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たんそんくでジャラジャラ

作者: 宮部久蔵

そいつは、ひょっこり現れると、

こっちを見ながら立ち止まり、

ほんの少し、首をかたむけた。


ジャラジャラとしたクサリをクビに巻いて、そのクサリにタグが付いている。

そのタグを地面に引きずりなから、短い足で、こちらに近づいてくる。


人懐っこいやつである。

アメリカのでかいバイクと、ビリヤードの台が置いてある、郊外のショットバー 

こいつは、そこの店内をうろつきながら、常連客にカワイがられていた。


仕事が終わると、飲みながらマスターとビリヤードをする。

このルーティンが続いていた。

そんなある日、マスターから、「少し、事情があって、こいつをもらってくれない?」と、言う話しだった。命を預かるのは、それなりの、覚悟がいる。

少し、迷った所もあったが、覚悟を決めてマスターの申し出を、受ける事に決めた。


そうこうしているうちに、カーキ色のジープの荷台部分に乗せられて、コイツはやって来た。

ピカピカのドックタクをつけた新兵が、恐る恐る私の身体によじ登ってきた。

そんな、雰囲気を全身にまといながら、私の腕の中で落ち着いている。


いっしょに暮らす事になったわけだが、なぜかすごく寂しがりの様で、私が外に出ると、ドアの端っこを爪でかきむしる。

おかげでドアの表面は、ボロボロになっていった。


ドアのダメージを、出来るだけ少なくする為・・・だけ と、言う訳でも無いのだが、出かける時は、出来るだけ、いっしょに連れて行った。


ドライブが、好きだったかどうかは分からないが、車には、喜んで乗ってきた。

少し、窓を開けてやると、顔を出して気持ち良さそうである。


車を停めて、少し買い物に行く、その時が、非常に大変である。

鼻が潰れるくらい窓ガラスに押しつけてガン見!

