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美徳


あたしから見てもその甘さを感じていた。


だからあなたを見限る奴がいても不思議じゃない。

なら、あなたを見続ける誰かがいても不思議じゃないよね?


肩を落とした背中。

いつもより小さく見えた。

・・・安心して。


―――あなたは幸せになれるから!



仄かに雨の匂いが漂う曇天の下、草木の枯れ果てた大地特有の煤けた匂い。

世界中のあらゆる場所に偏在するありふれた景色の中で、彼らは戦っていた。

握りしめた鋼鉄の大剣が、高速で襲い来る銀色の四足獣の大牙を受け止め火花を散らす。

頭の中に浮かぶ、血を吹き出す獣への悲嘆の逡巡を振り払う様に力を込めた。

まるで金属で構築された様に鋭利で硬質なソレはカーボンセラミック焼成の大剣に齧り付き、青年の手から武器を引き離そうと身を捩り暴れる。

”魔獣”と総称される四足獣は当然1匹だけでは無い。

軽く10匹は下らない群れが彼の周りを取り囲み、全身を包む厚い鋼鉄の鎧に次々と牙を立てていく。


「コイツらは俺が抑えるから先に進んでくれ!」


耐え続ける青年、セラフィ・スウィーティは仲間達に叫ぶ。

その言葉が届くよりも先に、彼らは目的地の洞窟に駆け出していた。

以心伝心、と言うのだろうか。

きっと言葉にしなくても自分を理解してくれるのだ。

そして、彼らはいつもの様に依頼を完遂した。



「セラ、少しいいか?」

彼らの拠点”移動帝都”の、とある建物に入っている会議室。

セラフィとその仲間達3人が思い思いにくつろぐ中で、部屋奥の机に腰掛けた青年が声を上げた。


「どうかしたの?ガル。

あ・・・いや、ごめん”隊長(リーダー)”」

唐突に掛けられた言葉に、セラフィの返答はどこか砕けたものになってしまった。

大きなソファに腰掛け、黒い野良猫をあやすことに夢中になっていた為だろう。

この猫は毎日のように部屋を訪れ、我が物顔でセラフィの膝上に陣取っているのだ。

賞金稼(バウンティ・ハンター)ぎ”の一団”白き王冠(ホワイト・クラウン)”隊長のガルフォードは心底呆れた表情でその様子を眺めていた。

名目上の副隊長であるセラフィは、続く隊長の言葉を待った。



セラフィは、煉瓦が敷き詰められた帝都の中央路を出口に向かって歩みを進めていた。

帝都全体を覆うドーム形状の透明な隔壁越しに路を照らす夕焼けの光で嫌に蒸し暑く感じる。

身に纏う鎧はいつにも増して重みを感じ足取り怪しく、まるで浮浪者のようだ。

(俺は・・・もう要らない。誰にも必要にされない、のか?)

隊員全員の同意を受け、俺は白き王冠を除隊された。

その言葉を告げたガルフォードは当然、普段は優しげな笑みを浮かべて接してくれていた2人の少女達もだ。

これまで見せたことも無かった表情で罵倒が、彼女達から浴びせられた。


告げられた除隊の主な理由、それは自分でも感じていた物だ。

賞金稼(バウンティ・ハンター)ぎとは、国家から依頼された案件を請け完遂する事で賞金を得る。

依頼の多くは帝都外の大地”外界(がいかい)”にひしめく”魔獣”と総称される危険生物の討伐、及び食用魔獣の捕獲。

移動する都市、帝都では食料の自給率が低くこのような依頼が多い。


そんな状況で俺は、敵が魔物であっても剣を振るう事に抵抗があった。

「生きるため」「他人の役に立つため」多くの言葉で感情を振り払っても、敵の肉に刃が食い込んだ瞬間にふと、力が抜ける。

有り体に言えば、戦いに対する覚悟が足りなかったのだ。

討伐対象が盗賊や匪賊等の人間であった時は、思い出したくもない。

せめて仲間を守ることで役に立つことが出来れば、そう考え最前線で敵の攻撃を受け止める重装剣士の道を選んだ。


「結局、皆のお荷物・・・

何やってんだろ、何だったんだろ、俺の人生」

誰に宛てた訳でも無い、空虚なだけの独り言は循環空気の中に消えていった。

この世に生を受けて20年間全てが無駄に感じた。

「下らない感傷に浸る弱い大人」

「悪い人じゃないけどー、一緒に仕事だけはしたくないかなー」

”元”仲間だった少女達の言葉が脳内で何度も反芻し、その度に足取りが重くなって。

外界(がいかい)へと繋がる出口に到着する頃には、薄っすらと夜の寒気が漂っていた。

(もう、離れよう。何処か、何処でもいいから。

外界でも・・・良い)

何度考えても疲れ、遂に思考することを放棄した。

疲れた表情でセラフィは荒野に降ろされた吊り橋を下り、帝都を後にする。

彼が生きる世界”フォールピア”、文明から切り離された外界。

帰る場所など、外界で生まれた孤児である彼には存在しない。



―――裸の大気の下、干上り裂けた大地を月が照らす暗闇に紛れ、鎧を着込んだ青年の重い足取りを追う黒猫が一匹。

宝石の様に輝く真紅の瞳が見つめる先はセラフィ・スウィーティだけ。

いつもと同じ、同じ景色。


(やっと邪魔者から離れたね、おにーちゃん。

可愛そうに、あんな奴らにあなたの価値は分からない。

大丈夫、ミヤの能力(チカラ)があれば、あなたの心は美しいまま生きていける。)


黒猫(ミヤ)の足取りは軽く、楽しげに妖艶なステップを踏みながら、愛する人に捧げる未来を想像し表情を歪める。


(・・・でも、ごめんね?

”外界に降りる”なんて無茶な洗脳(おねがい)、深層意識に刻み込んじゃって♪)


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