なんでしょうか?なんでわたしはここに…。」
『ポケットの中になにかありませんか?』
「ポケットですか?……あ。」
ポケットに手を入れると見覚えのない懐中時計が入っていた
掌にすっぽり納まる大きさで、ゆっくりとだが針が動いている
「いつの間に…。」
『その時計はあなたの刻をきざんでいるんです。あなたが生まれてからずっと動いているんですよ。』
『しかし、今は少し進むのが遅れているようなのです。そしてそれを元の速度に戻せるのは、あなただけ。』
『この時計が止まる時は命が尽きる時。遅れているという事は生命になんらかの異常があるという事。』
「生命の……。
時計が止まったら死ぬ?
なんで…」
『大丈夫。この様子は直ぐにどうこうなるという訳ではありません。
あなたの場合は……なにか悩みがあるように見受けられます。ご心配事でも?』
「あぁ、はい。色々とあって寝不足で。」
『そうですか。
あぁ、そろそろ境目のようですね。空を見ていて下さい。』
言われるまま上を見上げていると 水色だった空が次第に暗くなって藍色に変わってきた
そして色の濃い所から1つ2つと明かりが灯ったかのように星が瞬き出す
赤や黄色 緑や紫と まるで宝石がそこに置かれたように様々な色の星が交互に光を放つ
それは騒々しくもなく ただ静かに
それにしても1番普通と違うのは あの カチカチ という度に変化していく事だった
地平線の一点を中心にして 夜空色の扇形のスライドが扇子の様に今まで見ていた空の上に重なっていく
あれ?こっち側がこうなら、反対側は?
くるりと背後に振り返ると
反対側も同じく対になるように夜空が拡がっていく
プラネタリウムみたいだ。
『さあ。こちらへ。』
籐で出来たリクライニングチェアが2つ
その脇にうさぎが手招きして立っている
『どうぞ。少し空の鑑賞でもしましょうか。』
そう言うと、先にうさぎがチェアに寝そべる
それを見て薦められたもう1つの方に腰を下ろし天を仰ぐ
カチカチ カチカチ
ジージー
カシャッ カシャッ
ごろん と横になり今は夜空になった空を背負った【鳥】をぼんやり眺め
カチカチ という音を聞いて
まだ漂っていた先程のお茶の香りをたっぷり吸い込んだ
カチカチ カチカチ
ジージー
カシャッ カシャッ
あの【鳥】は何を考えて長い年月を過ごしてきたんだろう
毎日 繰り返し繰り返し変わりもしない ただ決まった事を
気が遠くなる程の年月を
『なにも。ただそうする事で自分の役割を果たしてきただけです。』
「役割だけで幸せなんでしょうか。」
『生ける物の生命の時間を巡らせ見守る事は役割でもあり、あの子にとって1番の幸せでもあるのです。』
『あの子が過去に1度だけ声を発した事があります。
地上にいた生き物が全て消えた時、突然咆哮をあげました。
とても苦しげで悲しい声でした。』
『その後、体はバラバラになり、欠片は天へと光ながら昇っていきました。
あの光る星の幾つかはあの子の一部なのです。』
『そして地上に生命が芽吹いた時、あの子の魂もまたここに戻ってきました。
それから今日まで、ああして時を刻んでいるのです。』
「わたしは…
わたしは、したい事もない。目標がある訳でもない。自分に自信も持てない。夢がある訳でもない。
毎日仕事に追われて過ぎて…。」
「そしたら、ふと、一体なんの為に生きているんだろう、と。」
「ただ普通に代わり映えもしない過ごして、このまま一生を終えてしまうのか。
そんな事を考えてしまって。」
『それでいいのです。
悩み考え、例え答えが出なかったとしても、それがあなたという存在なのです。』
『このまま今の生を終えて答えが見つからなかったとしましょう。
その後に魂が生まれ変わった時、同じようにまた悩むかもしれません。
答えを見つけられないかも知れないし、反対にすぐに見つけるかも知れない。
それは誰にも分かりません。』
『でも、魂が転生を繰り返す長い年月のうちに、その答えを見つける事はあるんじゃないでしょうか。』
『あぁ。もしかしたら今のように前世でも悩んでいたかもしれませんね。同じ魂なのですから。』
『それに、思いがけず明日見つける可能性もあるのですよ?
そう考えるとなんだかワクワクしませんか?』
「ワクワクですか?」
『ええ。なんだかプレゼントを貰えるのを待っている気持ちに少し似てる気がします。』
「プレゼント……。
そんな風に考えた事なかったな。
素直にそう思える様になれば少しは気が楽になるんでしょうか。」
カチカチ カチカチ
ジージー
カシャッ カシャッ
『あぁ。だいぶ暗くなってきました。
星も輝きが増してきましたね。』
『私はこの時間がとても好きなのです。星の瞬きが会話をしているようでかわいらしくて。
私とあの子だけしかいないこの世界で唯一の存在なのですよ。』
「あの星はあそこにいる事が存在意義なんでしょうか。」
『さぁ?
でもこうして毎日姿を見せてくれるだけで、とても幸せな気持ちにしてもらってます。それは事実です。』
カチカチ カチカチ
ジージー
カシャッ カシャッ
いつか見つける事が出来るんだろうか
ここに居るという実感を得るなにかを
【鳥】は本当に幸せなのだろうか
縛られてると思った事はないんだろうか
そんな事を考えながら横たわっていたら
いつの間にか寝てしまっていた
ピピピピピピピピピピ
はっ として目を覚ます
目を開けるとそこには空ではなく家の天井があるだけだった
ゆめ…だったんだよな。あんな所ある訳ないし。
それにしても、いつ帰ったんだっけ。
覚えてない。
でも、久しぶりに深く寝れた気がするせいか、なんだかスッキリしている。
外からは鳥の鳴き声がする
時計を見るといつもの起床時間より1時間位早く目覚めてしまったようだ
普段なら二度寝するとこだけど、たまにはゆっくり朝の散歩もいいかぁ。
おもむろにベットから起き上がり伸びをする
同じ様でいつもと違う朝
あぁ、そうか。
こんなちょっとの事でも日々は同じではなく、変化にとんでいる。
これなら明日なにが起きるかなんて誰にも想像できやしない。
本当になにかが見つかるのかもしれない。
くすり と自然に笑みが零れた
カチカチ カチカチ
ジージー
カシャッ カシャッ
『やぁ。また2人になったね。
珍しい事をしたと思ってるかい?
だって、久しぶりのお客さんだったし、話すのが楽しくてツイね。』
『それに今の生を楽しんでもらわないと。私のコレクションになった時、輝きが鈍くなってしまうのは困るじゃないか。』
『精一杯悩んで生きて、魂になってここに来た時、星になったアノヒトの色はどんな色になるのか楽しみだ。』
『うん?
まぁ、プレゼントと言ったけど言い換えればクジの様なものだね。
運良く当たるか否か。
当たっても良い物か、悪い物か。それは分からない。
それによってまた色も変わるだろうな。
ああ、益々楽しみだ。』
『おや、朝になるというのに流れ星が。どこかで命が生まれるのか。』
『あの星は割と気に入っていたので少し残念だけど仕方ないな。ここに帰ってきた時に、また違う色を見せてくれるのを待つとしよう。』
カチカチ カチカチ
ジージー
カシャッ カシャッ
『ふむ、かなり明るくなってきた。
私は少し休ませてもらうよ。この時間帯はどうも苦手だ。』
『今日こそ起きたらキミが小さくなってくれると嬉しいなぁ。私のコレクションが増えてる事を切に願っているよ。
じゃ、おやすみ。』