いや、もはや鼻は、グニャと潰れてガラス越しに、前歯が見えている。

おかげで、車の窓ガラスは、鼻水の跡で、ずっと汚れた状態だった。


朝と夕方の散歩はまだ良いが、風呂が、あまり好きではなかったようだ。

風呂の前に、バスタオルを敷きつめて、名前を呼ぶ。

いつも、すぐに来るのだが、聞こえないフリである。

仕方がないので、抱きかかえて風呂場に連行。

どうにか洗い終わり、風呂場の扉を開けると、マッハで飛び出して転げ回る。

壁にぶつかろうが、棚から物が落ちてこようが、お構い無しで暴れまくる。

敷きつめていたバスタオルは、すぐに端っこで小さくなって、意味がない。後片付けが大変な事は、言うまでも無い。


ヒマがあれば、近くの山に遊びに連れて行った。

リードを外すと、ジェット機のように、野山を駆け出して行く。

今は叱れるかも知れないが、その当時は、そんな雰囲気は無かった。


草むら、枝、倒木、おかまい無しに、駆け回る。

短い足だが、俊敏に動く、さすが猟犬の端くれである。

だけど、数十メールくらい離れると、必ず立ち止まって、こちらの姿を確認する。

少し、距離が縮まると、また、勝手に先に、進んでいく。

この繰り返しである。

試しに、反対方向に進むと、一目散に戻ってくる。

足元で止まるかと思ったら、そのまま通り過ぎて行く。

水を得た魚のごとく、野山を駆け巡る様子を見ていて、嬉しく思った事をよく覚えている。


特技は、ペットボトルのラベル剥きである。

ペットボトルを渡しておくと、ラベルとキャップを綺麗に、剥がしてくれる。

散乱したキャップと、ラベルを片付けなければ ならないから、余計に手間が掛かるのが問題である。

それでも一応、分別回収出来る状態にしてくれる。


ラベル剥きが終わると、必ずくわえて、私の所に持っきてた。

ポトリと落とすと、鼻先でこちらに押し出して、ご褒美の催促である。

ペットボトルを拾って投げてやる。

行き良いよく走り出すが、足が空まわりして、前に進んでいない。

それでも、お構い無しに全力で走り続ける。

だんだんスピードが上がって、ペットボトルに到着する時には全速力。

フローリングの床では、止まれるはずもなく、滑りながらペットボトルをキャッチ。

また、足を空まわりさせながら、こちらに戻っ来て、ペットボトルを私の所に持ってくる。 

これを、十数回繰り返し、ペットボトルは、リサイクルしてもらうのが、申し訳ないくらいボロボロになっていく。


イスに座ってパソコン仕事をしていると、前足で私の太ももをカリカリ。

私が、太ももをポンポンと2回たたくと、ジャンプして、ひざの上に乗ってくる。登って良しの合図である。

ひざの上に乗ると、アゴを私の腕において、気持ち良さそうに居眠りをする。冬場は、暖かくて良いが、夏は、まあまあ暑い。

私が仕事に集中している時もお構い無しである。

座っている私の太ももに、両方の前足をかけ、後頭部を私の腕に押しつけて、グイッと無理矢理ひざの上に登る。

いつもの様にアゴを私の腕に置いて、必ず大きな鼻息を「フゥーン」と吐く。ここに座ってくつろぐのが、当たり前だと思っているようだ。


普段からそうなのだが、あまり吠えない。

吠えずに、行動で欲求を表すタイプだか、少しだけ吠える時がある。

それは、救急車が通る時だ。

遠くから、かすかな音を感じとると、うたた寝の状況から、むくっっと、起き上がり耳をかたむける。

だいたい2秒間ごとに、首を左右にかしげなから耳をすます。

救急車の音が、だんだん近づいてくると、「ヴゥフ」息が漏れる程度に吠える。

さらに音が近づくにつれて、首の傾きと、吠える回数が増えて行く。

そして、低い声で「ヴァウ! 、ヴァウ!ヴァウ!」と吠える。 

そうこうしているうちに、音は、だんだん小さくなっていく。

音が、聞こえなくなるまで、首を数秒ごとに、傾けて耳をすましている。

この姿が、たまらなく可愛いのである。


いつもいっしょに出かけるが、どうしても連れて行けない時がある。

朝の散歩を連れて行って、容器に少し多めに水を入れて、何事も無いように部屋を出る。

トビラをひっかく音が、聞こえる気がするが、気のせいと言い聞かせて出かける。


帰宅してトビラを開けると部屋がヒドイ状況に荒らされている。

物は、あちこちに散乱してる、多めに入れて置いた水の容器は、果てしない方向で転がっている。

犯人の姿はない。奥の方から、何事も無かった様に出て来て、少し離れた所で立ち止まる。

目をまん丸にして、こちらを見ながら、首を傾ける。

まるで「どうしたの?散らかってるね。僕知らないよー」と、言う様な表情でこちらを見てくる。


私が、転がっている水の容器を指差して、「これは?」と、言ってみた。

その瞬間、頭を低くして、上目遣いにこちらを見て動かない。

「こ・れ・は?」と、ゆっくり言いながら、言葉に合わせて指で、容器をコン・コン・コン。

その音に、合わせて、一歩、二歩、三歩と、近づいている。

近くまで来ると、伏せの状況になり、上目遣いにこっちを見ている。

ゆっくりと転がり、お腹見せて降参である。

こうなると、こちらも怒る事が出来ない。


容器を拾って床を見ると、思ったより濡れてない。

コイツの寝床に敷いていたタオルが、近くでグショグショなっている。どうやら、自分で持って来て、拭いたようだ。

やっちまった後、反省して、自分で拭いたのであろう。


水を入れ、容器を置いたら、周りを拭いて、片付けを始める。

凄い勢いで、水を飲んでいる。

朝から、ほとんど水を飲んで無いのであろう。

勢いよく飲んだせいで、その周りがまた、びしょ濡れになった事は、言うまでも無い。

飲み干した、容器を鼻先でこちらに押し出す。 

おかわりの催促である。

部屋の片付けを優先して、あえて無視する。

すると、さらに容器を鼻先で、転がせて音をたてる。

カラン! コロン! ガラン!

やかましさに、根負けして、入れる事になる。

まんまと、コイツの思い通りである。


季節は、夏から秋に向かっていたある日、コイツを連れて海に行った。

当時、私の町から、2時間くらいかかった。

途中で、休憩や散歩を挟んで、ようやく着いた。

このビーチは、海水浴シーズンが終わると、ほとんど人がこない。平日なので、なおさら誰もいなかった。

砂浜でゴロゴロしたり、波打ちぎわを楽しそうに駆け回る。

波は、少しあったが、セットでヒザあるかないかぐらい。

私は、念の為に持ってきていた、サーフボードを取り出して、沖へ進んで行く。

当たり前の様に、短い足で泳ぎながらついてくる。

泳ぎは、出来ない訳では無いが、それほど、得意と言う訳では、なさそうだ。

近所の、河原に連れて行った事があるが、短い足が届かない深さになると、必死感がすごかった。


しばらくいっしょに、ついてきたが、インサイドの波にやられて、すぐに撤退!

足のつく、波打ち側に戻って行った。

私は、沖に出て波待ちをしている。

普通は、沖に向いて波待ちするのだが、気になるので、横向きで波待ちしている。

波打ちぎわを、右に左に走り回り、こちらに泳ぎ出すが、波にやられて岸へ戻る。

何回か繰り返した所で、観てられなくなり岸へもどる。

インサイドで、コイツと遊ぶ事にした。

ボードの上に乗せてみた。じっとして、安定してる。

ショートボードだが、コイツの体重ならば、浮力は、充分にある。 

このビーチは遠浅で、ブレイクした波が、スープとなって岸まで続いていた。

スープが来るタイミングで、ボードを押してやる。

テイクオフ!波に乗っている!

数メール進むと、こちらを向いて不安そうな表情をしている。

次の瞬間、こちらに方向にジャンプ!。あわててコイツとボードを回収する。

私が近くにいると、大丈夫なのだが、少し離れると不安で仕方ないのだろう。

再度チャレンジ、スープが来るタイミングで、押してやる。

テイクオフからこちらを見ている。

仕方ないので、並走して走る。

そうすると、岸まで乗ってくれた。

何度か挑戦したが、サーフィンは、それほど好きでは無さそうだった。


海から上がって、ポリタンクに入れた、水道水をかけてやる。

車の中に、入れていたので、少し暖かい。

ブルブル!水しぶきをくらう。

着替える前で良かった。

軽くタオルで拭いて、車に乗せる。

なんとか帰り支度を済まして、帰り始める。

しばらく走ると、いつもより静かである。

ふと、後部座席を見ると、珍しく眠っている。

コイツなりに、海水浴は疲れたのであろう。


朝、散歩して、いっしょに出勤する。私の傍らで、看板犬の役目を果たしながら、時々、私が仕事してる膝の上でくつろぎ、いっしょに帰って、いっしょに寝る。そんな、生活が、数年続いていた。


口の周りの毛が、白くなって来たなと、思っていた。

そんなある日の事である。

父が他界した。

私が、遠出などで、面倒が見れない時、コイツを実家に預けていた。

父は、コイツを良く可愛がってくれていた。

数日前まで、元気に話をしていのだが、本当に急な事だった。


母の気が、少しでもまぎれるならと思い。コイツを実家に預ける事にした。

お店に来るお客さん達は、少し寂しそうだったが、アイツにしか出来ない仕事をしてもらう事にした。


アイツの働きがあってか、母の様子は、思った以上に、まぎれた様に思えた。

数日おきに、実家に帰って様子を見に帰った。

帰るたびに、アイツは、私の膝の上でくつろぐ。お決まりのルーティーンである。 


この生活が、何年か続いたある日、いつもの様に車で帰る。

実家から、数百メール走った所で、

信号待ちで止まっていると、「チャラン!チャラン!チャン!チャラン!・・・」あの、聞き覚えのある音が、微かに聞こえてくる。

はっ!と、して、バックミラーを見てみると、アイツが、全力で走ってくる姿がある。

振り返る。間違いなく実家にいるはずのアイツである。

ドアを開けて、私が出る前に、車の中に飛び込んで来た。


プチパニックである。信号が変わって走りだす。さほど、交通量が多い所では無いが、他のドライバーは、さぞかし驚いた事だろう。

ここまで、どうやって来たのか?

どえらい迷惑をかけた事も分かっておらず、私の顔を舐めてくる。

「わかった、わかった」と、言いながら、頭を撫でながら、実家に向かった。

母に話を聞く、いつもの様に、ドアをカリカリしてると、たまたま、ドアが空いてしまった様である。

後は、私の車めがけてお構い無しの、全力疾走だろう。 

事故にならなくて本当に良かった。


実家は、それほど遠くない。離れて暮らしていたが、よく帰って、暇があれば、近所の山などに遊びに連れて行った。

昔ほど、駆け回らなくなったなー

少し、コイツもジイさんになったのかなー と、思いながら見ていた。

いつもの石垣を、ピョンとジャンプして、山の斜面を登って行くのだが、石垣からずり落ちてきた。

ジャンプの高さが、少し足りなかったようた。

ずり落ちた所で、ピタリと止まってこっちを見る。微動だに動かない。

「ちょっと、手伝ってもらえますか?」と、言っているような感じでこちらを見て動かない。

近づいて、石垣の上をポンポンとすると、ジャンプ!

やはり、後ろ足が届いていない。

尻を持ってやると、なんとかよじ登りながら、乗る事ができた。

さすがに、老いが目立ってきたか、と、思った。


さらに数年たったある日、アイツの体調が悪そうだと、連絡があった。

なぜか、血の気が引いて、胸の奥がギュッとなった。

急いで、アイツの所へ向かった。

「頼む、頼む、頼む」と、呪文のように心の中で唱えながら、胸は、ギュッとなったままだった。

実家に着いてトビラを開けると、いつもより、元気よくアイツの名前を呼んだ。

チャラン、首輪の音と、足音が聞こえる。 あきらかに、力の無い足音である。

「カシャ、カシャ、カシャ」フローリングに当たるゆっくりした爪の音。

アイツの姿が見えたと同時に、私は、出来るだけ素早く近づいて、その場にへたり込んだ。

名前を連呼するが、ほとんど声になっていない。

全身に力が入り、時々かすれた声の語尾だけが声になっている。

アイツは、近づいた私のうでに、身体を預けるように、こちらに来た。

覆い被さるように、コイツの体を包み込んで、ゆっくりと自分の足の上に運んだ。

私の腕まくらに、横たわった身体をなでながら、かすれた力いっぱいの声で、何度も何度も名前を呼んだ。

目から、鼻から、口から、全て溢れた。ぐしゃぐしゃになった顔で、何度も名前叫ぶ。

私の涙が、アイツの身体にボタボタと落ちる。 

少し気になる見たいだか、首を持ち上げる力も残って無いみたいである。

涙をぬぐうように、身体をなでながら、なぜか私は、「えらいぞー、よーがんばった」と、かすれた声をしぼりだしていた。

何十回、何百回と思うくらいに、名前と、繰り返し叫んだ。


段々と、呼吸する回数が、少なくなってくる気がしたが、気にせず頭や、身体を撫でていた。

首輪にしていた鎖と、ドッグタグか、チャランと、音をたてた。

ドッグタグは、地面に擦れて、5分の1くらい削れて無くなっている。

それには、誕生日が刻印されている。14年と言う月日が、タグの下部分を削りとったのだ。

それと同時に、私の思い出も詰まっている。

思い出の記憶と感情が、大きな波となって襲ってくる。

ドッグタグを強く握りながら、言葉にならない、かすれた声で、叫び続けた。

私の腕で横たわるアイツの鼓動が、弱くなって行く。

なぜか私は、「ありがとう、ありがとうなー」と、繰り返し名前といっしょに呼んでいた。


次に来るはずの呼吸と鼓動が来ない。

なぜか私は、「よー頑張ったなー」「偉かったぞー」「よくぞ、よくぞ、でかしたぞー」と、言っていた。なぜ、こんな言葉を言っているか分からない。

私の腕の中で、アイツの体温が下がっていく。 

「ありがとう、ありがとうなー」と、小さな声で言いながら、身体や頭をなでていた。


何時間くらい座っていたか、分からない。

覆い被さり、温めて見たが、アイツの身体は、どんどん冷たくなっていった。

腕まくらをして、頭をなでながら、数メートル先に、コイツが寝床にしているカゴがあるのを見つけた。

最後の力を振り絞って、歩いてくれたんやなーと、思ったら、ありがとう言う気持ちが込み上げて来る。


そのカゴに、冷たくなったコイツの身体を入れた。カゴで眠っているコイツの頭をなでながら、「たくさんの思い出ありがとう、おまえがいてくれて幸せやったわー。」と、言って、その、カゴを持って私は、家に帰った。



この物語は、私の記憶を頼りに、思い出しながら書きましたが、エピソードは、全て事実です。

ジープに乗せられて、私の所に来た事。私の腕の中で、旅立って行った事。命の大切さや、それを預かる覚悟がいる事。この思い出、出会えた事に感謝しています。

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